講師紹介
坂口菊恵さん

学校長の推薦コメント

(学校長の推薦コメント)
少し前の本ですが、
『ナンパを科学する――ヒトのふたつの性戦略』
という一冊をある研究者から教えられました。

街角でナンパされたり、
なぜか道を尋ねられることの多い人がいます。

声をかけられやすい人の特徴とは何なのか? 
顔やスタイルなのか、はたまた歩き方なのか……
実験しながらそのナゾを探った研究書です。

お会いしてみると、著者の坂口さんの口からは
「繁殖戦略」とか「ヒトの生殖年齢」といった
刺激的な単語が飛び出します。

誤解されずに語ることが
なかなか難しい分野ですが、
坂口さんならきっとおもしろく
語ってくださるに違いないと
楽しみにしています。

講師のことば

動物行動学や進化生物学では、基本的に
「いかに優秀で健康な子を残すか」という
「繁殖戦略」に話を収斂させようとすることが多いですが、
人間は「健康な子供を産むこと」だけを目的に
パートナーを選んでいるわけではないし、
社会的・文化的背景が行動を左右することも
少なくありません。そもそも、
ほとんどの生き物は繁殖年齢が終わる前に
寿命が尽きてしまうために
繁殖年齢をすぎてからの「人生」がないのに対し、
人間、とりわけ女性は
自分が子供を産めなくなったあとも
長い人生を生きていくという特徴があります。

そうしたとき、
最初に子供を作ったときのパートナー選びとは
違う観点が出てくることは十分に考えられます。

「おばあさん」として
自分の子の繁殖を支える役割を担う一方で
自分の子の結婚や出産に関与して
繁殖をコントロールしようとすることもあるでしょう。

いわゆる「嫁姑」問題も
繁殖戦略との関係で
語り得ることがあるかもしれません。

多くの人が長生きするという
歴史上なかった現象に直面しているいま、
人間の繁殖戦略はどうなっているのか。

文化の違いはどのような影響を与えるのか? 
他の生き物と比較してどうなのか?
一夫一妻を基本とする動物でも
「不倫」をすることがあります。

元のペアに戻るものもあれば、
戻らないものもある。

多くの文化で一夫一妻を
制度として利用している人間も、実は、
「シリアルモノガミー(連続する一夫一妻)」であり、
パートナーを替えていくのが
本来の姿だったのではないかという
考え方もあります。

再婚により家族のメンバーが入れ替わる
「複合家族」や養子縁組が珍しくない文化も多く、
現在の日本で考えられているほど
「永続的な一組のカップルによって
つくられる血縁集団」としての家族のあり方は
絶対的なものではありません。

このような観点から見ますと、
性をめぐる葛藤は私たちが繁殖年齢の
ピークを過ぎた後も続きます。

周囲の人々と折り合いをつけていくために
それぞれの生物学的な成約を
利用したり、かわしたりしていく様を、
ヒトが生き方を工夫する営為として
見つめてみたいと思います。

坂口菊恵さかぐちきくえ

東京大学特任准教授。東大大学院総合文化研究科博士課程修了。専修大学、早稲田大学での非常勤講師などを経て、現職。東大理系学生が科学を実践する上で基礎的なスキルを身につけるための「初年次ゼミナール」を担当している。著書に『人のふたつの性戦略 ナンパを科学する』、編著に『科学の技法:東京大学「初年次ゼミナール理科」テキスト』がある。1973年函館生まれ。