シェイクスピア講座2018 
第11回 岡ノ谷一夫さん

動物の求愛とロミオとジュリエット

岡ノ谷一夫さんの

プロフィール

この講座について

文学好きな生物心理学者がシェイクスピアを読み込むとどうなるか? 英文学部の授業ではちょっと考えられないような読み解きに圧倒された授業となりました。しかも、岡ノ谷さんの淡々とした口調からにじむ何ともいえない「おかしみ」が笑いを誘います。楽しく為になる授業を味わってください。

講義ノート

(学校長)本日の講師である岡ノ谷さんはリュート弾きなので、授業のあと「放課後」というのを設けまして、演奏していただこうと思います。私が岡ノ谷さんを知ったのは、最初は『小鳥の歌からヒトの言葉へ』というジュウシマツの研究。その次が、『ハダカデバネズミ』という非常に面白い生き物の研究者としてです。そういう出会いでしたが、今日は『ロミオとジュリエット』を講義していただきます。どうなることやらというところもありますが、きっと面白い授業を聞かせていただけると思います。

『ロミオとジュリエット』

講義を始めます。当初の「動物の求愛とロミオとジュリエット」というのは露骨な題目なので、「ロミオとジュリエットを生物心理学から観る」というタイトルに変えました。生物心理学とは何でしょう。生物心理学とは、生物学的な方法により、心の仕組みと進化を知ろうとする学問だと思ってください。それが生物心理学。そして、ここに含まれる分野として、「どうして」という質問に答えるような研究として心理学と生理学。どういう仕組みでできているのか、「なぜ」という究極的な質問に答える学問として進化学と生態学、こういった分野にまたがるのが生物心理学です。

今日のテキスト『ロミオとジュリエット』ですが、みなさん勉強してきたかなぁ。はい、シェイクスピアの生涯、1564年から1616年。「ヒトゴロシにはイロイロある」って簡単に憶えられますね。イギリス、ルネッサンス期のテューダー朝最後のエリザベス朝で活躍した劇作家です。『ロミオとジュリエット』は、15世紀から伝わるイタリアの悲恋物語が原型とされます。思春期をはさんで、子どもが大人になる物語という読み方もできると思います。ここでは、「死」が成熟の代わりに扱われているのではないかという読み方もあります。今日の使用テキストは河合祥一郎さんの訳。映画のクリップも何箇所か使います。シェイクスピア原作、フランコ・ゼッフィレッリ脚色・監督で、レナード・ホワイティングとオリビア・ハッセーの主演の『ロミオとジュリエット』。1968年のイギリスとイタリアの合作映画です。イタリアが舞台なのに、みんなが英語をしゃべっているので、ちょっとヘンな感じはしますが、まぁ、いずれ慣れてくるでしょう。

まず相関図を頭に入れておくと、わかりやすい。モンタギュー家とキャピュレット家という2つの名家があって、これが敵対している。そこに、ロミオという息子と、ジュリエットという娘がおり、ロミオにはマキューシオという親友、ジュリエットにはティボルトといういとこがいます。ロミオとジュリエットは晩餐会で会って、即座に恋に落ちます。ところが家同士の確執がいろいろありまして‥‥マキューシオが決闘で殺されちゃうんですね。ロミオはその仇討ちをして、ティボルトを殺してしまいます。このことで、ロミオは街にいられなくなって、逃れます。そこで、ロレンス修道士という人が出てくるんですが、この人のはからいで、ジュリエットが仮死状態になって、結婚したくない人と結婚しなくて済むような状態にしておいて、改めて結ばれたらよかろうということだったんですが、ジュリエットが仮死状態になっているのを見て、ロミオは死んでしまう。ジュリエットが目覚めると、ロミオが死んでいるので、ジュリエットも死んじゃうという話ですね。ひどいですね、こうまとめてしまうと。まぁ、『スター・ウォーズ』なんかも相関図で描くと実は親子のケンカだというような話ですけども、『ロミオとジュリエット』も、こういう芯が頭に入っていれば、ここから先わかりやすいので頭に入れておきましょう。

お手元の資料にそって本日の目次です。「ロミオとジュリエット効果」って聞いたことある人、いますか? 心理学にある「ロミオとジュリエット効果」についてお話をします。それが主題1。そのあと、「家同士の争い」について。「思春期の脳と心」について。それから、「ハンディキャップ原理」について。こういったものをお話しします。それぞれ、心理学、進化論と心理学、脳科学、進化生物学、のようなものが、学べることになっています。休憩のあと、「近交弱勢とMHC」という話をします。なんだかわからないでしょうけど、そのうち説明します。それから、「若者はなぜ殺すか」というのを進化心理学的に考えます。そのあと、若干、ロマンティックな「夜鳴きうぐいすよ、ひばりじゃないわ」というセリフを生態学的に読み解いてみようと思います。最後に、「思春期の終わりと死」。ここまで「なんとか学」ってやってきたんですけど、ここまでくるとネタが切れたので、これは文学と言うしかない。最後は文学ということでまとめます。

「ロミオとジュリエット効果」

まず最初に「ロミオとジュリエット効果」ということで、有名なバルコニーシーンを観ていただきます。舞踏会で出会ったあと、ロミオとジュリエットがバルコニーの上と下で語り合う。「ロミオ、どうしてあなたはロミオなの」という有名なシーンです。

(映画鑑賞)

「ロミオとジュリエット効果」というのは簡単なものでして、「障害が大きいほど燃える」ということです。障害が大きいほど燃えるという経験をした方、いまもしている方がいらっしゃるかもしれませんが、これを「なぜ」と「どうして」の2つから見ます。「どうして」というところは、覚醒度が上がることを恋心と勘違いしたんじゃないか、これはある種の「吊り橋効果」ではないか。また、「なぜ」のほうから見ると、障害を超えて恋を維持しようとすることで、「ハンディキャップ原理」というものが生ずる。これはあとで、改めてお話しします。

「吊り橋効果」から。示しているのが、ほんとうに吊り橋効果の実験に使われた吊り橋の写真だそうです。下に小さい字で書いてあるのが、吊り橋効果の論文のタイトルです。いちおう学者としては、原典を引用しなければいけないので、引用しています。吊り橋効果というのは、吊り橋は固定橋に比べて、覚醒度を高めるであろうということです。高い覚醒度というのは、性的な興奮と区別されにくいであろうということで、実験が行われました。どういう実験かというと、実験者が異性の被験者を連れて吊り橋を渡って、アンケートを渡す。「このアンケートに答えてくれるかどうか、あとで電話してください」みたいなことを言って、電話番号を渡す。すると、吊り橋を渡った人のほうが、固定橋を渡った人よりも、たくさん電話してきた、ということなんです。これについては、ある程度、追試、つまり、同じような枠組みで、ちょっと異なる設定で実験してみて、こういうことはあるのがわかっています。

「ロミオとジュリエット効果」の方は、最初に報告されたのは1972年の論文です。恋愛中の140組を調査して、親の無理解、社会の妨害といったものを調べます。その結果、親の妨害は相手への思慕を強めることが、この研究ではわかりました。ところが、こういう人間を相手にした研究は難しいところがありまして、2014年に198組のカップルを調査した人たちがいます。Revisiting the Romeo and Juliet Effectということで、「ロミオとジュリエット効果」を検証してみた結果、親の妨害や無理解は相手への思慕をむしろ弱める、という結果が出てしまいました。こういうものは、面白くない結果が出てもあまり有名にならないんですね。「ロミオとジュリエット効果」みたいな面白い結果がでると浸透するんですけど、「それはございませんでした」という論文が出ると、あんまり知られない。でも、こういうところも大事にしなければいけない。まとめとしては、「ロミオとジュリエット効果」を部分的に生物心理学的に、吊り橋効果(覚醒度が高くなったこと)を恋心と勘違いしやすいと説明することは可能なんですけども、実際に「ロミオとジュリエット効果」が検出されるかどうかは、時代と文化によるでしょう、ということです。

だから、「こういう時代背景で、こういう文化においては、『ロミオとジュリエット効果』はある」という限定された言い方はできると思います。だいたい、私思うんですが、1972年には「親の無理解」ってあったでしょう、たぶん。2014年には、あんまりないんじゃないか。親としては、もう早く結婚してよという感じなんじゃないかと。そういう時代背景の差異があるのではないかと私は思います。

『ロミオとジュリエット』のような悲恋物語は、ナラティブ(物語)として伝承されやすいところがあり、我々の心に残りやすいお話だというのは、たしかだと思います。

家同士の争い

家同士の争いという主題に入ります。第1幕第1場、キュピレット家の2人が、歩いているところに、モンタギュー家の召使いが現れて、喧嘩になるシーンがあります。侮辱するわけですね。そして大乱闘が始まります。

そもそも、家同士どうして争うのかを進化から考えてみましょう。進化というのが、自然淘汰という話は、みなさん聞いたことがあると思います。が、自然淘汰という説には、いろいろな解釈がありまして、しばらく前までは、群選択説というのが強かった。これは、「動物は種のために行動する」という考えです。これは間違いです。みなさん、今日学ぶべき、1番‥‥じゃない、3番目ぐらいに大事なことは、「動物はその種のために行動するというのは間違い」ということです。では何かと言うと、次の血縁選択説ですね。「動物は、自分自身、及び、自分と血縁の近い他個体のために行動する」。こっちは正しい。リチャード・ドーキンスという動物行動学者が『利己的な遺伝子』という本を書きまして、利己的遺伝子説というものが流れましたが、これは実は血縁選択説の言い換えであって、血縁選択説と同じです。遺伝子は利己的でもなんでもないです。単なる遺伝子です。遺伝子に意志があるわけではありません。血縁選択説というのは、動物は、自分自身、及び、自分と血縁の近い他個体のために行動するということです。

動物が「種のために行動する」みたいな言い方は、レミングの話で流布されました、群選択説。レミングは食糧が減ると、種の維持のため、集団の一部が自殺すると言われていました。これは、ディズニー映画が広めた噓でして、種の維持のために自殺する遺伝子は、自己の維持のため行動する遺伝子に淘汰されます。どういうことかと言うと、ある動物に、種の維持のために行動する遺伝子があったとします。たとえば種の維持のために、自殺しちゃうとか、同種の他個体がお腹を空かせたときに食われてしまう。すると、その遺伝子はなくなっちゃいます。だから、そういう遺伝子は残るはずがない。結局、自己の維持のために行動する遺伝子が選択されます。この場合、自己とは何かというと、哲学的、人間科学的にいう自己と、生物学的な自己は、ちょっと違いまして、自分を構成している遺伝子の1セットが自己。だとすれば、その遺伝子が存続するような行動のほうが選択されるでしょう。これが血縁選択説。動物は種の保存のために行動する、という群選択説は間違いです。

血縁選択説で、こういう実験があります。ジリス(リスですね)という動物がいるんですが、このジリスは、鷹が来ると、ピッ!とか、プリッ!という警戒の声を出します。これ自体、かなり不思議なことです。警戒の声を出すと、鷹がジリスに気がついて食っちゃうだろうと。じゃあ、なんでそんな危ない行動が進化したかというと、たとえ、鷹に食べられても、自己の遺伝子の一部がよりよく継承されるなら警戒声を出すほうが良いという、そういうことなんですね。鷹に食べられてもいい、というのは、どういう場合かというと、まわりに自分の血縁者がいっぱいいる場合です。血縁者は自分の遺伝子を一部共有していますからね。ジリスのこの研究では、まわりにいるのが血縁関係にある個体で、自分が年老いたメスの場合は、鷹が来たときに、ウィッ!っという警戒の声を出すことが多い。どういうことかというと‥‥ジリスは母系社会です。お母さんと子どもが残って、子どもの中のオスは成長するとどこかに行ってしまいます。メスは残ります。年老いたメスは、自分の娘たちの繁殖の機会のために、こういうときにはあえて敵に食べられます。もちろん、食べられたくて食べられてるわけじゃない。嫌なんだけど、警戒声を出すとすれば、年老いたメスだ、ということです。

次に、進化の話です。みなさんいいですか、群選択説は間違いです。血縁選択説が正しい。利己的遺伝子説は、血縁選択説をわかりやすく言い換えただけです。以上、大事なところですね。

次に、主題2の続きですが、家同士の争いについて、心理学的に考えてみましょう。ここでは、内集団贔屓(びいき)について考えましょう。人間は恣意的なグループ分けをされるだけで、グループ間の敵対やグループ内の親和が起こるという話です。

私、晩婚なので息子が7歳、小学1年生です。この前はじめての運動会に行ってきました。運動会って、赤組と白組に分かれるじゃないですか。適当に分ける。それで、かけっこだとか、玉入れとかやる。私の息子は白組で、本人はリレーで1位になったのに、白組は負けました。泣くんですよ、これが。なんで泣くんだろう、って思いますよね。だって、適当に分けただけですよ。適当に分けただけで、綱引きとか半日やって、それで、負けたからってどうだっていいじゃないですか。まぁ、そこが僕が運動がダメなところですけど。僕がいかに運動がダメかということについては、ウェブマガジン『考える人』にエッセイを連載しており、「オリンピックが不快だ」というような話を書いますので、そちらを見ていただければ、いかに私が運動がダメかがわかります。ですが、なんと、繰り返しますが、私の息子はリレーで1位になりました(笑)。親馬鹿ですね。

この内集団贔屓という現象は、人間では非常に簡単に起きます。実験として、子どもたちのキャンプで、適当に2つの組に分けて、いろいろなゲームをさせて、で、自分の身内と、敵のチームの子どもの性格判定というのをさせる。すると、身内は大抵みんないいヤツで、身内じゃないのは悪いヤツになっちゃうんです。適当に分けただけでもそうなっちゃう。それが人間の特徴で、いいことでもあり、悪いことでもあります。さらに、オキシトシンという物質について最近注目されておりまして、これは仲良しホルモンとも呼ばれております。脳内で分泌されて、鼻孔注入されると内集団贔屓が強まるとされています。どういうことかというと、たとえばamazon.comを見ていただくと、オキシトシンという物質の鼻スプレーが売っています。買えます。オキシトシンを鼻孔に注入すると、そのとき、そばにいた人に対して親和的な感情が浮かぶとされています。

最後通牒ゲームと独裁者ゲーム

内集団贔屓を考えるために、最後通牒ゲームと独裁者ゲームというのを考えてもらいましょう。これらは、社会心理学の実験で使う方法です。

こう言われたとします。「1000円あげます。となりの人にいくらかあげてください。あなたの1000円をいくらぐらいあげますか? となりの人は、分け前の金額を聞いて、『はい』か『いいえ』を言えます。『はい』と言った場合は、2人にそのお金がちゃんと来るけれど、『いいえ』と言った場合は、両方の人のお金がなくなります」。これが最後通牒ゲームです。

(受講生に)となりの人に、いくらあげます?

受講生:500円。

いい人ですねぇ。

(別の受講生に)いくらあげます?

受講生:500円。

これはもう、内集団ができていますね。

河野さんはそんなにあげないでしょ、きっと。

河野:300円。

河野さんぐらいの人がふつうなんですよ。実験すると、だいたい300円とか言います。

こういう実験をしますと、河野さんのおっしゃる通り、知らない人に300円ぐらいあげる人が一番多いんですね。400円、500円と続きますけど、だいたい300円ぐらいです。300円ぐらいだと、嫌だという人と、嫌じゃないという人がだいたい五分五分なんです。400円だと、まぁ、もらいます。500円だと当然もらいます。おわかりですかね。これが最後通牒ゲームです。一方、独裁者ゲームというのは、あなたが分け前を決めて、相手は拒否権を持ちません。その場合は、いくらあげますか。あなたは1000円もらいます。隣の方に、いくらあげてもいいんです。隣の方は何も言いません。その場合いくらあげますか。今度は隣の人に拒否権ありませんので、0円と言う人もいますが、100円以下ならあげるという人が多い。こちらが独裁者ゲームです。

ここで、もう一回、内集団、外集団の話が来るんですけども、恣意的に分けられた2つのグループで、競技やゲームをします。その後、グループ間で敵対感情が起こり、グループ内で親和感情が生まれます。運動会と同じですね。人間においてはたしかにそうだ、という複数の研究がございます。その後、最後通牒ゲームをすると、グループ内での分配がより公平に、グループ間での分配がより不公平になる。つまり、一緒にゲームやった仲間にはだいたい500円ぐらいあげます。一緒にゲームやってない人には200円ぐらいしかあげないと、そういう傾向が出てきます。でも、社会心理学実験ではよくあることですが、これは、やっぱり、そうだという結果も出れば、そうじゃないという結果もぼちぼち出ています。ですが、どちらかと言うとそうだ、たしかにそうだ、という結果のほうがどうも多いようですね。

オキシトシンという物質は、アミノ酸が9個つながったペプチドホルモンです。脳の視床下部で作られて、脳の下垂体後葉(かすいたいこうよう)から分泌されます。性行動や分娩時、授乳時、社会的接触で分泌されると言われています。同じ物質が脳内で神経伝達物質としても用いられます。このオキシトシンというのは、血液に乗って体を回ったときは子宮収縮や乳汁分泌などの生殖行動に関わっており、脳内で、神経伝達物質として作用するときには、愛着形成を促すというふうにされている、そういう物質です。amazonで買えます。悪用しないように。

これが最近出た面白い研究です。(犬の写真を見ながら)どうですか、かわいいですね。私の知り合いがやった研究ですが、犬に見つめられると、あなたがたはオキシトシンが出ています。たぶん。調べてないけど。この実験は、実際に犬と見つめ合っている人のおしっこを取って、犬のおしっこも取って、その中にオキシトシンがどれくらいあるかを調べてみますと、目を合わせないときに比べて、見つめ合っているときのほうが量が増えるという研究で、この写真をしばらく見ていると、みなさんはオキシトシンが出ているかもしれませんね。

そして、このオキシトシンの鼻孔噴霧ですが、オキシトシンを鼻の中に入れると、最後通牒ゲームによって内集団に与える配分が増えます。オキシトシンをシュッシュやって、最後通牒ゲームやると、ふつう300円から400円隣の人にあげると言うところ、内集団には500円あげる。人によっては、相手に自分より多い600円をあげちゃう人も出てきます。逆に、外集団、私が白組なら、赤組の人には200円しかあげないとか、ぜんぜんあげないとか、そういう傾向が出てくるということで、オキシトシンが集団の結束を高めるのに作用してることはたしか、かもしれません。ですが、オキシトシンという物質の逆の面を言いますと、集団の結束を高めるだけに部外者への敵対感情も強くなるわけですね。伊藤計劃(いとうけいかく)という作家の『虐殺器官』を原作としたアニメ映画がありますが、『虐殺器官』読んだことある人いますか? いますね。このグループはちょっとおかしいですね(笑)。ふつうの人は読まないと思いますね。

『虐殺器官』は、ソーシャルメディアを操作して、地球のどこかで紛争を起こさせるという話。地球のどこかで紛争が起きている限り、アメリカは安泰だという考えのもと、そういうことをやっているんじゃないかというひどい話なんです。紛争処理の兵士たちがゲリラの少年兵たちを殺すときに、鼻に何かを噴射してから行く。つまり、この物質が一緒に戦う仲間との一体感をつくる。このことで、たとえゲリラの兵士が少年であろうと、ゲリラには敵対感情が出せるのではないかなと。私はあの小説を読んで、あのシーンを観て、たぶんあの物質はオキシトシンだろうな、伊藤計劃よくこんな昔にオキシトシンのこと知ってたなと思いました。というのは、『虐殺器官』の刊行は2006年ぐらい。オキシトシンの実験は、2002年ぐらいです。だから、実験結果が出てほどなく、彼はそれを知っていて、小説に書き込んでいます。

家同士の争いについて長々引っ張りましたが、自分の血縁により多くの収益をもたらす行動というのを、動物はやります。その結果、自分の内集団の利益を最大化するために、外集団の利益を減らそうという行動も起きてきます。

内集団の成員と共にいることでオキシトシンが分泌されているかどうか、これは測定しないとわかりません。なので、「あなたいまオキシトシン出てます」というのは科学的な態度ではありません。「検尿をします。結果は1週間後にお知らせします。(一週間後)あなたオキシトシン出てましたね」。それが正しい態度です。同様に、ドーパミンが出てるかどうかも調べるのは大変です。だから、「ドーパミン出てます」とか、軽い気持ちで言ってほしくないと思います。昔はこういうときはドーパミンじゃなくて、アドレナリンだった。「アドレナリン出てるね」とかいう話だった。でも、やはり出ているかどうかは測らないとわかんないですよ。「アドレナリン出てるー」と言うのはおかしいわけで、「元気だー」と言えばいい。同様に「ああ、犬かわいいー」って言えばいいのに、「あー、オキシトシン出てる」って‥‥言わないか。まぁ、言わないな。

というわけで、家の中での結束と、家対家の敵対というのは、進化生物学的に血縁淘汰説で説明できます。最近ではそれが、オキシトシンというホルモンによって、もしかしたら制御されているかもしれない、と言われているわけです。

思春期の脳と心

では、「思春期の脳と心」というお話をします。『ロミオとジュリエット』の元になった伝承物語では、ジュリエットは16歳です。それをシェイクスピアはあえて14歳にしている。これはなぜかというのを、いろんな方が議論しています。たぶん、14歳のほうが、面白いんだと思うんですね。一方、ロミオは16歳ぐらいだと設定されています。優雅なジュリエットに対して、映画では、ロミオとマキューシオは「おお、あんな(性的な)夢を見てしまった」とかいう感じで情けないです。なぜ14歳にしたのか? 14歳から16歳というのは思春期真っ只中で、このくらいの世代では女子の心身発達のほうが進んでおります。それがゆえに、男子には、いわゆる中2病という、背伸びしがちな言動がみられます。

脳の白質の成長は、20歳ぐらいでだいたい完成するんですが、そのあいだ、非常に中途半端な時期があります。白質というのは、神経情報を伝達するために、神経細胞のまわりにグリアというものが巻き付いて伝達速度を上げている。このグリアに油が多く含まれていて白く見えるので白質です。ですが、脳の前の方にある部分、前頭前野の発達はゆっくりとしています。一方、大脳辺縁系(limbic region=本能行動を司る部分)は14歳ぐらいから急激に発達するんですね。だから、ある時期、本能行動を司る領域がうんと発達して、それを抑制する前頭前野が発達していない時期というのがあります。これが思春期です。思春期は人間にしかないかというと、そんなことはなくて、鳥でも前頭前野と本能行動を司る部分の発達を比べたら、人間と同じようなグラフが描けます。鳥でも、さえずりを学んでるころが思春期、ということが言えます。

というわけで、それでジュリエットを14歳にしたんじゃないか。つまり、思春期真っ只中で話を始めて、死をもって成熟を迎えるという、そういう枠組みがあったんじゃないかな。さらに言えることは、15世紀においても男は中2病だった、ということですね。やれやれ。

ハンディキャップ原理

次に、「ハンディキャップ原理」というお話をします。ハンディキャップ原理は、「ロミオとジュリエット効果」のところで、ちょっと説明しました。障害が大きいほど燃える。これは、どういうことかを考えます。

まず、ハンディキャップ原理というのは、イスラエルの生物学者アモツ・ザハヴィが1975年に提案した、装飾の進化に関する理論です。羽がボヤボヤの孔雀と、羽が立派な孔雀と、どっちがモテるかというと、羽が立派なほうがメスにモテるわけです。余計な装飾をつける。日本語のハンディキャップって「障害」という意味に限定されがちですが、英語のハンディキャップは「余計なものがある」という意味になります。余計なものを保持する余裕があることによって、その個体がむしろ適応度が高い、つまり、生き残りやすい個体であることを一目で異性にアピールできる、ということです。

いろんな動物がこのような、性的二型(オスとメスが違う)というものを持っています。カブトムシの角はケンカをするためだけではありません。ケンカもしますが、角があるほうがメスにモテる。シカも、キジもそうだ、ということで、いろんな動物で、オスのほうが派手な装飾が進化しています。それは、メスに対して、自分の資質、適応度、生存力をアピールする、そういう機能があるからです。では、なぜオスに性的な装飾が進化するのか? オスとメスの比率は生物学的には1対1になります。なぜかと言うと、ある世代でオスが多ければ、その世代でメスを生みやすい形質のほうが次の世代が得になりますね。オスが多いんだから。次の世代でメスが多くなれば、オスを生みやすい形質が、適応的になります。だから、1対1のまわりを振れますが、だいたい、オスとメスの比率は1対1で落ち着きます。

ですが、実際に機能する性比は1対1ではない。オスとメスってそもそも何かというと、生物学的には、配偶子が大きいものをメス、要するに、卵を持つものがメスです。配偶子が小さい=精子を持つものをオスと言います。メスは配偶子が大きいですから、それだけ、生殖にコストがかかります。従って、生殖の機会はオスのほうが大きくなります。なぜならば、メスは抱卵や妊娠をするあいだ、ほかのオスと生殖することはできません。一方オスは、相手のメスが抱卵や妊娠中でも、ほかのメスと生殖することが可能です。だから、機能的な性比を見ると、1対1ではない、というわけです。オスの機会のほうが多いですから、メスから見れば、オスはたくさんおり、オスから見れば、メスは少ないということになります。ですから、オスはより多くのメスと生殖しようとし、メスはオスを厳選しようとする。だから、争うのはオスどうしで、選ぶのはメスである、ということです。

まとめますと、ロミオとジュリエットのあいだにあるのは社会的な障壁であって、生物学的に、孔雀の羽根や角みたいなじゃまなものがロミオに実際に生えてるというわけではない。でも、その障壁を超える行動を示すことは、本気度の指標になるでしょう。ということで、ロミオとジュリエットの恋は、ハンディキャップ原理によって保証されていると言ってもいい。つまり、障害を乗り越える本気度があることをお互いに見せている、ということではないかと思います。

この物語は、男女共にリスクを冒している、オス=ロミオだけではないですね。ジュリエットも同様にリスクを冒しています。人間は、メスがオスを選ぶという点では動物と一緒ですが、オスがメスを選ぶという面もあります。より資質の強い(お金があったり、戦いに強かったり、子育てをちゃんと手伝いそうな)そういうオスのほうをメスは選びたいわけです。オスもできれば子どもを産みやすいメス、若くてお尻と胸が大きいメスを選びたい。オスとメスがお互いに資質が高いものを選んでいこうというときに、そのハンディキャップ=障壁を乗り越えようとする気持ちがあるかどうか、ということがテストされる。それが悲恋物語になるのではないかと思います。これが行き過ぎると、死ぬということになる。死ぬことが、究極のハンディキャップとして機能しているといえるんじゃないかと。ここまで来ると、もう科学ではなくて、解釈ですね。

(休憩)

休憩時間中に調弦をしました。これがルネッサンスリュートです。私、素人ですので、素人のほうが金をかけるらしいです。素人はこういう高いものを買うんです。しかも、プロだとだいたい(長持ちする)ナイロン弦を張るんですけども、私はちゃんと羊の腸の弦。肉屋さんから羊の腸を買ってきて、それをこうやってこうやって‥‥僕はやってませんよ。そういう会社がイタリアにあるんです‥‥作る。羊腸は動物ですから温度変化ですごく変わるんですよ。冷房が効きすぎていて、弦が引っ張られて高くなってました。ちょっといま緩めました。また暑くなると緩んじゃうかもしれませんが、そういう楽器なんです。今日は、放課後、こういう楽器を紹介いたします。

近交弱勢とMHC

後半です。「近交弱勢とMHC」。難しそうですが、そんなに難しくないです。舞踏会のシーンです。舞踏会に忍び込んだロミオとジュリエット。ふたりの目が合います。角川文庫の河合先生の翻訳だと、42ページから43ページあたり。ダンスの場面は39ページぐらいからはじまります。

ロミオ

[ジュリエットの手を取って]卑しいわが手が、もしもこの聖なる御堂を汚すなら、どうかやさしいおとがめを。(後略)

ジュリエット

巡礼さん、それではお手がかわいそう。

こうしてきちんと信心深さを示しているのに。

聖者にも手があって、巡礼の手と触れ合います。

こうして掌を合わせ、心を合わせるのが聖なる巡礼の口づけです。

ロミオ

聖者には唇がないのですか、そして、巡礼には?

ジュリエット

あるわ、巡礼さん、でもお祈りに使う唇よ。

ロミオ

では、聖者よ、手がすることを唇にも。

2つの家がいがみ合っていました。家同士ですから、血縁選択が働いている。つまり、血縁が強い者同士で仲良くしています。ですが、有性生殖、結婚するということは、これとは違います。そもそも有性生殖が進化した理由は、異なる血縁の者、配偶子を合わせて多様性を生み出し、その多様性が環境の多様性に適応するからなわけですね。それで、昔から近親姦のタブーというのがある。近親姦のタブーがある理由は、多くの場合、社会的理由です。つまり、性的関係のような社会的関係と、親子兄弟関係といった生物学的関係は両立させるのが難しい。そこで、禁止するということが多くの文化でありますが、現実に、血縁の高い者同士で生殖をしてしまうと、近交弱勢ということが起きます。これは、近い者どうしで交わると勢いが弱くなる、ということで、家畜学とか、繁殖学の言葉ですが、遺伝子が近い者同士が交配すると、隠蔽されていた有害遺伝子がホモ結合して発現します。このことで、弱い子孫が生まれる危険があります。そういう理由もあって、近親婚はタブーであったと考えられます。

では我々は、自分と血縁が近いのか遠いのかどうかが、どうしたらわかるかというと、わからないんですね。イスラエルにキブツという共同体がありまして、血縁がない同士を小さいときから男の子も女の子も一緒に育てる。キブツで一緒に育った男女は、まず結婚しないと言われています。それは、一緒に育ったことによって、無意識に血縁者であると勘違いする。“血縁者”なので結婚しなくなる、ということではないかというのが一つの説明です。でも、多くの動物、特に哺乳類は、このMHCmajor histocompatibility complex=主要組織適合遺伝子複合体)分子をフェロモンで検出することができます。だから、血縁が近いかどうかは、人以外の多くの哺乳類の場合はわかりまして、血縁があまり近くない者と交尾するようになっています。

人間以外の多くの哺乳類は、実際にフェロモンを感じます。フェロモンという空中に漂う信号分子を嗅ぐことによって、自分と相手との遺伝的な近さがわかります。で、近くない、遠いヤツと交配したいということになります。人間でも結婚している男女を調べてみると、MHC分子が離れている、あまり似ていない人と結婚するということが実際には多いようです。だから、我々は無意識にもしかしたら、そういうのを感じているのかもしれません。

哺乳類ではMHC分子をフェロモンとして感知するのが、鋤鼻器(じょびき;vomeronasal organ)です。あまり聞いたことないと思いますが、鼻の奥のほうにある鋤(すき)みたいな形をした器官で、みなさんのうち27%の人は持っています。ブルガリア人の996人の鼻を調べた結果、27%に鋤鼻器があったという調査があります。日本人はわかりませんが、人種差は少ないと思われます。いろんな国で研究がなされて、だいたい2割から3割といわれます。鋤鼻器を持っている人は性的活動が活発だとされています。心当たりがある人は、耳鼻科に行って鼻の中を見てもらって「鋤鼻器ありますか」と聞いてください。ただし、保険外診療ですからね。鋤鼻器が進化したのは、近交弱勢を避けるためと考えるのが妥当だと思われます。哺乳類の多くがフレーメンというのをやります。鼻を動かす。馬がよくフレーメンをやる。犬が笑ってるというのは、だいたい実はフレーメンです。フレーメンというのは、オスがメスのホルモンを積極的に自分の鋤鼻器に被せて、交尾する相手かどうかを調べようとする行動だとされています。

ロミオとジュリエットの熱に浮かされたような行動は、近交弱勢を避け、遺伝的多様性を生み出す効果が結果的にはあるでしょう。二人とも鋤鼻器があったんじゃないか、と言うと、科学者としてはまずいので、これは検証不能です。けれども、あれはちょっと、急激な恋の落ち方だなぁと思いますね。

最近の研究では、人間に残っている鋤鼻器は成人では痕跡的であって、実際には鋤鼻器が検出した信号は脳に入っていないのではないかという説もあります。しかし思春期にどうかというと、これはまだわかっていません。

若者はなぜ殺すか

恋の次は、殺人です。第3幕第1場。ふたたび両家のケンカが起きて、ロミオが仲裁しようとしたばかりに、親友マキューシオが刺し殺されてしまいます。そして、マキューシオが刺されたので、ロミオが仇討ちのため、ティボルトを殺します。ジュリエットのいとこです。これで、ロミオは町から逃亡することになります。

「若者はなぜ殺すか」という主題でお話をしますね。「殺人の進化心理学」という研究があります。何歳ぐらいの人がいちばんよく殺すかという研究の結果、15歳から25歳の男性が最も他人を殺します。一方、日本では、高度経済成長期以降、若者による殺人件数が激減しています。しかも、いまや思春期より中年が殺すほうが多い。

米英での殺人のデータをみると、イングランド、ウェールズ、シカゴの男性では、100万人あたり30人近く殺しています。殺している人たちは、15歳から19歳にピークがきています。理由を見ると、ガンつけられたり、侮辱されたり、バカバカしい争いです。アメリカやイギリスでは、若い男が人を殺していることがわかります。一方、日本のグラフは、1955年は、イングランド、ウェールズ、シカゴと同じです。60年ぐらいまで、だいたい同じ。でも、そのあと、だんだん減ってきて、80年以降、若者は人をあまり殺していません。中年が殺しています。そういうふうに変わりました。全体の殺人数ですけども、1880年から1960年まで見てみると、戦争しているあいだは、人を殺してる場合じゃないので殺人率が落ちますが、戦中を除いて、殺人件数はほぼ一定で、100万人あたり30人から40人。しかし、1960年以降はずっと減少していますね。テレビではいろんな事件が報道されますが、殺人件数は減っています。そして、青年が人を殺す傾向は、いまの日本では消えています。

イギリス、アメリカ、日本と比べてわかることは、日本の1980年以降については、人類史上はじめてと言っていいくらい、若者が人を殺さなくなってきていることです。これがいわゆる草食系というものと連動しているのであれば興味深いことなんですが、性的欲求の低下も伴っている可能性があり、そのへんは、データを取らないとなんとも言えませんが、事実として、米英の若者は依然として人を殺していますが、日本の若者はほとんど人を殺していないということです。こういう分野の研究は進化心理学と言うんですが、進化の過程で、どういう条件において、どういう心性が芽生えてくるのか、ということです。若者が人を殺すということが500年ぐらい続いてきていたわけですよ、少なくとも。たぶんもっと続いてきた。ところが、1980年以降の日本では若者は人を殺さなくなってる。もちろん、殺さないほうがいいですよね、人を。けれども、それに随伴した何らかの変化が起きているに違いない、ということです。

「夜鳴きうぐいすよ、ひばりじゃないわ」

次の主題は、「夜鳴きうぐいすよ、ひばりじゃないわ」という話です。ティボルトを殺したロミオは町から逃げます。そこでロレンス修道士も関わって、うまいことなんとかロミオとジュリエットを一緒にさせてやれないかというようなことを考えて、二人は初夜を迎えます。

河合さんの翻訳の113ページあたりからですが、ジュリエットが、「もう行ってしまうの? まだ夜は明けていないわ。あなたのおびえた耳に響いたのは、あれはナイチンゲール。ひばりじゃない」と言う。河合先生の訳ではナイチンゲール、そのまま訳されておりますが、ナイチンゲール、ナイトゥンガール(Nightingale)という鳥は、夜鳴きうぐいすというふうに言われています。映画の字幕では夜鳴き鳥と出ていましたが、夜鳴きうぐいすといわれる鳥です。

ここで、鳥の歌が2つの機能を持つということを覚えてください。鳥のさえずりは、縄張りを防衛する機能と、求愛する機能があります。だいたいの鳥で、さえずることによって、縄張りを防衛し、かつ、求愛する。同じオスのさえずりでも、他のオスには「出てけコノヤロー」と聞こえるし、メスには「アイラブユー」と聞こえるわけです。ですが、夜鳴きうぐいすの歌は、どちらかというと、求愛の機能のほうが強くて、とても複雑な歌を歌います。ひばりの歌は、どちらかというと縄張り防衛の機能が強くて、たくさんのレパートリーで縄張りを守るということをしています。なので、シェイクスピアが夜鳴きうぐいすとひばりを対比させたのは、生物学的にも見事だと思うのですね。実際には朝が来ているわけだけど、ジュリエットは夜鳴きうぐいすよと言って、まだ別れたくないことを伝えています。同時に、夜鳴きうぐいすであることで、求愛の意を伝えている。ひばりの歌は、縄張り防衛の機能が強いので、愛の場面にはそぐわない。「ひばりじゃないわ」というジュリエットの言葉は、それを示しています。ですが、ロミオは自分が人を殺してしまったことがわかっていますから、ひばりだよと言う。現実を見つめているのはロミオのほうですね。鳥の歌に関するちょっとした科学的な知識が読みを深くしてくれることもあるなぁと、ここの場面で強く思いました。

ジュリエットはそこから先、115ページになりますが、ひばりのことをディスっています。

朝よ、朝。行って、さあ、行って。

あんなに調子がはずれた声で歌うのはひばり。

耳障りな音を出し、いやな金切り声を出したりして。

ひばりはすてきな歌を歌うというけれど、

あれは違う。私たちを引き裂くのだもの。

ひばりはいやらしい蟇蛙(ひきがえる)と目を交換したともいうけれど、

声も変えてくれればよかった。

ひばり、ディスりすぎと思いますが‥‥。というわけで、せっかく初夜を迎えたわけですが、次に思春期の終わりと死がやってまいります。

思春期の終わりと死

ジュリエットは、いろいろあってパリスと結婚しなければならない状況に追い詰められます。そこでロレンス修道士と相談して、薬で仮死状態になって、パリスと結婚しなければならない状態を避けて、ロミオと一緒になりたいと願います。薬を飲んだジュリエットは仮死状態ですが、ロミオは死んでいると思ってほんとの毒薬を飲んでしまいます。そのあとでジュリエットが覚醒するわけです。テキストでは、168ページあたりですね。

ジュリエット

物音が。急がないと。ああ、うれしい短剣。

この体をおまえの鞘にして。ここで錆びて、私を死なせて。

ということで、自分で死んでしまいます。これはもうまとめようがないですが、まとめますと、たった5日間の思春期と、その終わりの旅立ちです。この物語は悲恋であるがゆえに語り継がれてきた、それは事実だと思います。しかし、それだけではなく、この物語は人間性の本質をいくつも含んでおりました。それがゆえ、生物心理学的な意味付けが可能でした。そのような読み方も可能だったということです。私が生物心理学的な研究をしていることをご存じの河野さんから、このお話をいただくまで、私はシェイクスピアを読んだことがありませんでした。映画も観たことありませんでした。これを機会にして、映画を観、本を読み、映画を観、本を読み、ということをしているうちに、『ロミオとジュリエット』が人々に400年ぐらい愛され続けているというのは、やはり、人間性の本質を語っているからであり、それは進化生物学的にも生物心理学的にも読み取ることができるのだと思います。

もうひとつ、実は、語りたかったことがありまして、それは、「ロミオ、あなたはなぜロミオなの?」という窓辺のシーンですね。私、言葉の起源と進化を研究しているものですから、ロミオという名前に過ぎないものに、なぜ私たちはこんなに引きずられるのか、ラベルをつけてしまうと、どのように私たちの見方が変わるのかといったところもお話ししたかった。そこでは、たとえば、ヘレン・ケラーが水を触ったときの最初のリアクション、「ウォーター」って一所懸命言う、あのときヘレン・ケラーの心の中で何が起きていたのか、といったところも含めて、語りたかったのですが、それはまた、河野学校長が企画してくれればと思います。講義はここまでで、質問を受けます。

質疑応答

向井万起男:

若者が殺しているというところで、被害者側は同じ世代なんですか?

岡ノ谷:

被害者は、同じ世代であることが多いですが、被害者の分布を見ますと、若者ばかりではありません。若者同士のケンカで死ぬことは、たしかに多いですが、被害者の統計を見ますとかたまってはいません。

受講生:

ナイティンゲールとひばりの話ですけど、ナイティンゲールは求愛行動が強くて、ひばりが朝とか昼ということですけど、夜に求愛が多くて、昼に防衛が多いということはあるんでしょうか。

岡ノ谷:

そうでもないです。ナイティンゲールは、どういう理由か知りませんが、夜鳴くようになっています。そして、ナイティンゲールも歌で縄張りを防衛するところもありますが、それよりも、歌の複雑なオスをメスが選ぶということをやっています。なので、ナイティンゲールの歌はほんとうに複雑で何千種類かあります。数えるのは難しいです。組み合わせがいろいろ変わりますから。

同じ鳥でも、たとえば、島にいるうぐいすは歌が複雑になります。それは、メスへの求愛のほうが機能としては必要だから。町の公園にいるうぐいすの歌は単純になります。これは、オス同士の争い、縄張り防衛の機能の方が必要になってくるから。これは、縄張りの大きさと、餌の質などによって、変わってきます。ヨーロッパでは、夜鳴きうぐいすといえば、求愛の歌を複雑に歌う鳥だということはよく知られています。

向井:

河野校長から「向井さん言わないの」というサインがあったので言います。ヘレン・ケラーの話が出てきちゃったので。日本人で、ヘレン・ケラーの生まれ育ったアラバマ州タスカンビアに私ほど行った人間はまずいないと思うんです。

岡ノ谷:

行ったんですか?

向井:

6回も行ってます。

岡ノ谷:

ぼくは0回ですから、負けてます。

向井:

ヘレン・ケラーの家の井戸のミニチュアもたくさんうちに揃えてます。映画が大好きだもんで。私は、ちょっと生意気ですけど、パティ・デュークがヘレン・ケラー、アン・バンクロフトがアン・サリヴァンを演じた映画、実物も見た私から解釈、生理学的な解釈じゃなくて、私の勝手な文学的解釈を言わせていただければ‥‥ヘレン・ケラーは先天的じゃないんですよ。

岡ノ谷:

そうですね。

向井:

もともと先天的じゃなくて、親がウォーターと言ったのを憶えていたので、ついに、アン・サリヴァンの教えで、waterという言葉があることをはじめて知るわけですよね。私は、勝手な解釈で偉そうなことを言いますけど、これは人間の本能というか、生物学的な本能に近いと思うんですけど、自分の周囲に常にあるのに、ぜんぜん気づかなかった状態から、はじめて気づいたときの驚喜だと思うんですよね、それは、ロミオがジュリエットを見て一気に燃え上がるのとはまったく別ですけど。簡単に言っちゃうと、いつもあったのに、失ってわかる、なくしてわかるありがたみというやつですよね。映画のラスト10分、あの演出は、アメリカ映画史上最高だと思うんです。

岡ノ谷:

私のパソコンの中に、そのラスト10分はちゃんと入っております。世界の事物には名前がついてるんだ、って気づいた瞬間、その喜びですね。事物の手触り感と、名前という抽象的なものが結びついた瞬間があそこであると考えております。

受講生:

鋤鼻器の話、すごく面白かったんですけど。

岡ノ谷:

ああ、そうですね。ありますか?

受講生:

あるかどうかはわからないんですけど、よく女の子が年頃になると、「お父さんが臭い」とか言う。あれは、鋤鼻器は関係あるんですか? 聞いてると、そのリアクションは2、3割を超えてると思うんですけど。

岡ノ谷:

そうですよね。2、3割超えてますよね。だから、鋤鼻器、たしかに、MHC抗体というものがあって、それが自分と同じだと嫌だという反応を動物はします。で、お父さんが臭いというのも、近親婚を避ける大事なメカニズムで、お父さんは臭いんですよ。「お父さん、すてき」とかいうのはヤバイですね。お父さんは、もう臭いものだと諦めるしかない。しかし、おっしゃるとおり、お父さんが臭いという子どもは、たぶん3割以上いる。だから、ひとつあるのは、鋤鼻器は思春期まではあるのかもしれない。

一同:ああー!

岡ノ谷:

ブルガリア人の996人のデータというのは、副鼻腔炎の手術のため内視鏡を鼻の中に突っ込まれて、そのとき、ついでに鋤鼻器があるかどうかを観察した結果です。副鼻腔炎の手術は、私もしたので、そのとき鋤鼻器がなくなっちゃったのかもしれないんですが、副鼻腔炎の手術は骨格が固まってからじゃないとできません。だから、思春期以降の大人で、たぶん、25歳、30歳よりは上の大人のデータだと思います。思春期の方たちにとって交配することは大変重要ですから、鋤鼻器を手がかりにする必要があり、それが退化せずに思春期に残っているというのは、よい仮説です。研究してください。

受講生:

フェロモンがらみで質問です。同性から見たら「ちょっと」という女性が意外と男性からモテたり、逆のパターンで、「なんであんな男がモテるんだ」というのが女性からモテたりすることがあると思うんですけれども、そういうのは生物学的に意味があるんでしょうか。

岡ノ谷:

同性から見た評価基準と、異性から見た評価基準は、まぁ違いますね。それは違って当然だと思うんです。同性から見た評価基準は、自分と資源の奪い合いをするかどうかが大事なところで、資源を奪いそうな女優さんがバッシングを受けたりする。異性から見た評価基準は明らかに違い、それは生物学的にも説明がつくところは多いと思います。

受講生:

最後通牒ゲームで、1000円渡すというところで、私はもらったときに、いろいろ考えて、ぜんぶほかの人にあげようと思ったんですね。それは、オキシトシンの量が振り切れちゃってるんでしょうか?

岡ノ谷:

私は最後通牒ゲームの結果は、わかるんです。300円とかだと拒否するけど、400円だとだいたい受けとる。だいたいそういう結果なんですけど、自分が最後通牒ゲームの実験参加者だとすれば、100円でも20円でも、私はもらいます。どうしてみんな300円じゃヤダとか言うのかが、不思議なんですね、逆に。だから、ああいう社会心理学実験はぶれ幅がすごく大きいです。でも、500人ぐらいテストすると一定の傾向は見えてきます。質問してくださったかたは、分布の端っこのほうにいる貴重なかたで、ぼくに1000円ください(笑)。付け加えますと、1000円のうち10円あげるといわれてもらっちゃう人は、まあ軽くみられるのでしょうね。だから普通の人は少なくとも300円くらいはもらえないと断るということでしょう。

受講生:

群選択説と血縁選択説というのがあって、群選択説は間違いだと、わりと最初のほうにおっしゃったと思うんですけど、血縁選択説と両立してもよさそうな気がするんですけど、どういう形で否定されたのでしょうか。

岡ノ谷:

群選択説が否定された理由は、まずは、同じ種の中で、子殺しが行われているという発見があります。最初に子殺しが報告されたのは、インドのハヌマンラングールというサルがおりまして、これを日本の杉山幸丸(すぎやま ゆきまる)という先生が観察したところ、1匹のオスがハーレムをつくります。メスをたくさん妊娠させて、子どもがたくさん生まれます。ところが、そのオスが戦いに敗れてハーレム乗っ取られてしまうと、新しくハーレムの親分になったオスは、子どもをぜんぶ殺します。動物が種のために行動しているとすれば、非常に無駄なことですよね。でも殺す。殺さないと、メスが発情しないから。つまり、ハーレムを乗っ取ったオスは、種のためではなく自分と自分の遺伝子のために行動しているのです。メスが発情しないと交尾できません。というわけで、子殺しという現象がいろんな動物でかなり普遍的に見られることがわかりまして、群選択説で説明するのは無理があるということから、血縁選択説が出てきました。

ただ、「群選択説はいまは否定されています」と強く言いましたが、強く言わないと、みなさん、いつまでたっても「動物は種の保存のために行動する」と言うので、あえて、強く言いました。ですが、いまは、マルチレベル選択説というのが出てきて、群選択説の考えも一部入れています。それはたとえば、人間なんかの場合は、同じ文化を共有するものは、血縁を共有していなくても同じように守り合う傾向は出てくるということです。たいへん良いところを質問していただき、ありがとうございました。

受講生:

私も群選択説のところで、マントヒヒでしたっけ‥‥?

岡ノ谷:

ハヌマンラングール。

受講生:

それが子殺しするというのを読んだことがあるんですけど、そのときの解釈として、自分の遺伝子じゃない子どもを殺すというような印象を受けていて、まさしく、シェイクスピア的に、復讐を恐れているのかなというふうに思っていたんですが。

岡ノ谷:

『タイタス・アンドロニカス』。いや、復讐を恐れるというのは、未来を予見することですよね。未来を予見することは、まず動物はしません。なので、未来を予見しないでも、自分が乗っ取ったハーレムのメスが発情しないと交尾はできないのだから、差し当たり殺すということでしょうね。その行動は、結果的に、そのオスの遺伝子を広めるのに役立ちますから、長期的には、「差し当たり殺す」という行動が定着するでしょう。こういうのを節約性と言いますが、科学的な理論は必要がない説明はしないということになっております。「復讐を恐れて」というのは、恐れてるかもしれないけど、そうではなくて、そのような行動傾向が、結果的に自分の遺伝子を広げるのに役立っているからという説明のほうが、節約的とされています。

受講生:

ロミオは人を殺してしまったし、もともとロマンティストで、ちょっと「君のためなら死ねる」というところがあった人だと思うんですけど。

岡ノ谷:

『愛と誠』(梶原一騎原作、ながやす巧作画、1973-1976年 「週刊少年マガジン」)ですね。岩清水君でしょ。知らない? あ、知らないのか。まあ、いい。

受講生:

ジュリエットの動機を知りたいです。要は、遺伝子として、種を残したいとか‥‥?

岡ノ谷:

それはね、ダメなの。群選択説なの。

一同:(笑)

受講生:

自分の遺伝子を残したいと思うよりも、本能に突き動かされたんだとすると、もともとリスクが好きだったとか、滅びたいと思っていたというのが本能にあるのか、というのを知りたくて。どう考えても、リスクを取る方向ばっかり選択するので。

岡ノ谷:

思春期は男に限らず、女性もリスクテイカー(あえて危険な行動をする人)になります。ただ、殺人のデータからも明らかなように、人を殺すほどではないです。だから、シェイクスピアはジュリエットを14歳に設定したのかもしれない。16歳よりも、よりいっそうリスクテイカーであるということは言えると思います。「本能に突き動かされて」というのは、動物行動学の世界では、いまそういう言い方をできるだけしないようにしています。本能といったら、その本能が何なのかブラックボックスになって、説明しないで過ぎ去ってしまうから。ジュリエットがリスクテイカーなのは、脳を見ると、前頭前野の発達が本能行動を司る辺縁系よりも遅れているからということに男女差はあまりありませんが、全般的な発達は女性のほうが早いということです。それで、たしかにジュリエットも危険な行動をしがちではあります。でも、映画では最初ジュリエットが死んだふりすることに同意しちゃうから、ジュリエットのほうがリスクテイカーかもしれないですね。ですが、殺すのはロミオで、ジュリエットは人殺しはしませんね、さすがに。そのへんは、文学的な強さ、文化的な遺伝子、つまり、文学として伝承力を持つストーリーが、必ずしも生物学的に完全に妥当というわけではないとは思います。思春期の若者は向こう見ずだという全般的な考えはあり、それを反映させたもの、という程度の説明しか、私には、いまのところできないかなと思います。

受講生:

それは、親への反発心とは関係ない?

岡ノ谷:

殺人が減っているのと同様に、親への反抗は減っています。親への反抗が減っているというのは、なんなんでしょうね。親へ反抗して家を出て、つまり、遺伝子多様性を担保するというのが、長期的に見れば、親に反抗することの生物学的な利益です。だから、親への反抗心が常に思春期にはある。逆に、ないのは、なぜなのか、というのをいまの日本では説明しなきゃいけないと思います。すいません。あやふやな答えで。

受講生:

オキシトシンは、なんで売ってるんでしょう?

岡ノ谷:

仲良しホルモンだという話が広まってしまったんですね。それで、仲良くしたい人と一緒にシュッシュッやるというバカな考えが広がってしまった。でも、実はこの研究全体に若干、私は疑惑がございまして、オキシトシンは鼻から入れたところで脳には入らないんです。脳というのは、血管から不純物を入れないような仕組みがあります。これを脳血管関門と言います。そこをペプチドホルモンは通過しないことがわかっています。にもかかわらず、そういう研究は出てきますね。何らかの仕組みがあるんじゃないかと。末梢には効きますから、それが脳にフィードバックされて、脳のオキシトシンが増えるということはあり得ます。

放課後

というわけで、放課後です。放課後なので、もうあまり責任は取りません。放課後でなくても、あまり責任は取ってなかったんですが。

15年前に、MXテレビで特集番組をつくってもらいまして、そのときの映像から。15年前に弾いたのは、「花咲く命ある限り」という曲で、ほとんどシェイクスピアの時代の曲です。このころの撥弦楽器(はつげんがっき=指で弾く楽器)には、ギター属とリュート属がありまして、これがシェイクスピアの時代に民衆が弾いていたであろうとされるルネッサンスギターです。もちろん、当時はルネッサンスギターとは言っていません。ルネッサンスギターはいまのギターと違って、4コース=4つの弦のグループがあります。いまのギターは6コースあって、それぞれ1本ずつです。バロック時代になると、バロックギターというのがありまして、これは5コースで、低音側にもう1コース付け加わります。ロマン派の時代、ロマンティックギターになりますと、6コースなのですが、だんだんと単弦になってきて、弦は1本ずつになります。

リュートとギターぜんぜん違うんです、発展の歴史が。調弦も違います。同じような感じするけど、違うんですね。ルネッサンスリュートのすごいところは、軽い。軽いんですよね。超軽い。なぜそんなに軽いかというと、表面の板の厚みが1.5ミリしかないんですね。ルネッサンス時代、特にイギリスの宮廷で、ジョン・ダウランドという人が宮廷のリュート弾きになりたくて、エリザベス女王に手紙を書いて、でも断られて、流浪の人生を歩むのですが、その人たちが弾いていたのがリュートです。イギリスの宮廷では、この楽器が弾かれていましたが、庶民が弾いてたのはルネッサンスギターのほうです。それは、圧倒的にこっちのほうが簡単なので。リュートはプロじゃないとなかなか弾けない。

ひとつおもしろいのは、ルネッサンス時代、スペインとイタリアだけではリュートは使われていませんでした。フランスやドイツではみんな弾いていたんですが、スペインとイタリアでは、ビウエラという楽器が弾かれていました。なぜかと言うと、スペインには、イスラムの人がいたんですよ。1492年まで、イスラムに占領されていたから。グラナダが陥落するのは、1492年ですね。この楽器はアラビア由来で、ウードという楽器がもとになっているとされています。だから、これはイスラムの楽器だということで、スペインとイタリアではこれを使うことを国王が禁止しました。困った音楽家たちは、まったく同じ調弦なんだが、形が違う楽器を発案しました。これをビウエラと言います。それが流行ったということですね。前回がプロの演奏会だったので、私は量で勝負ということで、4種類持ってきました。4つの楽器と譜面台と、いろいろ持って、タクシーに乗って来るのはすごい大変でした。それはハンディキャップ原理というものです。

一同:(笑)(拍手)

では、どうなるかわかりませんが、何曲か弾いてみます。まず、ルネッサンスギターで、パヴァーヌとガリアルド。

(演奏)

次に、ビウエラという楽器を弾きます。これも、能書きがいろいろあるんですが、弾けないのに、能書きを言うのはヤバイので、まず弾いてから能書きを言う、ということで。これから弾くのは、『千々の悲しみ』という曲で、ジョスカン・デ・プレがつくったシャンソンをナルバエスという人がビウエラの曲にしています。

(演奏)

このビウエラという楽器は、天正の遣欧使節の少年たちがスペインに行って学んで来た楽器とも言われています。千々石ミゲルやら伊東マンショやらが、豊臣秀吉の目の前で、この曲を弾いた。ただ、これ実は難しいので、1人が1声ずつ担当して、4人で弾いたわけです。すると、秀吉が涙を流して、もう1回弾いてくれと、全部で3回リクエストしたといわれている曲です。シャンソンの伴奏部分なんですが、ソロの曲として親しまれて、500年ぐらい弾かれている曲です。次に、リュートで、さっき15年前の私が弾いていた曲を15年後にまた弾くとどうなるか、ということで、やります。

(演奏)

この『花咲く命ある限り』は、ピエール・アテニャンという人が編集しております。

花咲く日々に生きるかぎり、

全能の王なる愛に仕えよう、

行ない、言葉、歌や調べで。

愛は何度もぼくをやつれさせたけれど、

悲しみの後でぼくを喜ばせてくれた‥‥

そういう歌なんですが、このあたりの時代の曲を調べてみると、神への愛を、恋人への愛に置き換えて表出しているといわれます。神への愛を、直接表出するのは失礼にあたることで、あえて、恋人への愛に置き換えている、と。ただ単に恋人への愛を歌ってるだけじゃないかというような気がしないでもないのですが、まぁ、よい曲です。

せっかく「ロミオとジュリエット」なので、「ロミオとジュリエット」を弾きます。あの有名な映画で使われたニーノ・ロータの「ロミオとジュリエット」は、あまりにロマンティックで、あの時代には合っていません。ですが、曲の中間部(あまり知られていないが)は、ちゃんとルネッサンス時代のダンスになっています。

(演奏)

余興も含めて、講義はここで終わりにいたします。

(学校長)

最後にも出た映画『ロミオとジュリエット』、ご覧になった方、どれくらいいらっしゃいますか。けっこういらっしゃいますね。1968年の映画なので、ちょうど50年前。私は地方の中学2年生、14歳だったんですけど、男子はオリビア・ハッセーのような女の子がいないと言い、女子はあのようなロミオはいないと言い、解決のつかない話をしたような気がします。

覚えておられる方いらっしゃるかもしれませんが、第4回の橋本治さんの講義のときに、橋本さんが、シェイクスピア全作品の中で、唯一、自分が翻訳してみようかなと思ったのは『ロミオとジュリエット』だとおっしゃっていて、あの映画を観て、あの年頃の男子、女子のふつうの言葉、シェイクスピア的じゃない言葉で、自分は翻訳してみたいと、でも、めんどうだからいいやという話を、あのときされていたのを思い出しました。その、橋本さんの『おいぼれハムレット』が出ました。落語世界文学全集『おいぼれハムレット』。要するに、ハムレットがおじいちゃんになって認知症になったらどうなるかという落語です。これをお知らせして今日は終わりにします。ありがとうございました。

(終了後追加質問)

受講生:

リュートは何の木でできているのですか。

岡ノ谷:

後ろが楓で表面が松です。だいたいああいう楽器は表面は松です。

受講生:

音楽が人の気持ちを動かすのはなぜですか。

岡ノ谷:

音楽というのは大変不思議なもので、なんでこんなに人の心を動かすのか、というのは、まだ謎です。短調の音楽って悲しいのに、なんでみんなわざわざ聴くのかも謎です。その研究はしたことがあって、面白いことに、「あなたが聴いてどう思いますか」と「人が聴いてどう思うと思いますか」という2つの質問をすると、「あなたが聴いてどう思いますか」というと、短調の曲はそんなに悲しくないと言うんです。だから、「(自分はそう思わないが)みんながこれは悲しい曲だと了解している」と考えているところはあります。

受講生:

ドーキンスの『利己的な遺伝子』は、何回読んでもわからずじまいなんですけど、最後に、ミームに近いお話をされてました。

岡ノ谷:

(その話は)ちょっとやめとこうと思って。それは、ミーム(文化の伝播を遺伝子にたとえた概念)というものをジーン(遺伝子)と同様に扱えるかというのはまだ議論の最中でして、やめときましたが、『ロミオとジュリエット』のストーリー自体が強いミームだということ。ああいう悲恋物語がミームとして伝えられる。いま、文化進化という現象についての研究は進みつつあり、文化が遺伝子と同様に進化すると考えて、何が説明できるのかが研究されています。

受講生:

ジャレド・ダイアモンドさんの本を読んだときの感覚に近い話をされました。

岡ノ谷:

ぼくのライバルですからね(笑)。あの人も博識だからね。なんでも、何かに結びつけて。

受講生:

殺人の話も、ニューギニアの未開社会の殺人比率が高いんだけど、先進国になると下がるというのは、社会形態の形で説明されていました。

岡ノ谷:

最近は、人を殺したところで得じゃないというシステムがちゃんと作られていますから。

受講生:

子殺しをしないとメスが発情しないのは、どうしてわかるんですか。

岡ノ谷:

特に授乳中の子どもがいると発情しにくいです。これは人でもそうで、授乳していると排卵が抑制されます。子どもがいるメスは、排卵がおきないので発情しない、そういう仕組みは最初から備わっており、これは子育てに手間がかかる動物においては、適応的です。というのは、手間がかかるのが続けて生まれてくると大変ですから。そういう場合は、人間以外の動物では、子どももろとも死んじゃうということがある。そうならないように、多くの動物で、子どもに手がかからなくなるまでは発情しないようにはなっています。

受講生:

どうしてオスはそれがわかるんですか。

岡ノ谷:

わかりません。わからないけれども、たまたまそのようなときに暴力的な傾向を持ったオスの傾向は、長期的には適応的だったので、わかるわからないではなく、暴力的な傾向が行動として組み込まれたというふうに考えます。だから、頭でわかるということではなく、言葉をしゃべるのは人間だけなので、私としては、人間だけに通じる学問じゃなくて、「人間も含んだ動物に通じる学問」にしたいので、できるだけ、言葉を持ち出さない説明をしたいと思っています。でも説明は言葉じゃないとできないのが悩みです。

おわり

受講生の感想

  • 授業ももちろんおもしろかったけれど、岡ノ谷さんの人柄に興味をそそられました。

  • 講師の先生たちはなぜあんなにTED級に講義がうまいのか? 講義というより、もうエンターテイメント。生徒というより観客。フランクな雰囲気、ユーモアあり、演奏あり、観客の巻き込みあり。人間への興味、自分自身の半生、プロの職業人としての探究心がぐるぐるまぜこぜになり、気づくと毎回、ぴったり講義の時間が終わっている。

  • 鋤鼻器が忘れられない。自分にあるのかどうか、こんど調べに行きたい!