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[第1回]「いま、なぜ古典なんだろう?」出版社をやめて浪曲師になりました。

東京浅草に木馬亭という浪曲の寄席があります。
5月はじめの夜、満員の客席を前にして
「この世ならぬ、男と女の道行き」を
唸っている女浪曲師の姿がありました。
玉川奈々福さん。
彼女はもともと出版社に勤める編集者でした。
なぜ浪曲師へ転身したのか。
そもそも浪曲ってどういうものなのか。
とつぜん古典芸能の世界へとびこんで
その道で生きる決心をしたそのわけ。
そこに、いま古典を学ぶことのヒントが
見つかるような気がしました。
ほぼ日の学校学校長、河野通和がうかがいます。

玉川奈々福さんプロフィールはこちら

[第1回]「ブツ感」が足りてない。

河野
河野
ぼくが初めて奈々福さん=長嶋美穂子さんと
お会いしたのは
筑摩書房の編集者としてでした。
奈々福
奈々福
そうです。もう20年以上前になりますかね。
河野
河野
そもそもなんで出版社で働こうと思ったんですか?
奈々福
奈々福
モラトリアムですね。
やりたいことがなかったんです。



中学高校は芝居に明け暮れていて、
そのまま大学に行かずにお芝居やっていこうと思ってました。
同級生にも宝塚に行く人や、
劇団四季に進む人もいたので
私もそうしよう、と。



でもうちの親は、父親が中卒、
母親が高校の夜学の中退なので
学歴や教育に対する思いが強烈だったんです。
教育は誰からも奪われない、執行猶予と思って、
大学に行ってくれって。



大学3年の時にも
一人芝居を演ったりはしたんですけど
芝居で生きていこうとはその時点ではもう全く思ってなくて。
だから就職も、
もうほんとうに典型的なモラトリアム。
新聞社、出版社、テレビ局全部受けて、
全部落っこちて、
でも唯一、短歌の雑誌を出している
小さな出版社にだけ引っかかってそこに入りました。
河野
河野
なるほど。それでそこに何年いたんですか?
奈々福
奈々福
1年半くらいです。
編集長と喧嘩してやめちゃったんだけど。
そのあとは、アルバイトとして新潮社に入りました。
河野
河野
あら。ほんとに。
(※ほぼ日の学校長になる前、河野は新潮社にいました。)
奈々福
奈々福
そう。河野さんよりずーっと前に。
辞典の編集部にいました。
河野
河野
はいはい。
奈々福
奈々福
で、その時は本をつくりたいなっていう気持ちになってたんですけど
そこだと本はつくれないから、筑摩書房を受けました。
河野
河野
じゃあ、筑摩に入ったのは何年?
奈々福
奈々福
1990年くらいかな。
河野
河野
で、何年いたの?
奈々福
奈々福
23年ですね。
河野
河野
筑摩ではどんな仕事をしてたんですか?
奈々福
奈々福
ひと通りやりました。
文庫、文学全集、「頓智」っていう雑誌もやって、
単行本もつくりましたし、新書もやりました。
あと、営業も経験してます。
河野
河野
営業は途中で?
奈々福
奈々福
はい。「頓智」が休刊になったあとに。
河野
河野
それだけいっぱいやれば
いろんなジャンルの本に触っているわけですよね。
奈々福
奈々福
うーん。まあそうですね。
河野
河野
「頓智」でいえばもちろん、芸能にも関わるし
文学全集や文庫でも、
古典というものに触れるだろうし。
そうやっていろんな形で
いろんなものに触れながら、
一番好きだなって思ったのは
どんなジャンルだったんですか?
奈々福
奈々福
筑摩に入った時に一番やりたいなと思っていたのは
志村ふくみ先生の本を作ることだったんです。
河野
河野
ほおー。
奈々福
奈々福
ふくみ先生の大ファンで。
ふくみ先生の文章って、
ひとつの言葉の意味に帰結されないというか、
含有量が多いように感じていて。
それがとても好きだったんです。
なんていうか、
普通の言葉や文字ベースではなくて、
別の表現手段を持っている方や、
職人さんだったり、
ものの手触りを知っている人たちの言葉を
本にしたかったんです。
だから、いつかふくみ先生の『一色一生』に次ぐ
単行本がつくれればなと思ってました。
河野
河野
結構、ちくま文庫に入ってますよね、
志村ふくみさんの作品。
奈々福
奈々福
はい。あれは全部たずさわりました。
河野
河野
あー、そうなんだ。
じゃあ、間接的にお世話になってたんだな。
ぼく、読んでましたから。
奈々福
奈々福
あと、ふくみ先生のお仕事で、
できてうれしかったのは、
先生がずっとためていらした小裂(こぎれ)帖を
単行本にしたんです(『小裂帖』)。
先生から小裂帖の原本をお借りして、
印刷会社さんに朝から晩まで何日も詰めて。
スキャニングした布の、色や質感を、一点一点‥‥
というより、部分部分に至るまで調整して、
極力本物に近づけるようにして、
装丁にも凝って、本にしました。



出版に合わせて開いた展覧会では、
お客さんが紙に印刷された小裂を見て
本物かと思って、はがそうとした(笑)。
「あらっ、印刷なの!?」
河野
河野
それはガッツポーズですね。
奈々福
奈々福
苦労の甲斐がありました。
河野
河野
ふくみさんがそれほどまで魅力的だったのは
何か原体験があるんですよね?
奈々福
奈々福
一番最初のきっかけは、
教科書に載ってた大岡信さんのエッセイです。
咲く前の桜の、樹皮を煮だして糸を染めると
上気したような桜色になる、
という文章に感動して。
それから『一色一生』を読んで、
この方は本当にすごいなーって
ずっと憧れをもってました。

志村ふくみ先生のお弟子さんである

染織家の外山もえこさんが染めたお着物。

河野
河野
なるほどね。
奈々福
奈々福
編集者って、
憧れをもって、この人の本つくりたいと思って、
お手紙を書くと会えてしまう、
すごく特別な職業ですよね。
河野
河野
うん。
じゃあ筑摩時代の思い出に残る仕事って
ふくみ先生の本がベストワン?
奈々福
奈々福
そうですね。 でも、他にもいろいろあります。
河野
河野
ちなみに?
奈々福
奈々福
ふくみ先生の他の本だと、
石牟礼道子さんとの対談と往復書簡の『遺言』。
あれがわたしの最後の仕事でした。
あとは、小沢昭一さんの残された、
古い芸能や町の写真を全部まとめて
写真集をつくったり、
源氏物語の全訳をつくったり。
河野
河野
大塚ひかりさんの訳ですね?
奈々福
奈々福
はい。あとは、横尾忠則さんや
都築響一さんの分厚い本とか、
与那原恵さんの本。
河野
河野
『首里城への坂道』ですね、
2014年に第2回河合隼雄学芸賞を受賞した。
奈々福
奈々福
それに、米朝師匠と志ん朝師匠と枝雀師匠の
落語のコレクションとか
志ん朝師匠の写真集もつくりましたね。
河野
河野
ほんとにすごい23年間だったんですね。
じゃあ筑摩を辞めるときは、
やるべきことはやった、見るべきものは見た、
という感じがあったのかもしれないけど、
その前にすでに浪曲には足を踏み入れているわけですよね?
奈々福
奈々福
筑摩に入って割とすぐです。
河野
河野
それは言葉の仕事に一方で携わりながら
芝居への思いを引きずっていたということかな?
奈々福
奈々福
いや、そうじゃないんです。
浪曲・・・・に結果的に導かれたもの、やっぱり
「言葉」だったんだなって思います。



ふくみ先生とお話ししたり、
他の著者の方たちとお話ししたりする時、
自分も言葉を使いますよね。
その時に自分の使う言葉の絶対的な質量が
足りないなーっていう感じがあって。



バブルの頃でもあったので、
「こんなのほんとうだろうか」っていうような
世の中の浮いている感じ、
地に足がついていない感じがすごく不安で。
それで、自分も一生懸命
足を地につけようとするのだけど
いつも5センチくらい浮いている感覚があって、
それがいけないことのように感じてました。



なんとか自分自身をもう少し充実させないと
マズいなっていう危機感を感じたんです。



日向に干したお布団で寝るときの気持ちよさとか、
大根をすっているときの実感とか、
そういう「感覚」。
この世の中にたくさんあるはずの
そういう「ブツ感」が足りてないぁって。
だからこそ
ふくみ先生に憧れていたんだと思います。
圧倒的な「ブツ感」がある方なので。



自分の中に「ブツ感」とか「感覚」を養いたい時、
普通は編集者なら本を読むと思うんです。
でもわたしは生涯続けられる習い事をしよう、
言葉を使わずに「ブツ感」を注入できる道を探ろう、
と思いました。
言葉にならないものを自分の中に溜め込もう、
にわかに言葉にならない感覚みたいなものを、
って。
河野
河野
うん。
奈々福
奈々福
それで、自分は和のものが好きだから
じゃあ、お茶にしようか、日本舞踊にしようか、
選択肢がたくさんあって、
色々と足を突っ込んでみました。
それで、ある日朝日新聞の記事に、
日本浪曲協会が三味線教室を開くという記事を見つけたんです。
しかも三味線を貸してくれる、と。
三味線の音は知っているし、興味もあったのだけど
いきなり和の習い事は敷居も高いし、
三味線を買わなくてはならないと思ってたところに
その記事を読みました。
行ってみたのが足を踏み入れたきっかけです。
河野
河野
それが何年頃ですか?
奈々福
奈々福
94年です。バブルがはじけた後ですね。
河野
河野
じゃあ、「失われた10年」が始まった頃か。
奈々福
奈々福
わたし自身はバブルの恩恵を受けてはいないんですよね。
就職もダメだったし。
いけいけどんどんな感じは、見てはいたけど実感はしていないんです。



お小遣いが多かった記憶もないし。
それでも、その時代の浮遊感みたいなのは感じていました。
河野
河野
余計な話だけど、
ぼくもバブルって実感ないんです。
すごく地味な生活でした。
みんながクリスマスでうかれてても、
しみじみと居酒屋で飲んでたりね(笑)。



でも奈々福さんと同じ感覚がぼくにもあって、
当時あまり本には向かわず
もっぱら運動してたんです。
走ったり、泳いだり、
自転車をやってトライアスロンにはまっていた。
その「ブツ感」に近いところがあるんじゃないかな。
奈々福
奈々福
フィジカルっていう感じですよね。
河野
河野
そうそう。
想像力とかっていうよりも、やっぱり現実感。
それを確かめたいなっていう。



走ってて一番感動していたのが
ゴールした後、地面に落ちる汗のシミとか、
水泳だったら、プールの底に映る自分の影とか。
そういうことが妙にいまでも思い出されます。
奈々福
奈々福
よくわかります。
河野
河野
ですよね。
特に言葉が溢れている職場だったから
あえてそれに釣り合うくらい
一生懸命体を動かしてました。
奈々福
奈々福
やっぱり「ブツ」が足りないって感じですよね。
河野
河野
このままふわふわした言葉を使って
何処かへ行くうちに
訳が分からなくなるんじゃないかなと。
奈々福
奈々福
同じかもしれない。
河野
河野
それは世の中全般に対してもだし、
自分に対しても思ってたので
さっきの奈々福さんのお話は面白く聞きました。



でも、その行った先が三味線、浪曲っていうのは
かなりユニークだと思うんですけど。
奈々福
奈々福
これは本当に天の配剤としか
言いようがないんですが、
筑摩書房が蔵前で、浅草に日本浪曲協会があって
長く続ける習い事としては、
地の利を得ていることが肝要だろうと思って。
しかも三味線を貸してくれる。
とりあえず行ってみよう、という感じです。



行ってみると広間に30~40人の人がいて、
のちに師匠となる玉川福太郎も怖い顔して座ってました。
そこで全員が自己紹介をしたんです。
そうすると津軽三味線やっていた方とか、
小唄の三味線やっていた方とか、
そういう人たちがたくさんいて、
「あれ、これは間違えたかも。
わたしみたいな
三味線に触ったこともないような人が
来てはいけないところだったかも」
と思ったんです。



でも、まあいつでもやめますから、
という感じもあって。



ところが、三味線のお師匠さんが
目の前で弾いてくれた音に仰天。
その音色が、ほんとうにびっくりするような綺麗な音色で。
バチ先からダイヤモンドのちっちゃい粒が
惜しげも無く
ポロポロポロポロポロポロこぼれてくる。
「うそ!? これが三味線!?
こんな音色を出すものなの!?」
って仰天。



いつでもやめられるけど、
この音色はもうちょっと聴いていたいから通おう、と。
河野
河野
ヘぇ。
奈々福
奈々福
でも全然分からないんです、三味線。
何をやっているのか。
普通音楽聴いてると、
これは三拍子とか、これは四拍子とか、構造が分かるのに、
三味線は弾いているものが理解不能なんです。
テンポも割り切れないし、
音がドレミファソラシドで捉えられないし、
もうほんとうににわからない。



でもこの音に興味があるうちは通おうと思って、通い始めました。
河野
河野
うん。
奈々福
奈々福
それで、教室で三味線のお師匠さんが
弾いて聞かせてくれるんですが
何度聞いてもわからない。
「同じよ」って弾いてくれるフレーズが、
同じだったためしがない。
譜面がひとつもない、
弾いてたかと思うと面妖な掛け声を出す、
とりあえずワンフレーズ丸覚えでやってみるけど、
違うと言われる。



そうするうちに、周りの三味線経験のある人たちが
順にやめていったんです。
これまで習っていた三味線とまったく違うものだからって。



わたしみたいに何にも知らない者からしたら
わからなさすぎてそこまでいかない。
河野
河野
そうか。
奈々福
奈々福
それに‥‥なんと申しましょうか、
日本語が通じない(笑)。
お師匠さんの言ってる意味が、正確には把握できないんです。
それに対する質問をしても、
お師匠さん、きょとんとしてる。
なんだ、
このコミュニケーションの成り立たなさは!
と。



それがまた面白くて。
河野
河野
そこに興味を掻き立てられて深入りしてくっていう
奈々福さんがまた興味深いですね。

(つづく)

2018-06-25-MON

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ほぼ日の学校スペシャル
「ごくごくのむ古典」

・講演 「古典ひろいぐい」橋本治さん(作家)
・トークセッション

「シェイクスピアをベンチャーする」

村口和孝さん(ベンチャー・キャピタリスト)・

藤野英人さん(投資家)・糸井重里(ほぼ日)・

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シェイクスピア講座2018

・第1回 木村龍之介さん(演出家)

「シェイクスピア全作品と出会う」
・第2回 河合祥一郎さん(シェイクスピア研究者)

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・第3回 河合祥一郎さん(シェイクスピア研究者)

「シェイクスピアとその時代」
・第4回 橋本治さん(作家)

「シェイクスピアの本質を味わう」

シェイクスピア講座2018の第5回以降の講義

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歌舞伎講座、万葉集講座なども

続々登場予定です。どうぞおたのしみに!