講師紹介
俵万智さん

学校長の推薦コメント

「嫁さんになれよ」だなんて
カンチューハイ二本で言ってしまっていいの
「寒いね」と話しかければ
「寒いね」と答える人のいるあたたかさ
男というボトルをキープすることの期限が切れて
今日は快晴

第一歌集『サラダ記念日』に編まれた
恋の歌の数々が世に出てから31年。

俵万智さんはこの間、
さらにたくさんの恋の歌を詠んできました。

人を好きになるというのは、
誰しもが経験する素朴な感情でしょう。

けれども、その素朴な感情からは、
さまざまな心の諸相が広がります。

俵さんは、作者として優れた歌人
であると同時に、読み手としても大変すぐれた
いわば恋歌のエキスパートです。

万葉集のなかで、
恋の歌(相聞=そうもん)は、大きな柱のひとつ。

大らかな純情の歌が多いといわれますが、
道ならぬ恋の複雑な歌も
少なからず残されています。

いまの私たちの心情と
何がちがって、何がいまとつながるのか。

恋歌の詠み巧者・読み巧者の
俵さんといっしょに
読み解いていきたいと思います。

講師のことば

8月に上梓した『牧水の恋』をまとめるため、
何度も若山牧水の歌を読むうちに、
思っていた以上に、私自身が
牧水の影響を受けていたことに改めて気づきました。

そして、その牧水は万葉集が好きで、
ことば遣いやリズムなどを踏まえています。

その意味では、万葉の時代から明治の歌人、
そしていまの私たちへと、
歌の心は脈々と引き継がれてきたと思います。

要は、1300年前もいまも、恋歌が詠む
「あなたのことが好き」という気持ちは
変わらないのです。

万葉集の東歌にこんな歌があります。

「多摩川にさらす手作(てづくり)さらさらに
何ぞこの児(こ)のここだ愛(かな)しき」
多摩川で布地をさらすときに
口ずさんでいたといわれる歌ですが、
労働の様子を描写したものでありながら、同時に
「どうして彼女がこんなにも愛しいのだろう」
という恋の歌でもあります。私はこれが原点だと思う。

あとは、変奏曲のようなものと
言ってもいいかもしれません。

相聞という歴とした分野があるように、
短歌にとって恋は王道。

心が揺れるときが歌の生まれるときですから、
恋の高揚感は短歌ととても相性がいい。

そして、圧倒的にいい歌が生まれるのが
恋がうまくいかないときや失恋のとき。

若山牧水の有名な歌
「白鳥は哀しからずや
海の青そらのあをにも染まずただよふ」
これも、恋の苦悩から生まれたものでした。

歌人の性(さが)というか業で、
どんなに辛くても言語化したいんです。

そして、良いものができると、良かったなあと思う。

つまり、どんなにマイナスの感情でも、
三十一(みそひと)文字になった瞬間
プラスの遺産になる。

これが表現する者の強みであり幸せです。

それは歌人でなくとも、暮らしの中でできること。

短歌という表現の
こんな活かし方を知っていただけると幸いです。

最後に、万葉集を意識した
私の歌をひとつご紹介します。『チョコレート革命』から。

「恋」は「孤悲」だから返事はいらないと思う夜更けのバーボンソーダ

講座でお会いしましょう。

俵万智たわらまち

歌人。1987年の歌集『サラダ記念日』で翌年、第32回現代歌人協会賞を受賞。96年より読売歌壇の選者を務める。歌集に『かぜのてのひら』『チョコレート革命』『オレがマリオ』など。『プーさんの鼻』で若山牧水賞を受賞。エッセイに『あなたと読む恋の歌百首』『かーかん、はあい 子どもと本と私』『ありがとうのかんづめ』などがある。最新刊は『牧水の恋』。