[第2回]愚かであることの尊さ。
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河野 - それからプロになるまでは?
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奈々福 - 教室に入って半年くらい経った時、
発表会があるから出るかって
教室の講師だった玉川福太郎師匠に言われて
出てみたんです。
その舞台の上で
「キミはプロになる気持ちはありますか?」
と聞かれて
もちろんあるわけがない。
習い事だと思っているし。

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河野 - うん。
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奈々福 - でも舞台に出てて、お客さんもいるのに、
ここでこの先生に
恥をかかすわけにもいかないので、
その場しのぎで「はい」って答えたんです。
これが言質とられたことになりまして(笑)、
発表会の後に、
「プロになるつもりがあるなら、
教室だけじゃ上手くならないぞ。
うちは、おれが唸る、かみさんが三味線弾くから、
うちに来ればちゃんと浪曲の稽古ができる。
みんなで合奏してるような
あんなのは浪曲の稽古じゃないんだ」
と言われて、つい、うかうかと
福太郎師匠のところに行っちゃったんです。
行ってみたら、
いきなり名前もらうという話になってて。
「聞いてないよー!」(笑)。
「師匠、私は出版社に正社員として勤めてます。
弟子入りとか、プロになるとかは、
とてもじゃないけどできません」と言ったら、
「うちはかみさんが三味線弾いてるから
月曜から金曜は困らない。
かみさんがいない土日にお前が弾けよ。
土日は会社ないだろ」って(笑)。
で、翌月には初舞台が用意されてました。
うちの師匠って、
あんまり深くは考えてない人だけど
絶妙なタイミングで絶妙な人参をぶら下げてくれるんですね。
目の前に人参があれば食いつくじゃないですか。
そんな流れの中でプロになっちゃったんです。
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河野 - すごいなぁ。
どの話も面白いから、
もっと聞いていたいんだけど。
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奈々福 - 古典の話にならないですね(笑)。

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河野 - そのお師匠さんに今もずっとついてるの?
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奈々福 - うちの師匠、11年前に
不慮の事故で突然亡くなっちゃったんです。
入門して五、六年経ったとき、師匠が、
「お前は三味線が下手すぎるから、
浪曲一席覚えて唸ってみて、
どういう風に三味線を弾いてもらうのが
浪曲師にとってありがたいのか
自分で体験してみろ」
と突然言ったんです。
私があんまり下手なのに
業を煮やしたんでしょうね。
それがきっかけで一席覚えて、
それも初舞台が用意されてた(笑)。
だから私は、全部師匠の言うことを聞いてきたのに過ぎない。
「運命だ! 私には浪曲しかない!」って
浪曲愛に満ち溢れて
ここまできたわけじゃないんです。
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河野 - その唸る方に転じてみてどうだったんですか?
適性があるとか、おもしろいなとか。
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奈々福 - おもしろいけど、
適性があるとはいまだに思ってないです。
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河野 - でも、むしろ夢中になってやっていた芝居に近いわけですよね?
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奈々福 - あ、芝居よりずっといいですね。
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河野 - それはどうして?
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奈々福 - すべての役割を自分でできる。
自分でコントロールできる。
その上で、自分ではコントロールできない
三味線っていう相手と、
譜面もなしに一緒に演るんですよ。

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河野 - じゃあ、唸る方に転じてからは
どんどん突き進むという感じだった?
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奈々福 - でも、師匠はわたしを浪曲師にするつもりだったわけじゃなくて、
浪曲師の気持ちもわかりなさい、という
心づもりでした。
だから、浪曲メインになることに
最後まで反対でした。
「三味線忘れたら、げんこだぞ」と
ずっと言ってました。
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河野 - お師匠さんと激しくぶつかることはなかったの?
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奈々福 - 一応浪曲師として
少しずつ仕事が来はじめていたから、
師匠としては否定することもできないという
痛し痒しの状況だったと思います。
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河野 - 仕事が来て、名前が出て来た?
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奈々福 - 浪曲はすごくおもしろい芸なのに、
中にいる人たちはその面白さに気がつかない。
角度のつけかたが下手すぎる。
上手にプロデュースすれば
浪曲みたいなおもしろい芸に
人が集まらないわけがない。
そう思って、
2004年に初めてうちの師匠を看板にして
プロデュース公演を演ったんです。
玉川福太郎の「徹底天保水滸伝」という会。
その頃、うちの師匠がちょっと大病をしまして。
ところが、復帰後の師匠の浪曲が、
すごい変わったんです。
スゴすぎてノックアウトされまして。
これ、いま多くの人に聞いてもらわんことには‥‥
という気持ちに、なったんです。
玉川の家の芸といえば「天保水滸伝」。
いまは誰も知らないかもしれないけど
ちょっと前までは、次郎長伝とか
国定忠治とか忠臣蔵とか、
昭和30年代くらいまでは
浪曲でも講談でも映画でもお芝居でも
定番メニューです。
古いと思われるかもしれないけど
そうやって人が共有してきた物語を
あえていま演ると
「こんなにもおもしろいんだ」と示したくて。
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河野 - うん。
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奈々福 - それで「天保水滸伝」の
連続読み5回公演にしよう、
と決めました。
タイトルに「徹底」って付けることで、
聞きかじったことはあるけどよくは知らない、
でもこれを通しで聞けばわかるかもしれない、
という気持ちをお客さんに持ってもらえるかな
と思ったんです。
それでもやっぱり、足を運ぶきっかけが欲しい
と思ったので
応援団をゲストに迎えようと考えました。
第一回が小沢昭一。第二回が井上ひさし。第三回が澤田隆治。
第四回がなぎら健壱。第五回が平岡正明、布目英一という方々。
浪曲については一家言ある方々をお迎えして、
浪曲がおもしろいっていうことをブワーッと喋ってもらう。
これがバーンッて大当たりしたんです。
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河野 - おお。
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奈々福 - この公演は2年間10公演開催したんですけど、
2年間全公演大当たり。
もう確信持てますよね。
「やりようによっちゃあ、浪曲はあり得るんだ」
って。
つまり、浪曲のおもしろさに、
人が気づいていなかっただけだから、
こういうやり方をしたらおもしろいという
角度をつけたらいいんだって。
古典の古典たる魅力を、
ちゃんと押し出していけばわかるんだ、と。
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河野 - うんうん。

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奈々福 - 高度成長期では、
みんな義理とか人情は古いものだと思って
積極的に捨てたい概念だったんですよ。
メディアの発達で浪曲が廃れたんじゃなくて、
「痛くない人生」、「苦労しなくていい人生」、
「甘くて幸せな人生」を夢見た日本人が
捨てたかったのが、浪曲であり大衆演劇。
だけど、20何年浪曲演ってて、
最初の頃といまとは全然違ってきてるんです。
この10年くらいは、
世の中が浪曲に近づいている気がする。
お客さんの浪曲を聞いている実感具合いが
違うんです。
今はほんとうに共感してもらっている度合いが
どんどんどんどん上がっている感じがしてます。
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河野 - なるほどね。それはおもしろいなぁ。
それで、お師匠さんの元で
奈々福さんの存在がきっちり
プロデュース能力も含め確立していったんですね。
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奈々福 - そうですね。
うちの師匠が許してくれたからできたことだと思います。
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河野 - 最近では、角度のつけ方にどういう工夫をしてるんですか?
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奈々福 - とにかくやっぱり会を作ることです。
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河野 - 会?
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奈々福 - 3年前くらいに、「浪曲破天荒列伝」っていう
5回シリーズの会をやりました。
浪曲の中に出てくる破天荒な人々を演る。
古典浪曲の中に、愚かであることの尊さ
っていうのをすごく感じるんですね。
みんな後先を考えない。
多分24時間先のことくらいしか考えない。
だからこそ、いまはじけられる。
そういう、愚かだからこそ、
人間としての力が爆発するような人たちの物語。
これが浪曲の価値観の一つなんだ、と。
私は浪曲の中に
人間が生きる上でのほんとうにおもしろい価値観を
いっぱい見出すことができました。
こういう価値観が好きです、ってことを
会の形にしてお客さんに見てもらうことが
わたしの一つのやり方ですかね。
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河野 - なるほど。
例えば、いまの「愚か者」もそうだけど
浪曲ならではの価値観って、
他にはどういうものがあるんですか?
いまは、世間的な価値観って、
割と画一化されてて、
当たり前のことを、みんながいいねっていうような
時代だと思うんだけど。

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奈々福 - 浪曲の物語もそうだし、
浪曲に関わる人たちもそうなんですが
一番は「未来を考えない」ということなんです。
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河野 - へぇ。
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奈々福 - 未来が人を不安にさせて、病にさせてますよね。
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河野 - そうですね。
みんな将来を確固たるものにするために
いま何をすべきかという逆算の発想ですよね。
就活なんて最たるものだけど、
現在の自分を削ぎ落としちゃうわけですよね、
可能性を。
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奈々福 - 浪曲の人たちが底抜けに明るいのは、
未来を考えないからです。
逆に言えば、怖いものを知っているから
いつ死んでも仕方ないみたいな感じで、
生に対する執着が少ないのかもしれない。
それゆえなのか、純情で、
思いに身を捧げる度合いが強い。
まあ、後先考えず
人に迷惑かけまくるんですけどね(笑)。
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河野 - うん。
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奈々福 - でも、言葉にならない部分で人を察する力が強いんですよね。
それに身体能力が強い。
敵か味方か、とか、夫か妻か、とか、
そういうことからはみ出てしまう、
人間であるっていうことの情感。
人と人がそばにいるっていうことの情感。
そういうものに、わたしはすごい色気を感じるんですよ。
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河野 - なんか聞いてるだけで感動してきちゃうな。
もういま十分に伝わってきます。
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奈々福 - そこに人間が生きていることの色気、
みたいなものを
演りたいんです、浪曲で。

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河野 - うんうん。
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奈々福 - 意味に帰結するようなことではなく、
「よくわかんないけど、
なんかかわいいな、あの子」
みたいな(笑)。
浪曲の中にも古典の中にもそういうものがいっぱいあると思ってます。
それに追いつける自分の身体でありたいというのが修行ですかね。
(つづく)
2018-06-26-TUE