講師紹介橋本治さん

学校長の推薦コメント

『桃尻語訳 枕草子』『窯変源氏物語』
『双調 平家物語』‥‥橋本さんの現代語訳によって
古典が生き生きと立ち上がる喜びに、
幾度わたしたちは立ち会わせてもらったことか。

加えて『リア家の人々』や
『書替老耄(かきかえおいぼれ)ハムレット』といった
シェイクスピアに材をとった古典ルネッサンスも、
とどまるところを知りません。

古典の学校は橋本さんを抜きにして、
考えることはできませんでした。

講師のことば

古典を学ばなければいけないと思う理由は、
古典の中には今とちがう考え方があるから。

そういう芽をひろっておけばあとの参考になると思う。

そういう意味で、わたしは「ひろい食い」ばかりしています。

他には誰もひろわないから、
ゴミ捨て場でひろってるみたいなもんですよ。

枕草子やったときなんて、
そういうものを現代語訳するなんて
当時は誰も考えていなかったから、
「これやってもいいですかー」って
誰ひとりいないところで聞いていたようなもの。

わたしがやっているのは、古典のリクリエイト。

ただ、意味をとって解釈するだけでなく、
もう一度創造して形にする。何をやるかは問題ではない。

ただ、やってみると必ず何かがでてくる。

やることに意味がある。

枕草子の現代語訳だってよく知らずにはじめたけれど、
やると必ず変な「根っこ」のようなものがでてくる。

日本人の翻案力って実はすぐれている。たとえば、
シェイクスピアの『ヴェニスの商人』を講談にした
昭和5年刊の本があります。

アントニオが「安藤仁蔵(あんどうにぞう)」
ポーシャが「星也姫(ほしや姫)」になっていたりして
おもしろい。他にもあるんだけれど、
こうしたものをひろってこなかったから、
もはや「なかった」ことになっている。

過去にあったものをみんな忘れちゃうから
豊かにならないんじゃないかとも思います。

かつてこういう表現手段もあったよね、ということよりも、
今は「自分が何をしたいか」が
興味の中心=一人称第一主義になってしまって、
世の中のことを三人称で考えることが
どっかにいってしまった。そういう意味でも
古典に触れなければいけないと思いますよ。

橋本治はしもとおさむ

作家。東京大学文学部国文科卒業。大学在学中に 「とめてくれるなおっかさん 背中の銀杏が泣いている 男東大どこへ行く」をコピーに駒場祭のポスターを作って 注目された。イラストレーターを経て、 1977年、『桃尻娘』がベストセラーとなり作家に転じる。

『巡礼』『リア家の人々』など著書多数。

『窯変源氏物語』『義経千本桜』『百人一首がよくわかる』 など、古典の現代語訳も多い。

『文藝』に落語「書替老耄ハムレット」を連載。

編み物作家として知られた一時期もある。