講師紹介
小池信雄さん

学校長の推薦コメント

会社こそ違いましたが、私にとって
小池さんは編集者の大先輩です。その先輩に
雑誌『考える人』の編集長をしていた時に、
一度だけ原稿を依頼しました。

国立民族学博物館の初代館長をつとめた
人類学者で知の巨人、梅棹忠夫さんの特集をした時です。

「たった一人だけの読者」という原稿をもらいました。

これは、ついに未刊のままに終わった
梅棹さんの『人類の未来』という本が、
なぜ、お蔵入りの構想に終わったのか。

その話を担当編集者だった小池さんに、
梅棹さんの思い出として
書いてください、という頼みでした。

原稿の中身自体もおもしろかったのですが、
興味深かったのは、
そこになぜか橋本治さんが登場するのです。

わずか2ページの文章に、
後半は準主役のように出てくるのです。

<橋本さんは……やがて
『桃尻語訳 枕草子』を書いて
ベストセラーにしてくれたから、
橋本さんが『人類の未来』の代わりを
書いてくれたようなものだ。

しかも、橋本治という「情報の塊」は、そのまま
梅棹さんの「究極の情報は人間そのものや」という
「人類の未来」でもあった。>

いま読み返しても、不思議です。

詳しくご本人に聞いてみたい、
と思わないではいられません。

小池さん、よろしく!

講師のことば

『桃尻語訳枕草子』にしろ
『窯変 源氏物語』にしろ、
その他あまたの作品にしろ、
橋本治さんという人は、次々と、
とんでもない仕事をした人です。

そのすごさを一言でいうと、
「近代を軽々と超えていた」ということ。

理詰めで物事を理解しようとする
「近代的教養」からすると、
古典はまさに「教養」であり
知性で理解するものとされ、
だからこそ明治以降の知識人たちが
これと格闘し、苦しみもしたわけです。

でも、橋本治さんの接し方は
まったく違うものだった。

理屈ではなく、おもしろいから古典に親しみ、
古典作品に描かれた人間が
自分たちと何も変わらないから
「ふつう」だと思い、理屈抜きに、
感動するときは感動した。

古典芸能だろうが大衆小説だろうが、
歌謡曲だろうがアメリカンポップスだろうが、
ときに「通俗的」とされるものでも、
自分がおもしろいと思うもの、
きれいだと思うものを心から楽しんでいた。

その感性で、常に時代の切り口の
先端を切り開いてみせてくれていたけれど、
あまりに先を行きすぎて
理解されないことも多かった。

橋本さんにしてみれば、
「ふつう」だと思うことを
やっているだけなのに、
それが理解されないから
「おかしい」と言われることがある。

ふつうにしていて「おかしい」ことこそ「おかしい」。

だから「なんで?」というのが、
彼のひとつの批判の姿勢になっていた。

編集者として橋本治さんに初めて会ったのが
1981年の暮れ。

物書きにしてイラストレーター。

料理が得意で編み物もすばらしい。

橋本治さんは「生活者」でした。

まさに「生活の思想」を実践している人。

その姿勢に本当に感心させられました。

30年以上前に約束した
大通俗小説を読ませてもらうことは
結局叶わなかったのが残念でならないけれど、
橋本治という人に出会ったことで
編集者としてのぼくは、
ずいぶんと得をしました。

それはどういうことだったのか。

そんなお話をしたいと思います。

小池信雄こいけのぶお

編集者。1939年東京生まれ。早稲田大学文学部西洋哲学科卒業。河出書房(現・河出書房新社)で橋本治さんの担当となり、『男の編み物(ニット)、橋本治の手トリ足トリ』『桃尻語訳枕草子』などを手がけた。その他、全集や数多くの書籍を編集し、1999年に定年退職した後は独立して出版社を立ち上げ、画集や書籍の編集を行う。その傍ら、千葉県で農業に従事している。