講師紹介
内田樹さん

学校長の推薦コメント

『橋本治と内田樹』という対談集があります。

橋本治ファンを自認する内田さんが
「橋本さんと共著で本を出すことになった。

すごく、うれしい」と、
喜びも露わに、楽しんで作った一冊です。

「背中の銀杏が泣いている」という
東大駒場祭の伝説的なポスターで、
イラストを描く橋本さんの存在を知った
内田さんですが、小説家・橋本治と出会ったのは
大学の同僚に『桃尻娘』を薦められたときのこと。

「めちゃめちゃ面白かった」と感激。

以来、橋本さんの著作を見つけると
必ず買って読むようになったそうです。

ひとことで言えば、内田さんは、
「橋本治と同時代に生きられて、よかった」
と考えている人です。

内田さんの言葉を借りれば
「橋本さんは自分たちの時代を『祝福』してくれた」。

祝福とは、「ありのままを表現し、
人というのはこういうふうにして生きている。

それ自体、喜ばしきことではないか」
と教えてくれる、そういう意味での祝福です。

そんな目で自分たちの時代の
肯定的な面も否定的な面も示してくれる
書き手がここにいる、
それが心のよりどころになっている――。

橋本治さんへの厚い信頼を語る内田さんに、
講座のトップバッターをお願いしました。

講師のことば

橋本治さんはくどいほど説明をしてくれる
「仏様」のようなひとです。

世の中のさまざまな叡智の形を
わかりやすい形で多くの人に届けてあげたい。

そんな風に思っていたんだと思います。

専門家に変わって、
だれにでもわかるように説明してあげる。

そういうことを橋本さんは
ご自分のミッションと考えていました。

たくさん知りたいことがあるときに
「どうしてもっとやさしく説明してくれないのかな」
という思いが橋本さん自身にずっとあって、
「だれもやってくれないなら、じゃあ自分でやるよ」と、
自分で取り込み、噛み砕いて、
咀嚼し反芻し細かくして、
飲み込みやすい離乳食にまでして、
人々に伝えていく。

これは本当にあの人の
仕事全体を貫くテーマだと思います。

でも、ほんとうの仏様ではないので、
そういう「いいこと」ばかりしていると
体内に毒が溜まるんですね。

それで時々グレてしまう(笑)。

ちゃぶ台をひっくり返して
「こんな仕事やってられっか!」と。

それで毒を吐くといういたずらをしはじめる。

それが一連の「へんな」本シリーズです。

読者になにかをわかりやすく説明する気は
まったくない本。

他の本だと読者を抱きしめている。

寄り添って、耳元で噛んで含めるように
やさしく教えてくれるのに、
「へんな」本では、読者を突き放しています。

いつもやさしい橋本さんが怒って(へそを曲げて)、
「こんな話お前たちにわかるわけねぇだろ」と
ブラック橋本に変容する瞬間がある。

理解を全く求めずに説明もしない。

「俺が面白いこと」だけを書き続ける。

そういう暴走する瞬間がくる。

「へんな」本はすべて「暴走本」なんです。

そこにはぐれちゃった橋本さんが前面にでてきます。

読者を想定していないけど、
それを乗り越えて
わかるひとたちのためだけにむけて書かれた
排他的で、クローズドサロンのような
ある意味橋本さんらしからぬ本ではあるんですが、
こういう本を定期的に書かれていました。

ぼくはそっちのブラックな方が好きで、
そこに橋本さんの深みを感じるんです。

ホワイトとブラック、両方を見比べてみないと
本当の深みはわからないんじゃないかなと思うので
そんなことを授業ではお話ししてみたいです。

そもそもなんでこんな本を
時間をかけて書くのか。

奇書中の奇書ですよね。

そういうことをしながら、
橋本さんはぼくらの「生息範囲」を
広げてくれた人でもありました。

「ここまで行っても大丈夫。」
「ここまでやってもこの世の中で生きていけるよ。」と
後進の人たちを勇気付けた。

ほんとうに偉大な功績だと思います。

亡くなってからは橋本さんのやっていた
「地雷を踏みにいく」しごとは俺がやるしかないかな、
なんて思ったりもしています。

内田樹うちだたつる

フランス文学者、武道家。神戸女学院大学名誉教授。専門はフランス現代思想、武道論、教育論、映画論など。主著に『ためらいの倫理学』『レヴィナスと愛の現象学』『日本の身体』『街場の戦争論』ほか多数。『私家版・ユダヤ文化論』で小林秀雄賞、『日本辺境論』で新書大賞受賞、著作活動全般に対して伊丹十三賞受賞。