講師紹介
酒井順子さん

学校長の推薦コメント

ベストセラー『負け犬の遠吠え』で
講談社エッセイ賞と婦人公論文芸賞という
ふたつの賞を受賞したのとほぼ同時期に、
『枕草子REMIX』を酒井さんは上梓します。

これは彼女の大きな転機になったと思います。

オシャレな都会風エッセイストだったのが、
これを機に骨太なエッセイストに変貌したのです。

そこに書かれた「清少納言も女子である」
という視点は、まさに橋本治さんの
『桃尻語訳 枕草子』をきっかけに、
原作を読み直した酒井さんが獲得したものでした。

つまり、1000年の時を超えて、
清少納言ばりのエッセイストを生むきっかけを
橋本治・桃尻語訳はつくった、とさえ、
私は思っているのです。

橋本さんが亡くなったときの
酒井さんの追悼文に鋭い考察があります。

おふたりに交友はなく、
酒井さんが橋本さんを見かけたのは一度だけ。

でも、橋本さんが「すごい人」だという認識は
ずっと酒井さんの中にありました。

彼女はこう書いています。

<日本人の中に、古くからずっと存在し続けている
様々な境界線を超越して、新しい分け方を
提示するところに、私は「すごい!」と
思ったのではないか。(中略)
『桃尻娘』は、男と女の境目を緩めてみせました。

そして『桃尻語訳 枕草子』では(中略)
歴史を縦割りにしてみせたのです。>

締めくくりにはこうも書いています。

<その訃報は、私にとって二度目の、
「橋本治」の実在を感じさせる出来事でした。

「橋本治」は本当にいた、そして本当にいなくなった。

「橋本治」は、きっと生と死の境界線をも
軽々と飛び越えていったのだろう(後略)>

橋本さんの存在を次の時代につなげてほしい。

そんな願いも込めて、
酒井さんに講師をお願いしました。

講師のことば

32歳の厄年のとき、
「人生って大変なんだ!」と初めて気づくことがあり、
そこからの仕事を考える上でも、
エッセイの祖である『枕草子』を
原文で読んでみようと思い立ちました。

そのベースとなったのが、20代に読んだ
橋本治さんの『桃尻語訳 枕草子』です。

清少納言は私より
1000歳年上の人であるにもかかわらず、
「友だちになってほしい」と思わせてくれる人。

「よく抜ける毛抜きはめったにない」
とボヤくくだりなど、時を超えて、
同じようにものごとを捉える人がいたことにも、
衝撃を受けました。

そんな「優しくて賢く、ミーハーで意地悪」な
清少納言の姿を伝えたいと
『枕草子REMIX』という本を書きましたが、
執筆中、ずっと傍らに置いて参考にしたのが、
橋本さんの『桃尻語訳 枕草子』でした。

橋本さんの桃尻語訳は、
ぶっ飛んでいるようでいて、意訳の無い逐語訳。

同じ単語には同じ訳をあてた、
「正しい」現代語訳ですから、
自分で「枕草子」現代語訳をした時も、
非常に参考になりました。しかも、
学者さんの訳と違って文章のつながりが良く、
読む楽しみも感じることのできるのも、
すごいところです。

ただ、橋本さんが描き出した清少納言は
「ギャル」っぽいのですが、私の中では、
清少納言はもう少し大人のキャリアウーマンのイメージ。

そうした違いはありますが、宮中での複雑な人間関係など、
「枕草子」が生まれた時代背景も、
橋本さんの桃尻語訳の中の解説から、
大いに学ばせていただきました。

この講座では、
橋本治さんの桃尻語訳を傍らに置きながら、
人情と意地悪さとが両立している
清少納言の『枕草子』の魅力について、
みなさんと一緒に考えてみたいと思っています。

酒井順子さかいじゅんこ

エッセイスト。立教大学社会学部卒業。高校在学中に雑誌連載を持始め、大学卒業後に3年間の会社員生活を経て現職。『枕草子REMIX』『徒然草REMIX』『負け犬の遠吠え』『地震と独身』『鉄道旅へ行ってきます』『男尊女子』『百年の女』『家族終了』など著書多数。河出書房新社『日本文学全集』では、「枕草子」現代語訳を担当した。