講師紹介
永田和宏さん

学校長の推薦コメント

細胞生物学者である永田和宏さんに、
本業での連載を季刊誌『考える人』でお願いし、
『生命の内と外』という一冊にまとまりましたが、
歌人としての永田さんに改めて出会ったのは、
夫人である河野裕子さんとのまさに「相聞」というべき
歌のやりとりを通してでした。

駆けてくる髪の速度を受けとめて
わが胸青き地平をなせり

走ってきた河野さんを受けとめた永田さんの歌です。

映像的で広がりのある心に残る一首です。

一方、河野さんといえば、
あまりに有名な次の一首があります。

たとえば君 ガサっと落ち葉すくふやうに
わたしを攫って行っては呉れぬか

なんと興味の尽きない歌人夫婦かと思っていましたが、
残念なことに河野裕子さんは病に倒れ、
その過程を永田さんが歌と回想で綴った
『歌に私は泣くだらう 妻・河野裕子 闘病の十年』は
講談社エッセイ賞を受賞するすばらしい一冊に昇華しました。

鳥取県倉吉市の山上憶良賞選考委員でもある永田さんに
現代人の心にも通じる「社会派歌人」山上憶良を
論じていただき、また2回めの講義では、
歌人・永田和宏さんの足跡に沿いながら、
人はなぜ歌を詠むのかを語っていただきます。

朗読ゲストとして、俳優の寺田農さんが
来てくださいます。どうぞ、お楽しみに!

講師のことば

『万葉集』に感動したことってありますか。
スマートフォンを中心に、
目から情報を得ることが多いけれど、
歌を耳から聞くと本当に感動します。

それを、この万葉集講座で体験してほしい。

『万葉集』に残されているのは、
1300年も前の人たちが感じていたこと。

それを私たちがいま読んで、聞いて、
わかる、ということは、
とんでもなくすごいことです。

しかも、私もその1人ですが、
五七五七七という
同じ形式でいまも歌をつくっている人がいる。

全国紙、地方紙問わず、
全国どの新聞にも短歌・俳句のページがあります。

天皇自ら歌をつくり、
歌を通して国民と交わる歌会始という行事まである。

世界中見回してもこんな国はありません。

国民の一人一人が詩人でもある国。

どうしてそんなことが続いているのでしょうか。

たとえば、源氏物語は長い物語ですが、
登場人物の気持ちが述べられている地の文は
ほとんどありません。

人々の気持ちは
歌の中にしか描かれていないのです。

つまり、歌というのは、
自分の気持ちを表現するいちばんいい手段なのです。

それは、いまでもそうありつづけていると、
ぼくは思っています。

夫婦の間、親子の間で、
面と向かって言わないことも、
歌でなら伝えることができる。
実際、そんなことが何度もありました。

私が担当する回では、
現在の私たちにもっとも近い勤め人
山上憶良についてお話しようと思いますが、
もう一回は、
人はなぜ歌を詠むのか
ということを考えてみたいと思います。

歌は正解のない世界です。

誰がすぐれた歌人か、
どれがすぐれた歌かは、
主観が支配する世界。

一方、サイエンスでは正解はひとつ。

その両方があったから
ぼくはやってこられたところがある。

かつて、歌を詠むことは
国民的教養のひとつでした。

物理学者の湯川秀樹さんも歌を詠んでいた。

でもいまや、
歌人以外で歌を詠む人が
本当に少なくなってしまいました。

とても残念なことです。

『万葉集』を通して、
古代の人々が感じていた
まっすぐな気持ちを感じてください。

そして、聞いて感じるだけでなく、
ぜひ自分でもつくってほしい。

万葉人のつもりになって、
自分で歌を一首つくって卒業する。

そういうつもりで来ていただけると
うれしいと思っています。

永田和宏ながたかずひろ

歌人。細胞生物学者。「朝日歌壇」選者。宮中歌会始詠進歌選者。京都大学名誉教授、京都産業大学総合清明科学部教授。短歌結社「塔」を2015年まで主宰。『歌に私は泣くだらう 妻・河野裕子 闘病の十年』『生命の内と外』『近代秀歌』『現代秀歌』『人生の節目で読んでほしい短歌』など数多くの著書と、『メビウスの地平』『荒神』『後の日々』『永田和宏作品集』など多数の歌集がある。