講師紹介福田尚武さん

学校長の推薦コメント

写真家は、刻々消えていく一瞬を切り取って
紙に焼きつける芸術家です。

早くから舞台写真に照準を絞った福田さんは、
芸に身を焦がす役者たちの生を
一枚の写真に封じ込めるべく、毎日のように劇場に通い、
誰よりも熱く舞台を観ていらっしゃいます。

役者との縁で撮りはじめたものが広がり
ついにライフワークとなった。

そんなお話を聞くにつけ、福田さんの並外れた歌舞伎愛、
役者愛、歌舞伎理解の深さに感動しています。

福田さんのお仕事のなかでもとりわけ
『坂東玉三郎 舞台』は尋常でない仕事です。

雑誌の撮影で、玉三郎さんの
写真に対する厳しい注文を身をもって知るだけに、
玉三郎さんが2冊の写真集を福田さんに委ねられたことの
重みは痛いほどわかります。

華麗な写真の数々の背景となる
福田さんの歌舞伎への思いをぜひ感じとっていただき、
同じような目で舞台をご覧いただければと思います。

講師のことば

55年間、歌舞伎の写真を撮ってきました。

ただ、ぼくは脱線している人間だし、
学術的なことが語れるわけではないので、
自分が体験してきたことや、
やってきたことをお話できればと思います。

ぼくの人生はいつも「棚ぼた」でした。

上を向いて口をあいてただけ(笑)。

学生時代、11代目団十郎さんの踊りを撮る機会があって、
それが17代目勘三郎先生の目に止まりました。

「ぼくの写真も撮ってくれませんか」と言われたのです。

思いもよらないことでした。

写真はずっと好きで撮っていました。自己流です。

大学は日本大学芸術学部の写真学科ではなくて
演劇学科です。先生が「芝居を観ろ」という人だったので、
歌舞伎座にはよく行っていました。

そこで「歌舞伎研究会」のちらしを見つけて
毎月通っているうちに、
舞台を撮影する機会がめぐってきたのです。

とはいえ、ずっと舞台を撮りたいとは思っていました。

なにしろ、いちばん最初に買ったレンズが
300ミリの望遠レンズ。

50ミリの標準レンズさえ持っていないのに、
舞台用に望遠レンズを買ったんですから、
笑っちゃいますよね。

節目節目で自信をつけさせてくれたのは、
いつも役者さんでした。

本当に歌舞伎の写真に目覚めたのは
玉三郎さんのおかげです。

歌舞伎座の場内で販売する写真を撮りはじめた当初、
役者さんのOKをもらうために
写真をたくさん撮って観てもらっていたんですけど、
あるとき玉三郎さんにこう言われたんです。

「あなたいい写真撮ろうと思って
狙ってばかりいるでしょう。

だからいい写真が撮れないんですよ。

狙わないで、あなたの思うとおりに、
好きなように撮ってごらんなさい」。

「わかりました」とは言うものの、
「好きなように」って何だろうと数ヶ月苦しみました。

その後、ある写真をきっかけに
「自由に撮る」ということがわかったんです。

それは斜め後ろ向きの写真でした。

「滝の白糸」最後の法廷の場面。

玉三郎さんが斜め後ろを向いていて、横顔なんです。

「どうかなあ」と思いながら見てもらったら、
それがいいと言われた。

「もしかしたら後ろ姿、あるいは真上から撮っても
いいのかもしれない。突拍子もないところから撮っても
いいんじゃないか」という気がして、
ようやく「好きなように撮る」という意味が
腑に落ちたんです。

以来、それまで3、4枚しかOKがでなかったのが、
20〜30枚とOKがでるようになって目が覚めました。

17代目勘三郎先生は、無言で教えてくれました。

写真を選ぶ姿で、芝居の見方も教えてもらいました。

役者さんが育ててくれていまの自分がある。

非常にありがたいと思っています。

両足を切断したあとには、こんなことがありました。

退院して歌舞伎座を訪れたとき、
誰にも会わずに帰ろうと思っていたのですが、
古い歌舞伎座には障害者用の出入り口がなかったので
楽屋を通って出ようとしたのです。すると、
中村屋の番頭さんをやっている同級生にバッタリ会って、
「若旦那(勘九郎さん)がいま出てくるから会っていきなよ」
と言われました。小走りに駆け寄ってきた勘九郎さんは、
ぼくの手をとって「目は見えるの? 手は動くの? 

だったら車椅子でも写真は撮れるじゃない。

カメラマンで良かったね」と言われた。

この先どうしようと不安に思っていたのですが、
そのひとことで気が楽になりました。

それから気分を楽にして写真を撮れるようになったんです。

いまも様々な工夫をしながら写真を撮りつづけています。

そんなお話を聞いていただきたいなと思います。

福田尚武ふくだなおたけ

1944年、山梨県生まれ。

日本大学芸術学部演劇学科卒業。

52歳のときに糖尿病がもとで視力の著しい低下と両足切断という事態に見舞われる。

その後、心臓病を患いバイパス手術を受けたが、写真家として復帰。

現在も歌舞伎の舞台写真を撮りつづけている。

写真集に『坂東玉三郎舞台写真集』『坂東玉三郎舞台』などがある。

2016年秋に豊島区民センターで「福田尚武歌舞伎写真展〜歌舞伎に魅せられて半世紀〜」が開かれた。