シェイクスピア講座2018 
第3回 河合祥一郎さん

シェイクスピアとその時代

河合祥一郎さんの

プロフィール

この講座について

日本のシェイクスピア研究の第一人者河合祥一郎さんのこの日の講義のテーマは、シェイクスピアが生きたその時代背景。1564年から1616年まで生きたシェイクスピアの時代のイギリスは、カトリックとプロテスタントの位置づけが替わる時代でした。こうした背景を知って読むと、中世と近代の狭間でハムレットが葛藤したことがよくわかります。そんな話をひとつひとつ丁寧にしてくださいました。まとめは、シェイクスピア劇を貫く人文主義について。人は愚かな存在であり、人間の最もすばらしい愚行が恋愛である。そうした愚かさを知る人が、より良く生きることができる。
心にしみわたる講義でした。

講義ノート

今日のテーマは、シェイクスピアとその時代背景です。また前回、河野学校長が「シェイクスピア・マジック」という言葉をお使いになったので、それは何かという話も是非しなければならないと思います。というのも、それは実は時代背景にからんでいるから。まず、シェイクスピアはリアリズムではない。普通の演劇と一緒にしてもらっては困るというところがあります。

というわけで、今日はシェイクスピアがリアリズムではないことと、時代がどうからむのかを話していくのですが、その前に前回受けた質問にお答えします。前回の講義でデクラメイションという言葉を何度も申し上げて、音が重要なんだ、響きが重要なんだということ強調しました。すると、「読んでも意味がないのですか」というご質問をいただきました。今日の話とも関係してきますが、もちろんシェイクスピアには読んでこその面白さがあります。それは、ストーリーを追って読むというよりも、詩の言葉で書かれているものを、詩のリズムを大事にして読むということが大事なわけです。

前回の授業のおさらいです。O prove true, imagination, prove true! という言葉がありましたね。弱いところと強いところが5回ある弱強5歩格というお話をしました。でも、ただリズムが整ってきれいですね、という話ではなく、ここに入っている「想像力よ、本当になって」という気持ちが重要なのです。つまり、詩人がここに込めた気持ちが、音楽という形の韻文に表現されていることが大切なのです。そして、これがまさに今日のお話です。では、この詩人の気持ち、詩心をどう読み解くかをみなさんにも実際にやってもらいます。たとえばこれを読むときに、ただ単に「想像力よ、本当になって」と言葉だけで言うのでなく、死んだはずのお兄さんに生きていて欲しいという思いをしっかりと込めて言っていただく必要があるのです。

次に今度は日本語でやりましょう。私は、日本における最も優れたシェイクスピア劇俳優は吉田鋼太郎さんだと思っています。蜷川幸雄さんのあとを継いで、さいたま彩の国シェイクスピア・シリーズの芸術監督にもなりました。その彼と8年ぐらい前に対談したとき、日本語でシェイクスピアのセリフを言うコツを教えてくれたんです。『十二夜』の最初のセリフです。

If music be the food of love, play on;
もし音楽が恋の糧であるなら、続けてくれ

私は吉田さんに、英語は弱強5歩格(iambic pentameter 第2回講義参照)だけれど、日本語はどう読めばいいのですかと聞きました。すると鋼太郎さんは、もちろん日本語にこのリズムはないけれど、言い方はあるんだと教えてくれました。それは、それぞれの言葉に気持ちを込めて言う。「音楽」という語は、きたない音で言うのでなく、美しい音楽への思いをこめて発音しなければなりません。「恋」には「恋」の思いをこめ、「糧」はしっかり栄養になる糧を思わせる音で表現しなければなりません。このように、言葉に命を吹き込むのは読む人です。舞台を観る場合は聞けばいいけれど、みなさんが本を読む時には、言葉一つ一つにシェイクスピアがイメージした言葉の意味を与えてください。言葉に命を与えるのは、読者のみなさん自身です。

これは、演出家の木下順二先生がご著書で紹介しているおもしろい例なのですが、ポーランドかどこかの有名な俳優さんが、掛け算の99を読む、あるいはメニューでもいい、「舌平目のなんとか」みたいなのを読むと大変感動的だったと。でも読み方がうまければ何でもいいのかというと、そうではない。やはりそこに込められている意味を拾い上げていくと、素晴らしい哲学があってドラマがある、それがシェイクスピアの良さなのです。

では、前回触れられなかった「別人説」について話しながら、本日のテーマの時代背景に入っていきます。

〈謎の生涯 ―― 確認!! シェイクスピアは実在した〉

シェイクスピアの生涯を見ていくと、いろいろ不思議なことはあります。まず基本データを確認しましょう。1564年ストラットフォード・アポン・エイヴォン生まれ。1582年11月、18歳で8歳年上のアン・ハサウェイを妊娠させ、結婚。半年後に長女スザンナ誕生。1585年2月、20歳のとき、双子誕生(ハムネットとジューディス)。このあと妻子を残して家出する。どうやらロンドンに行ったらしく、1593年、29歳のとき詩集出版。翌1594年には宮内大臣一座という、のちに国王一座と名を変える劇団の幹部になっている。そのあと1616年に52歳で亡くなるまで、戯曲40作、154篇のソネット、数篇の長詩を書いた。無職で家出したのに、突然詩集を出して、貴族のパトロンを得て活躍したのはおかしいのではないかとか、どうやらシェイクスピアは本を一冊も持ってなかったようだとか、なぜ手紙が一通も残っていないのか、とか、さまざまな疑問があります。

当時の最大の知識人、フランシス・ベーコンが実はシェイクスピアの名を借りて執筆していたのでは? 劇作家クリストファー・マーロウがシェイクスピア名で書いていたのではないか? 何人かがグループで書いたのではないか? など諸説あります。たしかに別人説はおもしろいけれど、役者シェイクスピアは遺書により、ヘミングとコンデルの2人に金を遺しており、その2人がウィリアム・シェイクスピアの戯曲全集(1623年)を出したということは、役者シェイクスピアが劇作家ウィリアム・シェイクスピアであることの有力な証拠です。

時代背景に入っていきましょう。この当時の王制のことを少しお話しします。シェイクスピアの時代の女王は、エリザベス一世。父はヘンリー八世ですが、母は2番めの妻のアン・ブーリン。どういうことかというと、ヘンリー八世は6人の妃を持っていた。最初の妻キャサリン・オブ・アラゴンとの間に、娘メアリーが生まれた。けれど当時の王様は息子が欲しい。でも、息子が生まれないうちにキャサリンは40歳を超えてしまい、ヘンリー八世は、キャサリンのお付きの侍女アン・ブーリンと浮気をする。そしてキャサリンとの結婚を解消したいが、この当時のイギリスはカトリックで、離婚は禁じられている。でも、プロテスタントなら離婚が出来る。

そこで、まさにこの時代、カトリックとプロテスタントの問題が浮上します。これがシェイクスピアの時代背景。ともあれ、ヘンリー八世とアン・ブーリンとの間にエリザベスが生まれる。しかし、アン・ブーリンは浮気の嫌疑をかけられて絞首刑に。ヘンリー八世は3番目の妻としてジェーン・シーモアを迎え、今度は息子が出来ます。エドワード。しかしジェーン・シーモアは産褥死してしまう。そして4番目にアン・オブ・クレーヴズを迎えます。このときは、プロテスタントの妻を迎えるべく、家臣のトマス・クロムウェルが頑張って、海外からアンを連れてきた。非常に美しい肖像画を当時の有名な画家ホルバインに描かせて、王様に見せたら、「なんという美人だ」と王様は気に入った。でも、本人が出てきたらガッカリしたので、クロムウェルは死刑になり、ホルバインも干され、妻は即刻離縁。そういう時代です、この時代は。絶対君主制。5番目の妻が、キャサリン・ハワード。これも、浮気を理由に首を斬られます。そして6番目の妻がキャサリン・パー。ヘンリー八世を看取った奥さんで、一番良い奥さんだったと言われます。

ここで特筆すべき事実は、他の国々では宗教改革は、もっと真面目な理由で行われていたこと。真面目な宗教改革とは、一番有名なのがマルティン・ルター。この当時、カトリックが力を持って政治権力から見ると危険な存在になると同時に、金集めに走って堕落もした。たとえば、「死んだ方のためにミサをあげましょう。たくさんあげれば、早く煉獄を通って天国に行けますよ」と。煉獄というのは、現世から天国に行く間に必ず、罪を清めるために通らなければいけないところ。そこでは何千年も苦しむ場合があるので、「たくさんミサをあげましょう」と。さらに罪を免れる免罪符まで売り始めた。そのすべてに金をとる。そういうやり方に対して、マルティン・ルターという宗教家が批判をして、聖書に義を求めた。それが宗教改革です。しかしイングランドだけは、王が離婚をするためにカトリックから抜け出たというのが、嘘のような本当の話。

〈カトリックとプロテスタント〉

キリスト教になじみのない方は、何かと思われるかもしれません。簡単にいうと、カトリックは昔からあった旧教で、聖職者は神父様。father。プロテスタント(新教)の場合には牧師様。minister。『ロミオとジュリエット』では、何気なく「ロレンス神父」なんて訳していますが。これはカトリックの前提で訳していることを意味します。もうひとつ、カトリックとプロテスタントの違いは、煉獄の存在です。煉獄というものがあるとカトリックは教える。一方、プロテスタントでは、そんなものはなく、天国と現世があるのみ。したがって「煉獄で苦しんでいる方のためにミサをあげましょう」とは、プロテスタントは言わない。そしてまた、ここで問題なのは『ハムレット』の一節。お父さんの亡霊が出てきた時に、何と言うか? 「私は今、煉獄で苦しんでいるんだ」。つまり『ハムレット』は、カトリックの作品だといえるわけです。

さらにおもしろいのは、マルティン・ルターが1517年に、95箇条の論題を壁に貼りだして宗教改革の口火を切ったのが、ヴィッテンベルク大学の教会だったこと。ヴィッテンベルク大学。ハムレットが留学した大学です。ヴィッテンベルク大学は、劇中で4回ぐらい執拗に繰り返されます。なぜか? ヴィッテンベルク大学は、ルターが教えていた大学だから。つまり、ハムレットの頭の中には、新しい学問、新しい宗教が入ってきているのです。人は死んだらおしまいなのであって、煉獄から亡霊が戻ってくるなんていう発想はプロテスタントにはない。だから、ホレイシオが冒頭で見張りの連中から「亡霊が出たんだ、お前、見てくれ」と言われた時に、「亡霊なんか出るものか」と理性的な事を言う。にもかかわらず、目の当たりにするから驚く、ということになる。

つまりハムレットは、まさにこのカトリックとプロテスタントの狭間にいるのです。そして、これは実はシェイクスピア自身の矛盾でもあります。シェイクスピアのお父さんは、非常に敬虔なクリスチャンだった。父親の時代はカトリックです。ところがシェイクスピアは、プロテスタントのエリザベス一世の時代の劇作家。なので、お父さんが信じていたこと(カトリックの芝居)を本当は書くわけにいかないのに、いくつか書いている。つまり、プロテスタントの時代にカトリックの要素を入れているという、非常に実は危ない事をしているのです。どう危ないか? さきほど、エリザベス一世の前に、異母姉メアリーがいるという話をしました。メアリーのお母さんはキャサリン・オブ・アラゴン。お父さんがカトリックから逸脱する前の時代の娘です。つまり、父ヘンリー八世がキャサリンと離婚さえしなければ、イングランドは、そのままカトリックのはずだったわけです。ところがアン・ブーリンと結婚しようとして、自分の母を捨てた。このことをずっと、メアリーは恨みに思うわけです。なので、メアリーは、国を再びカトリックに戻さなければいけないと考えて、カトリックの大国スペインの王子と結婚する。そして、プロテスタントを弾圧します。この時の弾圧の凄まじさ。プロテスタントの聖職者たちを血祭にあげる。Bloody Mary(血なまぐさいメアリー)というカクテルの名前はここから来ています。そして、プロテスタントの時代になると、今度は逆にカトリック狩りが起こる。メアリーの時代が終わって、エリザベスの時代になると、スペインと完全に敵対するんですね。たとえば1588年、イングランドはスペインと大戦争をして、スペイン艦隊のアルマダを撃沈します。1588年ということは、シェイクスピアは24歳。アルマダとの戦いの現場にシェイクスピアもいたかもしれないという説もあります。そうした、女王が変わるとカトリックからプロテスタントへと変わったような時代背景を考えると、自分がカトリックかプロテスタントかといった宗教的な問題は非常に大きなものであったわけです。

わかりづらいかもしれないので、ちょっと日本の状況を見てみましょう。みなさんご存じの徳川家康。1600年に関ヶ原の戦いで勝ちます。この時、1600年に大砲を使ったということが史実として残されています。この大砲は、リーフデ号というオランダの船が運んで来た西洋の大砲。そして、このリーフデ号に乗っていたイングランド人が三浦按針(ウィリアム・アダムズ)。1564年生まれ、シェイクスピアと同い年のイギリス人です。名前も同じウィリアム。その男が徳川家康に気に入られて、外国人で初めて侍として苗字、帯刀を許された。なぜ家康は按針が気に入ったかというと、日本人は当時、スペイン、ポルトガルから来たカトリックの西洋人を南蛮人と呼んでいた。対して、後からやって来たオランダ人、イギリス人らのプロテスタントを紅毛人と呼んでいた。南蛮人はカトリックなので、日本の各地に教会を建てて共同体を作ろうとする。そしてカトリックを信じる「キリシタン」たちは、為政者よりも神様に忠誠を尽くそうとする。秀吉をはじめとする政治家はこれを恐れたから弾圧した。一方、プロテスタントの紅毛人は、教会の力を重要視するよりも、聖書を読みましょうという人たちなので、組織化しないし、利益を得ようとしない。だから、家康は紅毛人を利用した。三浦按針が利用されたのは、彼が何の見返りも求めずに、西洋の知識を家康に伝えたからなんですね。

余談ですが、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの芸術監督のグレゴリー・ドーランがこの史話を知って驚いて芝居にしようということになり、イギリス人マイク・ポウルトンと私が一緒に『家康と按針』という芝居を書いて、市村正親主演(家康)で日本とロンドンで公演しました。

当時の時代背景を知ると、現代から、私たちがシェイクスピアを見る時に分かることとは、違うことが見えてきます。まず第一に、現代では世界中でシェイクスピアが高く評価されていて、学校でも教えられたりして受容されていますが、ずっとそうだったわけではないということです。

シェイクスピアは死後、評価が落ちました。たとえば、当時の劇作家仲間のベン・ジョンソンがシェイクスピア作品にはいいかげんなところがあると言い出した。『冬物語』の中にボヘミアが出てくるんだけど、内陸の国で海がないのに海岸があるかのように書いているとか、あまりに荒唐無稽であるとか。

ところが19世紀初頭、ウィリアム・ワーズワース、シェリー、バイロンら、いわゆるロマン派の人たちが、詩を書く時に自然から得るインスピレーションが重要なのだと言いだした。リアリズム(=現実を見る)よりも、心の中で強く思うこと、それこそがロマン派のスピリットであり、それがシェイクスピアのスピリットと合致した。それで、19世紀初頭のロマン派の時代になって、シェイクスピアは素晴らしいと言われるようになった。つまり、シェイクスピアにはある種のいい加減さがあるけれど、それが奔放な想像力という形で認められるようになった。17世紀以降の、理詰めで考える新古典主義から考えると、シェイクスピアはかなりいい加減。ところが、このいい加減さに、芝居を見ている時は気がつかない。でも後で読み返すと、「あれ? 変だな」ということがある。これがシェイクスピア・マジックなのです。理性や理屈を超えて感動を呼ぶ。

ここで一番のポイントを再度確認すると、シェイクスピアはリアリズムではない。このことを、舞台の観点から見てみましょう。近代劇の舞台は、いわゆる額縁舞台ですね。プロセニアム・アーチがあって、カーテンが下りてきたりする。カーテンが下りる理由は、後ろで舞台装置を変えたりするためでもある。一方、復元された(シェイクスピアの)グローブ座は、舞台になにもない。カーテンもなく、舞台はお客さんの前に張り出している。上からも、周りからも囲まれている形です。それが当時の芝居です。観客の中には、物売りやポン引きや、スリもいた。そんな形で芝居を観ていたわけです。

舞台の上には2本の柱があって、上に屋根がありました。この構造はなんと、日本の能舞台と非常によく似ています。サイズは違いますが、構造は非常によく似ている。実は時代的にも近い。日本でいちばん古い能舞台・西本願寺の北能舞台は、シェイクスピアが17歳だった頃に建てられたものです。また、宮島・厳島神社の能舞台は1680年に造られたと言われますが、厳島の演能には1568年からの歴史がある。シェイクスピアが4歳の時です。何が言いたいかというと、この、屋根があるだけで、舞台装置もなにもない、そんな中で、衣装を着て朗々とセリフを言うという意味で、シェイクスピアと能や狂言はとても似ているのです。

それが、いつごろ、近代演劇・新劇に変わったのか? というと、1660年になってから額縁舞台の劇場に変わっていった。よく、「チェーホフとかシェイクスピアとか」などと並べて言われてしまうのですが、チェーホフのような近代劇とシェイクスピアは、ぜんぜん違うものなのです。

〈シェイクスピア・マジック①「テレポーテーション」=瞬間移動〉

瞬間的に場所が変わるということが、狂言では出来る。たとえば、橋がかりから狂言師がやってきて、まず定位置で「このあたりの者でござる」といって、「これから都に行こう」と言いながら、何もない能舞台をひとまわりして元の位置に戻ると、「いやっ、何かといううちに、はや都じゃ」と言うわけですね。言葉だけで都に変わってしまう。シェイクスピアも同じことをします。『お気に召すまま』で、ロザリンドというヒロインが宮廷から追放されます。「どうしよう、宮廷から追い出されちゃった」、「じゃあ、アーデンの森に行きましょう。私のお父さんがいるわ」ということで、従妹のシーリアと、道化のタッチストーンを連れて、何もない舞台の上を歩きます。少し前に行くと、「さぁ、ここがアーデンの森よ!」という。まさに、言葉だけで変わっていくわけです。現代なら、映画のSFXなど、観客が考えなくてもわからせてくれるエンターテイメントがたくさんありますが、シェイクスピアや狂言は、お客さんの想像力に任されている。だから、「ここがアーデンの森よ」というセリフも、ただ単に「ここがアーデンの森よ」って言ってもダメ。「ここが、お父さんが隠れている、アーデンの森だ」という気持ちが、セリフに入ってなければいけない。「ここが、アーデンの森よ! ここに来れば、宮廷から逃れられる」、そういう思いが入っていかなきゃいけない。そして、それは全部、想像力に委ねられているのです。

言い換えれば、シェイクスピア劇は参加型なんです。「ほぼ日」の学校がおもしろいのも、みなさんが参加するから。これ、河野学校長がおっしゃった言葉です。「一方的に講師が教えておしまいにするのは、ほぼ日の学校ではありません。みなさん参加するんです」。シェイクスピアがリアリズムじゃないことの意味はここにあります。

では、お手元の資料を見てください。

エルシノア城 銃眼胸壁のうえの狭い歩廊。左右は櫓に通じる戸口。星のきらめく寒い夜。見張りのフランシスコーが矛を手に往ったり来たりしている。鐘が十二時を報じる。 間もなく、もう一人の見張りのバーナードーが同様のいでたちで城から出てくる。闇の中にフランシスコーの足音を聞きつけ、急に立ちどまる。 


福田恆存訳(新潮文庫)『ハムレット』の冒頭です。新潮文庫にはこう書いてあるのですが、原文を見ると、単に、Enter Bernardo and Francisco, two Sentinels.(二人の歩哨、バナードーとフランシスコ登場)としか書いていない。どうしてでしょう? もちろん、福田先生が劇作家の才能を発揮して、つい筆が滑ったわけではなく、「ニュー・ケンブリッジ・シェイクスピア」という昔の版があって、そこにジョン・ドーヴァー・ウィルソンという、とても真面目なシェイクスピア学者がいて、「ト書きがこれだけではわからない」と思って、補ってくれちゃった。そのウィルソンのト書きを福田恆存先生が訳した、という形なのです。しかし、ウィルソン先生と福田先生は、近代演劇の発想に基づいている。幕が開くと場所が視覚的にわかる。お客が想像力を働かせる前に、城眼胸壁のうえの狭い歩廊が見えてくる。しかし、シェイクスピアはそうではない。観客の想像力に舞台設定を任せるために、全てが抽象的になって、精神的空間となっている。だから、たとえば、『ハムレット』の「生きるべきか、死ぬべきか」。あのセリフはどこで言われているの? と聞かれても、シェイクスピアの原文には何も書いてありません。Enter Hamlet 「ハムレット登場」だけです。実際はどこかというと、張り出し舞台で、ハムレットは観客に向かって、観客の目を見ながら「To be or not to be, that is the question…」と話しかけていた。ロイヤル・シェイクスピア・カンパニ―の演出を見ても、大抵、独白は、観客に話しかけています。観客の存在を前提として芝居をするのが、シェイクスピア劇なのです。

〈言葉を立てる〉

後半は、シェイクスピア演劇教室です。『ヘンリー5世』プロローグをみんなで一緒にやってみましょう。言葉を強調することを、演劇用語で「立てる」と言います。ひとつひとつの言葉を立てて、「おお、創造の」というとき、「創造」という言葉がみなさんにとってどういう意味を持つのか考えながら言ってみましょう。

おお、創造の輝かしい天頂にまで炎を噴きあげる
詩神ミューズよ、なにとぞ力を貸したまえ、
舞台には一王国を、演ずる役者には王侯貴族を、
この壮大な芝居の観客には帝王たちを与えたまえ!
そうすれば武名高きヘンリーも、王にふさわしく、
軍神マルスの姿をとって登場し、その足元には
飢餓と剣と火が、革紐につながれた猟犬のように
控えたでありましょう。だが、皆様、どうかお許しを、
われら愚鈍凡庸な役者たちがこのみすぼらしい舞台で、
かくも偉大な主題をめぐる芝居をあえて演じますことを。(後略)

次に『ハムレット』第1幕第1場をやってみましょう。

最初の授業では「リズムが重要だ」ということを言いましたが、こんどは気持ちを込めることです。「誰だ?」と言う時には、本当に「誰だ?」という言葉の意味を表現しなければいけない。フランシスコと交代しにやって来たバナードーはここでは、他に人がいないと思っている。そこで人影を見たために、亡霊かと思って怯える。「誰だ」と言うのは、「ひょっとして亡霊なのか?」という恐怖が入っています。それを、この「だれだ」の3文字で表現して下さい。

二人の歩哨、バナードーとフランシスコ登場。

バナードー    誰だ。
フランシスコ なに、貴様こそ。動くな、名を名乗れ。
バナードー 国王万歳!
フランシスコ バナードーか?
バナードー そうだ。
フランシスコ よく来てくれた。時間厳守だな。
バナードー ちょうど十二時を打ったところだ。帰って休め、フランシスコ。
フランシスコ では、交替だ。助かるよ。ひどい寒さだ。
それに、どうも気が滅入る。(後略)

 

〈シェイクスピア・マジック②「時間のワープ」〉

次に、シェイクスピア・マジックのもうひとつ、時間のワープのお話をしましょう。「ちょうど十二時を打ったところだ」から、亡霊が「出た! 出た!」と言っている間に、朝になる。たった数分のうちに数時間が経過する。どんな演出をしても、ここは変えられない。これがシェイクスピアのある種、リアリズムをはねつけるところです。しかし、芝居を見ているお客さんで「え? 3時間も4時間も経ってないよ」と思う人は誰一人いない。「あ、朝になったんだな」と、みんな素直に魔法にかかってくれる。ここが演劇の面白いところ。想像力によってワープするのです。

『ロミオとジュリエット』のバルコニーシーン。「ロミオ、ロミオ、どうしてあなたはロミオなの?」という有名なセリフから143行。キスしたりしているうちに、「もうすぐ朝だわ」となる。一体何時間キスしていたのか、という話になるわけです(笑)。

シェイクスピアは、これをわざとやっています。人の気持ちというのは、クロノスとカイロスという2つの時間からなっています。クロノスは時計ではかる時間。多くの人が当たり前だと思っている時間です。電車は何分で着きますとかいう時間。ところが、人生で大切なのは、そういう時間ではなくて、カイロス。心で刻む時間です。友達と一緒に過ごした大切な時間、それはクロノスではなく、カイロスです。あるいは感動した時、感動している自分の中で流れている時間。それは何分何秒ではなく、カイロス。恋をした時も、もうクロノスなんてどうでも良くなる。カイロスの時間で生きる。シェイクスピアがみんなに伝えたいのは、このカイロスの時間の大切さなのです。

シェイクスピアの奔放さは、「三一致」を守らないところに現れています。三一致とは、時間の一致(リアルに描くため、できるだけ一日の出来事に留める)、空間の一致(舞台を一カ所にしぼる)、筋の一致(主筋と副筋のようにせず、ひとつのお話に終始する)を守ると、お芝居がリアルに作れるという規則です。でもシェイクスピアは、この規則を無視してしまう。

当時の文学に大きな影響を与えたひとつが、新プラトン主義。大宇宙(マクロコスモス=世界、自然)と小宇宙(ミクロコスモス=人間)は呼応しているという考え方です。雨が降ると悲しく、晴れると晴れやかな気持ちになる。当時の人々はそれには理由があると考えていた。この発想を使いながら、シェイクスピアは芝居を書いていた。だから、リア王の怒りは嵐として表現され、『マクベス』で善良なダンカン王が殺害されると天変地異が起きたりするわけです。

それこそまさに想像力です。人間は動物的に生きているのではなく、その思いが周りの空気――いろいろな、エーテルのようなものが詰まっていて、しかもその中にspirit(霊)がある――を動かし、その空気が自然を動かしていると考える。肉体が滅びても魂は滅びない、人の魂は天に昇って神様とともにある、というのが現代でもキリスト教にある発想ですが、今以上に小宇宙と大宇宙の呼応が自然に考えられていた。ということは、近代的な個人という発想を捨てて、自分という存在それ自体が何かと呼応して生きているんだと、そういう発想がないとリア王のセリフがわからない。「『風よ、吹け』と言ったからって、吹くはずないじゃん」と思ったら、このセリフはわからない。自然の一部が自分の中に命を燃やしていると考える。その発想を持つことが、リアの怒りを理解することになると思うのです。さあ、その想いを籠めて、一緒に読んでみましょう。

風よ、吹け、貴様の頬が裂けるまで! 吹け!
吹き荒れろ!
豪雨よ、竜巻よ、ほとばしれ!
そびえる塔を水没させ、風見の鶏を飲み込め!
稲妻よ、電光石火の硫黄の火、
柏の大木をつんざく落雷の先触れよ、
この白髪頭を焼き焦がせ! 天地を揺るがす雷よ
地球の丸い腹を真っ平らに叩きつぶせ! (後略)

(『リア王』第3幕第2場 松岡和子訳)

要するに、中世から近代への狭間にあるのが、シェイクスピアの時代のルネサンスです。中世は神とカトリックの時代です。ところがルネサンスを経て近代になると、近代的主体が現れる。典型的なのはデカルトです。「我思う故に我あり」。つまり神様がいるから私がいるのではなく、私が考えているのだから私がいるという発想。神の存在は証明できるのかを、考えて考えて考えた結果、神の存在は証明できないけれども、神がいるかどうかを考えている自分が存在していることは確かである、と考えた。私は考えている、だから私は存在する。これが近代的主体です。

デカルトがこう言ったのが1637年。ハムレットの一世代あとです。ハムレットの方が36年ばかり早いんですけれども。ハムレットはいわばこのデカルトの「我思う」を先取りしていると言われます。つまり、まさに「考えている私」をハムレットは体現している。同時にハムレットは、神の存在も引きずっている。お父さんが、“成仏できない”から助けてくれと言ってくるわけですね。つまり、神があって天国と煉獄があるという世界に対して、近代的な主体を抱え始めているハムレットがどう対応するか悩む物語でもあるわけです。

まとめに入ります。シェイクスピアで一番重要なのは、前回も申し上げたとおり、人文主義思想です。それは何かといえば、人は愚かだと認めること。シェイクスピアが一番好きな表現が、その「愚か」さとよく結びつくオクシモロンです。オクシモロンとは矛盾語法。『マクベス』に出てくる「きれいは汚い、汚いはきれい」。これがオクシモロンです。「oxy=賢い」と、「moron=愚か」がひとつになって、「賢い愚か」という表現になるわけです。シェイクスピアに道化(愚者)が登場するのも、愚者が主人公たちに、「あんた馬鹿だよ」と教えてあげるため。賢い主人公は、自分の愚かさを教えてくれてありがとう、となるが、馬鹿な人物は、なに言ってんだと怒る。前回も少し触れましたが、シェイクスピアの考えは、人間は愚かな存在であって、一番すばらしい愚行が恋愛である、というものです。誰かを好きになって夢中になる。その人のためなら死んでもいいと思う。理性的に考えれば馬鹿です。だけどそれができるのが人間、ということなのです。

(おわり)

受講生の感想

  • 前回の河合先生の授業でライムの美しさを知りました。
    歌うようなシェイクスピアの音楽を堪能したいです。

  • 英文学でのシェイクスピアの立場、戯曲の味わい方が講義の熱と共に染み込んだようで、改めてハムレットを読むと場面が今までよりも迫ってきて、ちょっと怖いくらいでゆっくりとしか読み進められませんでした。シェイクスピアの戯曲の力もあるとは思いますが、専門家の伝える力の凄さを改めて実感しました。

  • ほぼ日の学校の授業を一言でいうと「快い」です。熱と潤いが、頭と体にしみて快いんです。
    「熱」
    初回から圧倒的なシェイクスピア愛という熱を感じました。先生方、運営の皆さんのほんもの情熱に直に触れることで、冷え性な私の平熱も少し上がってきたような気がしています。