講師紹介
ピーター・ジェイ・マクミランさん

学校長の推薦コメント

ある女性作家に薦められて、
マクミランさんの著書
『英詩訳・百人一首 香り立つやまとごころ』を
手にしました。読んで驚きました。

日本文学研究家のドナルド・キーンさんをして
「これは『小倉百人一首』の
もっとも卓越した名訳である」と、うならせた英訳です。

アイルランド出身の詩人で、現代美術にも詳しい
マクミランさんは、和歌の英訳にあたって、
さまざまな大胆な試みをしています。

たとえば醍醐天皇の第四皇子・蝉丸の歌。

これやこの行くも帰るも別れつゝ
知るも知らぬも逢坂(あふさか)の関

So this is the place!

The crowds,

coming

going

meeting

parting;

friends

strangers,

known

unkown--

The Osaka Barrier.

五句を11行に変え、
リズミカルに元の歌の風景を活写した
名訳をキーンさんは絶賛しています。

和歌を英語に移し替えるプロセスで、
マクミランさんが発見した日本の心とはなにか。

思いがけない指摘に目を開かれることでしょう。

講師のことば

Coming out on the Bay of Tago,

there before me,

Mount Fuji—

snow still falling on her peak,

a splendid cloak of white.

何の英訳か、おわかりになるでしょうか。

田子の浦にうち出でて見れば白妙の
富士の高嶺に雪は降りつつ

『万葉集』の山辺赤人の歌。

中学で習う『百人一首』にも入っています。

わたしは今、日本の心を世界に伝えようと、
『百人一首』を英訳し、
『英語版百人一首カルタ』をつくっています。

日本人の精神性を理解するには、
和歌に親しむことがいちばんだと思うから。

わたしが『百人一首』と出会ったのは、
大学教師として日本にやってきた30年前のこと。

苦労しながら手探りで英訳をするうちに、
和歌には日本の心があらわれていると
思うようになりました。

勉強をすればするほど、
日本の文化の神髄に触れることができる。

例えばその一つがことば遊び。

一つのことばに複数の意味をもたせる掛詞(かけことば)や、
他のことばや状況を連想させる縁語(えんご)など。

こうしたものを和歌に詠み込むことが、
古(いにしえ)の日本人のたしなみでした。

ことばの意味が何層にも重なってふくらんでいく。

これが万葉の時代からつづく日本文化の神髄です。

シェイクスピアやジェイムズ・ジョイスなど、
もちろん西洋にもことば遊びをする作家はいます。

とりわけ、日本の歌や能を訳したこともある
アイルランドのジョイスは、
ことばによる連想を意識的に活用しています。

でも、日本ほど、ことば遊びを
「メインテーマ」にしてきた文化はありません。

日本には同音異義語がたくさんあるため、
ことば遊びはとてもしやすい。

英語にはそれがとても少ないので、
ことば遊びの限界があります。

ただ、いまでは馴染みの少ないことば遣いも多く、
難しいと感じる人もいるかもしれません。

でも、和歌は声に出して読むとわかりやすい。

とくに恋の歌などはぜひ声にだして、
ことばの響きも味わいたい。

昔からたくさんの人が同じ思いをしてきたことがわかると
ぐんと親しみもわいてきます。

和歌は感性を磨くヒントも与えてくれるのです。

日本で一番古い歌集『万葉集』。

様々な立場の人たちの歌が収められています。

和歌の英訳、わたしは「詩訳」と呼んでいますが、
その課程で様々な発見と喜びがあります。

講義では、そんなお話もしたいと思っています。

(冒頭の歌をマクミランさんが吟じてくださっています。動画もあわせてご覧ください)

ピーター・ジェイ・マクミランぴーたーじぇいまくみらん

1959年、アイルランド生まれ。翻訳家、日本文学研究者、詩人。英文学博士。アイルランド国立大学卒業後、米プリンストン大学、コロンビア大学、英オックスフォード大学で客員研究員を務める。その後、日本に移り、2008年に『小倉百人一首』を英訳。2016年には『伊勢物語』を英訳し、The Tales of Iseとしてペンギン・クラシックスより刊行。著書に『英語で読む百人一首』『英詩訳・百人一首 香り立つやまとごころ』、訳書に『A Little Flower』(平山弥生・著、平山美知子・絵)などがある。