講師紹介
岡野弘彦さん

学校長の推薦コメント

『万葉集』の全口訳を初めて成し遂げた
折口信夫(おりぐちしのぶ)最後の内弟子として、
また折口没後は『折口信夫全集』の中心的編者として
岡野弘彦さんのことは、
ずっと遠くから敬拝してきました。

また、国学院大学の岡野研究室恒例の
「万葉の旅」のことはうらやましく聞いていました。

岡野先生に率いられ、
『万葉集』に歌われた場所を自分の脚で歩き、
歌人たちに思いをはせ、感性を磨くという旅が
どれほど楽しく有意義か、という話を
門下の方から何度も聞いていたからです。

感性は、岡野さんにとっていまなお大切なもので、
毎朝1時間半の半身浴の間に
実に30首もの歌を詠まれるそうです。

毎日、休むことなく30首です。
筋肉と同じで、休めば感性が衰える。

そうならないための鍛錬なのだそうです。

95歳という年齢を感じさせない
瑞々しい佇まいの秘密に触れた気がします。

そんな岡野さんの謦咳(けいがい)に
1人でも多くの方に接していただきたいと思います。

講師のことば

中秋の名月の晩、
伊勢神宮の観月会で、
全国から集まった短歌を選んで、
良い歌に現れた深い心の話をしてきました。

楽しいんですよ。

儀式の歌は「文学的動機が乏しい」と
おっしゃる方もありますが、
そうではありません。古い伝統があります。

折々の季節の歌は、
天地(あめつち)に祈るというか、
天と地の神々にごあいさつする歌ですから、
歌のなかでいちばん大事な伝統なのです。

和歌の伝統は、日本人の心のいちばん根底の
情熱から生まれてくるものなのです。

伝統的な深い人間理解の心をもっていないと、
言葉の伝統が危なくなってしまいます。

それは、心の伝統が
軽くなってしまうことでもあります。

今回、『万葉集』のお話をするわけですが、
『万葉集』とひとくちにいっても、長い時代の、
それぞれ境遇のちがった人たちの歌ですから、
なかなか複雑です。

歌人としては、
私は若い時代の大伴家持(おおとものやかもち)が好きです。

現代を生きる私たちに、
文化的な親近感をもたせるのが家持です。

その家持と対照的なのが高市黒人(たけちのくろひと)です。

海に舟を浮かべて孤独な旅をしている、
そういう高市の歌が私の心を引きつけます。

古代人たちの心にある孤独感とか寂寥感。

天地(あめつち)の間の水の上を漂う旅人の
胸に起こってくる深い人間観。

一人の人間としての寂しさや悲しみ、
同時にある、果てしないあこがれ。

それが黒人の歌の魅力だと思います。

そうした思い、人類の元のところの思いへ、
自分たちの心を届かせて実感してみる。

それが、現代の人間に
必要なことではないでしょうか。

現代の暮らしを、楽しく、明るく、
いろいろ感じたり言ったり、
実行したりして生きているわれわれですが、
時に、根源の心を振り返って、
元の泉に立ち戻って考えてみる。

泉を自分の中に追求してみるという
深い感性をもたないと、
われわれ日本人の未来は
寂しいものになっていくのではありませんか。

『万葉集』は、その元の泉の根源の心を、
思い起こさせてくれるものです。

千年以上を経た古典から学ぶべきものは、
現在、ますます大きな意味を
もっていると言えるでしょう。

岡野弘彦おかのひろひこ

歌人。國學院大學名誉教授。1924(大正13)年、三重県の代々神主の家に生まれ、神宮皇學館を経て國學院大學国文科卒業。在学中より折口信夫に師事し、同居してその死を看取った。処女歌集『冬の家族』で現代歌人協会賞を受賞。1979年から宮中歌会始の選者を、1987年から2007年まで宮内庁御用掛をつとめた。歌集に『滄浪歌』『海のまほろば』『異類界消息』『バグダッド燃ゆ』など、著書に『折口信夫の晩年』『万葉秀歌探訪』など、共著に『歌仙の愉しみ』『歌仙 一滴の宇宙』などがある。