イラストは雄弁です。目にしたそのままだけなく、
描き手の心模様まで映し出してしまうから。
辻和子さんの歌舞伎イラストからは、
歌舞伎に対する理解や知識の深さだけでなく、
深い愛が感じられます。著作タイトルそのままに、
まさに歌舞伎に恋するタッチなのです。
芝居の見巧者でなければ気づかないポイントや
つぼをおさえて捉えているのがよくわかります。
役者を限定せず、でも「あの役者を模しているな」と
想像する楽しみをもたせてくれる、
写実とデフォルメの得も言われぬバランスがお見事です。
ビジュアルから考える歌舞伎を語っていただくのに、
辻さん以上の講師は思い浮かびません。
初めて歌舞伎を観たのは、歌舞伎好きの父の影響で、
中1の時だったと記憶しています。
当時七代目尾上菊五郎さんの弁天小僧でした。
弁天小僧はとても歌舞伎らしく、わかりやすい演目です。
きれいな武家娘が実は不良青年だったという話で、
変身シーンがひとつの見所です。
子供心にきれいなお姉さんがあっという間に不良になる
不思議さに魅了されました。それからは父に連れられて
年に1、2回観る程度。父に
「目が開いているのは弁当のときだけ」と笑われましたが、
「あ、おもしろいかも」と薄目があいたのが、
猿翁さん(当時は市川猿之助さん)のスーパー歌舞伎。
派手でおもしろいと思いました。その後、
はっきりと目が開いたのは、孝夫時代の
15代目片岡仁左衛門が13代目と親子で演じた「沼津」。
渋くてかわいそうで、地味な芝居です。
親子なのに名乗ることができず、
親の死にぎわに初めて絆を確認しあいます。
それを実の親子で演じていらしたので、
わたしはボロ泣きしてしまいました。
そのとき、歌舞伎は役者さんの演技を見るものなのだと、
もやが晴れるように一気におもしろくなって、
のめりこんでいきました。
でもしばらく歌舞伎は趣味で、
本業は広告や雑誌のイラストでした。
あるとき、落語仲間の編集者を歌舞伎に誘ったときに、
自前の解説書を渡したのです。
「これをぜったい読んでから来てね」と。
友だちを誘うときはいつも作っていました。
前知識なしに観ると、もったいないと思うところが
多々あったので。登場人物の相関図や筋書きを
漫画っぽく描いたものです。
これまでに百枚以上作りました。
それがきっかけになって、本の企画書を出し、
『恋する歌舞伎』を出版することができました。
その本をもって東京新聞に売り込みにいって、
歌舞伎の連載も始まりました。いまは
歌舞伎がメインのライフワークとなりつつあります。
仕事が手につかないくらい
歌舞伎にのめりこんだ時期があります。
好きな役者さんがいたとかではなく、
歌舞伎そのものにのめりこんだのです。
あの世界に同化したいと思いました。友だちを誘うのも、
みんなと手をつないで異世界にわたっていきたい
という気持ちが強かったからだと思います。
歌舞伎は堅苦しいと思い込んでいる人が多いので、
そうではないことをわかってもらいたい。
入り口は人それぞれなので、私の回では、
まずはビジュアルから
興味をもっていただければいいなと思います。
たとえば黒い襟は武家の奥様ではなく
庶民がかけるものであるなど、
歌舞伎にはすべて意味があります。
かんざし一本からたくさんのことが読み取れます。
ビジュアル的なアイコンを通じて、
楽しく歌舞伎の魅力に迫っていきたいと思っています。
イラストレーター 歌舞伎にすと
兵庫県西宮市生まれ。
嵯峨美術短期大学ビジュアルデザイン科卒業。
イラストレーターとして広告・出版物・カレンダーなどを中心に活躍中。
豊富な歌舞伎の知識や、旅の経験を生かした文章も手がけている。
著書に『ヒマラヤ旅の玉手箱』『恋するKABUKI』『歌舞伎にすと入門』『歌舞伎の解剖図鑑』などがある。東京新聞伝統芸能欄「かぶき彩時記」で、歌舞伎のイラストエッセイを好評連載中。