講師紹介
上野誠さん

学校長の推薦コメント

1960年生まれの上野さんは気鋭の万葉学者です。

挽歌の研究で知られますが、
歴史学・民俗学・考古学などの研究成果を踏まえ、
多角的に万葉集と万葉文化を論じてこられました。

また、遣唐使を描いた小説『天平グレート・ジャーニー
遣唐使・平群広成の数奇な冒険』や
オペラの台本を書かれるなど、
幅広い活動を精力的に重ねらておられます。

万葉集の魅力をいまの若いひとたちにつたえるために、
恋歌の歌い手の気持ちをそのままに、
上野さんが意訳して現代語にした
『小さな恋の万葉集』があります。

たまかぎる

きのうのゆうべ

みしものを

きょうのあしたに

こうべきものか

上野さんの手にかかると、こうなります。

それはまさに一瞬の光ーー

昨日

それも夕方

遭ったばかりなのに

今朝にはもう

恋しく思っている

そんなわたしで

イイノカナ……

歴史は過去と自己との対話。

過去と無縁の今はなく、
今と無縁の未来もないーー。

上野さんのことばです。

古典との付き合い方を
ぜひ学ばせていただきましょう。

講師のことば

『万葉集』は、八世紀半ばに成立した二十巻からなる歌集で、
四千五百十六首の歌が収められた、
現存する最古の歌集です。

でも、こうした「知識」では
『万葉集』の魅力は伝わらないでしょう。

私の大学の授業に80歳まで授業を受けて、
授業が終わった翌々日に大往生を遂げた
女性がいらっしゃいました。

死の直前まで向き合おうと思わせる何かが
『万葉集』にあったということです。

私が『万葉集』を研究しようと思ったきっかけは、
高校生のときに好きな歌がひとつできたことです。

「君がゆく 海辺の宿に霧立たば
吾が立ち嘆く息と知りませ」
あなたが行く海辺の宿に立ち、
霧が立ったら私が都で嘆いている息だと思って、
私のことを思い出してください。

息が霧になって相手の旅先に現れるという歌です。

こういうものを入り口として、
考古学好きの少年であり歴史好きの少年であった私に、
歌への関心が生まれました。

書物が多く残る平安時代以降の文学と違って、
万葉時代のものは、
木簡(墨で文字を書いた短冊状の木である)が
発掘されるくらいしか、
新しい歴史的資料がみつかることはありません。

ですから、研究は作品の解釈になるわけですが、
最終的に歌を解釈するのは自分。

古代の歌とはいえ、それを解釈するのは誰かといえば、
いまを生きる私たちであるわけです。

ですから『万葉集』研究とは、
過去との関わりのなかに、
今、現在いる自分を見極める学問でもあるのです。

『万葉集』は「言葉の文化財」です。

そしてそれに価値があるのは、
文化財から歴史に思いをはせる人がいるからです。

歴史に思いをはせる人がいなければ、
石器は石ころだし、仏像も単なる木や石にすぎません。
過去と無縁の今など存在しないし、
今と無縁に未来も存在しない。

『万葉集』を読み、耳を傾けると、
声が聞こえてきます。私たちは文字を通じて、
古代に生きた人々と対話することができるのです。

『万葉集』は、古代社会に生きた人々と、
私たちを結んでくれる書物です。

それをみなさんと一緒に
読み解いていきたいと思います。

上野誠うえのまこと

奈良大学文学部教授(国文学科)。研究テーマは万葉挽歌の指摘研究、万葉文化論。歴史学や考古学、民俗学を取り入れた万葉研究で知られる。『万葉集から古代を読みとく』『おもしろ古典教室』『日本人にとって聖なるものとは何か』『魂の古代学』『遣唐使 阿倍仲麻呂の夢』など著書多数。小説に『天平グレート・ジャーニー』。オペラや朗読劇の脚本も手がける。1960年、福岡県生まれ。國學院大學大学院博士課程後期単位取得満期退学。文学博士。