ほぼ日の学校 オンライン・クラス開講! 6月28日(木)午前11時開講!ほぼ日の学校 オンライン・クラス開講! 6月28日(木)午前11時開講!

[第3回]「いま、なぜ古典なんだろう?」出版社をやめて浪曲師になりました。

東京浅草に木馬亭という浪曲の寄席があります。
5月はじめの夜、満員の客席を前にして
「この世ならぬ、男と女の道行き」を
唸っている女浪曲師の姿がありました。
玉川奈々福さん。
彼女はもともと出版社に勤める編集者でした。
なぜ浪曲師へ転身したのか。
そもそも浪曲ってどういうものなのか。
とつぜん古典芸能の世界へとびこんで
その道で生きる決心をしたそのわけ。
そこに、いま古典を学ぶことのヒントが
見つかるような気がしました。
ほぼ日の学校学校長、河野通和がうかがいます。

玉川奈々福さんプロフィールはこちら

[第3回]深く呼吸するために。

河野
河野
改めて尋ねたいんですが、
浪曲の発生とか、歴史というのはどういうものなんですか?
奈々福
奈々福
もともと「浪花節」というジャンルが生まれたのは
明治の初期なんです。
ただ、明治の初期にいきなりできたわけじゃなくて
すごーくざっくりした
わたしの浪曲史観ですけど‥‥。
河野
河野
浪曲史観?
奈々福
奈々福
はい。
芸能者って誰でも自分自身の芸能を軸にした
芸能史観を持ってると思うんですよ。
河野
河野
うん。
奈々福
奈々福
歴史全然詳しいわけではないんですが、
なんとなく、
鎌倉仏教が日本の語り芸を生んだ
一つのポイントだと思っています。
奈々福
奈々福
そもそも仏教っていうのは平安時代まで
貴顕(※)の人たちのものだったんですよね。
でも、貴顕の支えを失い、武家に政権が移った時、
寺社仏閣ともども
生き残るにはどうしようかと考えたと思うんです。



※きけん:身分が高く、名声があること。



鎌倉仏教が数々興って、
その鎌倉仏教は貴顕の方を向かなかった。
まず民衆の方を向いんたんです。



目に一文字もない人たちに
仏教の教えを伝えるため、
そこに説教、つまり語りのテクニックというのが生まれてきた。
河野
河野
なるほど。
奈々福
奈々福
あと、声明とか声のテクニックも
その頃に生まれたらしいんです。



そういう声と語りのテクニックが、
勧進僧とか聖とか、
歩き巫女とか瞽女(※)とか、底辺の芸能に流れ込んでいって、
それが説経節とか祭文とか、
幕末の頃にはちょぼくれとかちょんがれとか
阿呆陀羅経とかいろんな大道芸に花咲いた。
それが明治政府になってから、
そういう大道芸が禁止にされちゃったんです。



※ごぜ:三味線を手に村々を流し歩く目の不自由な女性。
河野
河野
うん。
奈々福
奈々福
で、明治政府の芸人鑑札がないと
芸能活動ができなくなったということがあって
これは困るというので、
いろんなジャンルの節付きの物語を語る人たちが
大同団結して、東京で浪花節の鑑札を得た、
というところから始まった、らしいんです。



それまで担ってた人たちは、
士農工商の外側の人たちだった。
だから明治になっても、差別されて、
なかなか寄席に上げてもらえなくて
葭簀張り(※)の小屋掛でやってた時期が長かったみたいです。



※よしずばり:よしずで囲うこと。



明治20年代からだんだんと
寄席に上がるようになりますが、
落語からも講談からも「あんな奴ら」と
浪曲は下に見られていた。
実際、粗野で下品なところもあったと思うんです。



それが少しずつ、人気も出てきて、
洗練されてきて、
でもまだ差別はあってという明治30年代の後半に
自由民権運動から生まれた、
「演説」というスタイルが人気になって。
河野
河野
はい。
奈々福
奈々福
あと、明治37年に日露戦争が起こって
勝ったとはいえ、ああいう形で戦争が終わって
「勝ったのに、何、この条件」みたいな。
そうやって国威発揚の機運がすごく高まってた時に
北九州に玄洋社という右翼団体があって‥‥
河野
河野
頭山滿のですね。
奈々福
奈々福
そうです。
その玄洋社が浪花節を、
演説のスタイルに落とし込み、
武士道鼓吹を謳いあげる
忠臣蔵みたいなものの台本を整えて、
派手に宣伝した。
そうして、桃中軒雲右衛門という
スターを作ったんですね。
河野
河野
なるほど、そこに繋がるんだ。
奈々福
奈々福
で、これが当時の世相とマッチして、
大売れしたものですから
全国的に浪花節人気が爆発した。



そこから、山があり谷がありとはいえ、
昭和30年代前半くらいまで、
日本で一番人気のある芸能が浪曲だったんです。



その頃には、
芸でいうと私のひいおじいちゃんにあたる
二代目玉川勝太郎とか、
春日井梅鴬だとか、三門博だとか、
錚々たる浪曲師たちがいたんです。



昭和22年の芸能人長者番付というのが
私の手元にあるんですが
トップ10のうち6人が浪曲師です。
河野
河野
へぇ。
奈々福
奈々福
今、空前の落語ブームだと言われて
東西合わせて落語家さんが
900人いるそうなんです。



でも昭和18年には浪曲師は
全国に3000人いたんですよ。
河野
河野
まさにその時は国民的芸能だった。
奈々福
奈々福
まさにその時は国民的芸能だった。
河野
河野
そこから日本が高度成長の道を
まっしぐらという中で
浪曲がどんどんと退潮していく。
奈々福
奈々福
はい。
河野
河野
現在の浪曲師は何人なんですか?
奈々福
奈々福
東西合わせて80人です。
河野
河野
そのうち女性は?
奈々福
奈々福
女性の方が圧倒的に多いです。
男性は少ないです。
絶滅危惧芸能です、ほんとうに。



でもここ最近、新しい人が入ってきてはいるんです。
河野
河野
じゃあ、絶滅危惧芸能っていうのは、
下がいないというより、上の層が薄いっていう。
奈々福
奈々福
そうですね。ほんとうに上が薄くなってます。
先輩方が少なくなっちゃいました。



私が入った時は、この浪曲を見よ! って人が
ズラーっといたんですけど、
今は少なくなっちゃった。そこが辛いです。
河野
河野
奈々福さんが担う役割は大きいと思うんですが
いま浪曲に力を与えるために、
古典とのお付き合いを続けておられるんですよね?
奈々福
奈々福
はい。
河野
河野
それですぐに浪曲師が増えたり、
お客さんの数が増えたりは
しないかもしれないけど、
目に見えない形できっと奈々福さんの芸に
力を与えてくれるものになっているんだろうと思います。
奈々福
奈々福
それは確実にあります。
河野
河野
筑摩の編集者時代に
『源氏物語』とか
古典に関わる仕事をしていたとはいえ、
浪曲師に軸足移してから
改めて古典を勉強しようとしたのは
何がきっかけですか?
奈々福
奈々福
ひとつは能楽師の安田登先生との出会いが大きいですね。
いま、安田先生の『古事記』の講座に通ってるんです。



お能は650年続いている芸能で、
もともと詞章が、
和歌や平家物語をはじめとして日本の古典文学を
完全に踏まえているものです。



しかも目に見えないものたちとコンタクトする芸能です。
その能楽をやっておられる安田先生の、
『古事記』論。
思考の時間的空間的幅の広さったら、
途轍もないです。
芸能って、いまは目の前のお客さんにアピールするものだけれど、
原初は、鎮魂だったり祈りだったり、
目に見えない世界とつながっていたもの
だったじゃないですか。
でも現代人にその感覚は薄い。
ところが、古代日本人は、
現実と夢を同価値に考え、
見えない世界とも今よりずっとつながっていた。
死に対する感覚もいまとは全然違っていた。
日本人がもともとどういうことを尊んでいたのか
どういう感覚や身体性を持っていたのかを
『古事記』の中から読み取る‥‥
もうびっくりすることが数々あって。



しかも、読むだけではなくて、朗誦してみる。
当時こんなふうに歌われていたのではないか
と考えられる節をつけて、歌ってみる。
1300年前の言葉を詠むって、
なかなかステキですよ。
そのことで立ち上ってくるものがある。
河野
河野
うん。
奈々福
奈々福
そこにはものすごく自分を自由にしてくれる、
教科書で習ってきた歴史という固い鎖を
解き放ってくれるような
感覚の自由さがあるんです。
河野
河野
うん。
奈々福
奈々福
それがすごくいまを生きる力になるし、
芸能をやっていく力になると思います。



現代人の身体能力的にいえばありえないでしょ、
ということが
古典文学の中にはあるじゃないですか。
『平家物語』の中の鵯越(ひよどりごえ)とか。
河野
河野
揺れる船の上の扇の的を射た
「屋島の戦い」の那須与一(なすのよいち)とか。
奈々福
奈々福
あったんだろうと思うんですよ、あれ。
いまの自分たちの価値基準とか、
身体の基準で考えちゃいけないことで、
あの人たちは見えないものを見る力があったし、
聞こえないものを聞く力があったし、
山を制する民であるか、
馬を御する民であるか、
海の民であるか、
『平家物語』ひとつをとって、
そんな読み方を教わると、
もう、躍動しちゃいますよね。



逆に、『源氏物語』を読むと
「いまと同じじゃん!」みたいなことも
あったりして。



鬱とかマザコンとか引きこもりとか
自分のことをダメだダメだと思い込む男子女子が続々登場して
「うわー、いまに始まった話じゃないんだ」と、
人間の本質は変わらないのだなあと思ったり。
河野
河野
『古事記』ではどんな講義を受けてるんですか?
奈々福
奈々福
これがすごーく面白いんですよ。
古事記から探る日本人の古層
ということがテーマで。
河野
河野
生徒さんの年代は?
奈々福
奈々福
幅広いですね。30代から70代まで。
河野
河野
似たような例としては、
小林秀雄の『本居宣長』を
10年がかりで読もうという私塾があります。
小林秀雄の書籍編集をしていた
新潮社OBを中心に、
有志たちが集まって。
奈々福
奈々福
わおー、本居宣長。
河野
河野
そうすると結局、
宣長の『古事記伝』に遡っていくんです。
で、やはり目指すところは
日本人の感性の古層を訪ねるということなんです。
河野
河野
小林秀雄が本居宣長を、
本居宣長が古事記を読みながら
何をもう一回探りあてたいと願ったか、
そういう読み方をしています。
ついには塾生が
自発的に和歌を作り始めたり(笑)。
奈々福
奈々福
ああ、いいですねー。そうやって学ぶことって、
どこまで想像力の手を伸ばすかというとじゃないかと思います。
私はツイッターを使ってますけど、
すごく目先のことや、断片的な情報ばかりで
呼吸が浅くなるようなことばかりじゃないですか。
河野
河野
うん。
奈々福
奈々福
例えば、安田先生はいまシリア語を
勉強していらっしゃるんですが、
それは、イエスが使ったアラム語と、
現在ある言語の中で一番近いのが
シリア語だかららしいんです。
イエスの本当に意図するところ
聖書の古層にも手を伸ばしたいって。
現代を生きている人間が、
どこまで聖書の奥底に手を伸ばしうるのか。



どこまで呼吸を深くできるか、
どこまで想像を深くできるか、
どこまで感覚を伸ばしうるか
っていうことですよね。



古典を読むって、そういうことだと思うんです。
実利があるというよりも、
こんなに呼吸の浅い毎日を生きている中で
どれだけ手を伸ばしうるのかなっていう。



その深さに身を浸して
みんなで学んでいる時間というのは
こんな現代で、稀有なことじゃないですかね。
河野
河野
なるほど。
奈々福
奈々福
いっぱいできるといいですよね、
こういうローカルな学び舎が。
河野
河野
奈々福さん自身も
浪曲を通じて古典を広めていくのでしょう?
奈々福
奈々福
そうですね、
いろんな浪曲の使い方が
あると思うんですけれど‥‥。



寄席というのは唯一油断していい場所なんですよ。
油断できる時間、油断できる空間。
「浪曲って面白いですよ」というより
浪曲というツールを使って、
自分の現実を油断して手放せるような
時間と空間を、
ほんのわずかの間、作れたらいいな
と思っています。
疲れている人たち、傷ついている人たちや、
体を傷めている人たち、そんな人たちの前で、
現実からかけ離れた、
でも、人間の情感あふれる物語を語ることで、
心が緩んで、しばし現実に向き合わなくてもいい時間を作れるのであれば
そういう仕事をしていきたいなと思います。

(おわり)

2018-06-27-WED

オンライン・クラスとは?

ほぼ日の学校 オンライン・クラスは、
古典を学ぶ「ほぼ日の学校」の講義を
編集映像や講義録でおたのしみいただく
有料ウェブサービスです。

●お申込み

ほぼ日の学校 オンライン・クラスのお申込みは
2018年6月28日(木)午前11時から開始予定です。

●料金

5,400円(税込み)

●有効期間

ご登録いただいた日から1年です。

(1年経つと、会員登録は自動更新されます。)

●内容

視聴いただけるオンライン・クラスの動画は、2種類。

授業の見どころを短くまとめた [ 15分 ] 動画と、
授業全体をじっくりとたのしめる [ 120分 ] 動画です。

[ 15分 ] は、2時間半の授業を要点に絞り短く編集しました。

短い時間に内容を深く理解していただくために、
授業を補足するテロップなどの説明が画面に入ります。

[ 120分 ] は、著作権の関係でオンラインに載せられない
映像・音声作品をのぞいた、授業全体を収めています。

こちらはテロップなどの文字説明はないのですが、
授業の概要を文字にまとめた
「講義録」といっしょに楽しんでいただけます。

サービス開始時には、下記の動画がご覧いただけます。

ほぼ日の学校スペシャル
「ごくごくのむ古典」

・講演 「古典ひろいぐい」橋本治さん(作家)
・トークセッション

「シェイクスピアをベンチャーする」

村口和孝さん(ベンチャー・キャピタリスト)・

藤野英人さん(投資家)・糸井重里(ほぼ日)・

河野通和(ほぼ日の学校長)

シェイクスピア講座2018

・第1回 木村龍之介さん(演出家)

「シェイクスピア全作品と出会う」
・第2回 河合祥一郎さん(シェイクスピア研究者)

「シェイクスピアの謎」
・第3回 河合祥一郎さん(シェイクスピア研究者)

「シェイクスピアとその時代」
・第4回 橋本治さん(作家)

「シェイクスピアの本質を味わう」

シェイクスピア講座2018の第5回以降の講義

これからはじまる

歌舞伎講座、万葉集講座なども

続々登場予定です。どうぞおたのしみに!