古典が足りない、と思っていました。

こころや、からだや、きもちの隙間に、

あるいは、生活や、世の中ぜんたいに。

渇いたのどをうるおすように、

古典という水をごくごくのみほしたい。

なにしろ、古典という水はこの世界に

たっぷり埋蔵されているのですから!


ほぼ日の学校は、古典を学ぶ場としてはじまりました。

(二〇二一年春に「ほぼ日の學校」として、

もっと大きく広く、アプリでリニューアルします。)