講師紹介
矢内裕子さん

学校長の推薦コメント

今年の4月7日、
三味線の鶴澤寛也さんが主宰する
女流義太夫「はなやぐらの会」で、
浄瑠璃「近頃河原の達引」堀川猿回しの段が
上演されました。橋本治さんのたっての希望で
昨年のうちに決まっていた演目でした。

当日は、橋本さんもいらして
お話をされる予定になっていましたが、
残念なことに、
これが追悼プログラムになりました。

上演後、俳優の篠井英介さんと寛也さんの
トークが行われ、
司会役を担ったのが矢内裕子さんでした。

感極まりながらも立派に司会を務める姿は
とても好ましいものでした。

編集者でありライターである矢内さんは
ポプラ文庫で『桃尻娘』を復刊するとき、
担当編集者として橋本さんに
「自作解説」を依頼し、それをきっかけに
橋本さんへのインタビューを始めました。

これは10年がかり、100時間を超える仕事となり、
矢内さんという得がたい聞き手を得て、
橋本さんがそれまであまり語ってこなかった
創作の内側まで明かす貴重な証言が集積されました。

遠からず、矢内さんの手によって
一冊の本にまとめられる予定です。

この橋本さん最後の
ロングインタビューの中身はもちろん、
話をしたときの橋本さんの様子、
果たせなかった最後の大長編の構想など、
矢内さんが聞き遂げたこと、
聞き残したことを含めて
橋本治さんが何をやってきて、
この先何をやろうとしていたかを
語っていただければと期待しています。

講師のことば

10代の頃、定期で行ける街といえば神保町で、
本好きの私は、毎日のように
新刊書店から古書店まで、歩いていました。

最初に買った橋本さんの本は
『シンデレラ・ボーイ、シンデレラ・ガール』
だと思いこんでいたのですが、
刊行年によると勘違いで、『桃尻娘』
それから『花咲くオトメたちのキンピラゴボウ』、
そのあとに『シンデレラ〜』と読んだみたいです。

橋本さんの新刊は、
いつもピカッと光って見えたんですよね。

表紙が光を放っていて
「これ、読みなよ。たぶん役にたつと思うよ」と、
言ってくれているようでした。

さて、紀伊國屋書店出版部の
書籍編集者だったときに、
『怪しの世界』という
古典芸能の本を出すことになって、
何かと橋本さんにお会いするように。

国立劇場の公演台本と、
作者と演者の対談をまとめた本で、
橋本さんの薩摩琵琶の新作と
対談(友吉鶴心さん)のほか、
講談(宝井馬琴さん×夢枕獏さん)と
狂言(野村萬斎さん×いとうせいこうさん)も。

表紙はナンシー関さんが、
3人の作家の似顔絵を彫ってくれました。

その後、ポプラ社の一般書編集部に移って、
ポプラ文庫の立ち上げ編集長を任されたとき、
品切れだった『桃尻娘』を
若い読者のために復刊したい――と
橋本さんにお願いしました。

快諾していただいたんですが、
さて、文庫につきものの解説者が思いつきません。

〈桃尻娘シリーズ〉は革新的だったからこそ、
40年のあいだに時代を変えてしまった部分がある、
と思っています。

そうした背景も踏まえて、
膨大な橋本さんの仕事の中に、
どうシリーズを位置づけるのか――
困っていたら、橋本さんが
「『桃尻娘』については、なぜこれが漢字で
こちらはひらがななのか、助詞や読点の位置まで、
すべて自分は説明ができる。

――誰も気がついてくれないんだけど」
とおっしゃった。

そこから滔滔と語られる
「メイキング・オブ・桃尻娘」を聞いて、
ポプラ文庫では「自作解説」を
お願いすることにしました。

橋本さんが語ったものを私がまとめるという形です。

このインタビューがきっかけとなって、
「小説作法」をテーマに
橋本さんにロング・インタビューをおこない
本にまとめることになりました。

「橋本さんと話をしていた」
すべての時間を数えれば、
ゆうに100時間は超えるでしょうか。

今、そのインタビューを
仕上げている最中なのですが、
〈桃尻娘シリーズ〉は、作家・橋本治が
活動する上でのホームベースというか、
土壌になっていたんだなーーと、
しみじみと思うのです。

ここから、橋本さんのあらゆる執筆活動は
芽吹き、花開いたのではないでしょうか。

「桃尻娘」は作家・橋本治のデビュー作です。

ここから橋本さんの旺盛な仕事が
スタートするのですが、
全6部の「青春大河小説」は
完結までに、実に12年がかかっています。

この期間に橋本さんは『花咲くオトメたちのキンピラゴボウ』や
『完本チャンバラ時代劇講座』といった画期的な評論、
人生相談、詩集、もちろん小説も書いています。

さまざまな文章を書くことで、
「〈桃尻娘シリーズ〉を書くための力をつけた」
というのも、橋本さんが繰りかえしていた言葉です。

橋本さんの技巧、やりたかったこと、
どんな小説や映画、歌舞伎、音楽が好きで、
どんな表現を嫌ったか。

本の可能性や読者について――
授業では、取材の中で聞いた、
いろいろなお話もできればいいなあと
思っています。

矢内裕子やないゆうこ

ライター、編集者。出版社で人文書、文芸書をはじめとする書籍編集に携わり、独立。日本で初めて「哲学カフェ」を開催(たぶん)。を中心に執筆・編集を手がける。著書に『落語家と楽しむ男着物』。共著に『私の少女マンガ講義』(萩尾望都)。企画編集した本に『ボタニカル・ライフ』(いとうせいこう)『落語こてんパン』(柳家喬太郎)『古本道場』(角田光代)『あやつられ文楽鑑賞』(三浦しをん)などがある。現在、『橋本治の小説作法(仮)』をまとめているところ。