ダーウィンの贈りもの I 
第7回  矢原徹一さん

植物の性の柔軟さ

15分版・120分版の視聴方法は こちらをご覧ください。

矢原徹一さんの

プロフィール

この講座について

自家受粉があるなら、どうして花には性があるのか? 雄花と雌花なんか、なくても良さそうなものなのに……生涯をかけて、ダーウィンも取り組んだこの問いに取り組む矢原さんが、植物たちの生き残り戦略について詳しく語ってくださいました。「これぞダーウィン進化論」の王道的授業です。(講義日:2019年8月28日)

講義ノート

ご紹介いただいた矢原です。カバン持ってきちゃったので、カバンの紹介から始めます。3年前、スイスとイタリアの国境にあるアスコナという、ジブリの映画に出てきそうなきれいな町に世界の科学者が集まって、生物多様性の減少とか、地球温暖化とか、そういうことにどう対応していくかという会議をやったんですけど、それに私はこの黒いカバンひとつで参加しました。空飛ぶ教授というハンドルネームで、「空飛ぶ教授のエコロジー日記」というブログを書いています。

今日は「植物の性の柔軟さ」という題をいただきました。私は小学校時代は昆虫少年で、毎週——幼稚園のころから、標本箱を抱えてうれしそうに笑っている写真があるんですけど——近くの並木に行くと、でっかいガ(クスサン、シンジュサンなど)やチョウを捕まえていました。ひととおり大きな昆虫を捕まえたら、今度は小さな甲虫とかを捕まえて過ごしていました。植物に本格的に関心を持ったのは、中学のときです。入部した生物部の顧問の先生が、「福岡植物友の会」の採集会に連れ出してくださいました。中学1年の7月に初めて採集会に行って、ナツエビネというランなどを見て、植物もおもしろいなと思って、それから毎週、山を歩くようになりました。そして、これから紹介するヤブマオという植物に出会って、植物の研究をするようになりました。しかしその後は、花と昆虫の研究をやり、さらにネコの研究もやって、ネコの論文を書きました。最近では人間のことを研究するはめになって、『決断科学のすすめ』という本を書いてしまいました。親はひとつのことに徹するようにという意味で私の名前を付けてくれ、そうなっているようにも見えるんですけど、何を考えたか、「てついち」じゃなくて、「てつかず」と付けてしまって。時として「なんにも手付かず」と言われることがあるんです。本当になにをやっているのかわからない、手付かず人間になってしまったなという気もしています。先ほどご紹介いただきましたように、私が勤務している九州大学の伊都キャンパスは、中央部の谷を埋め立てる予定だったんですけど、私の意見を容れて、当時の総長に埋め立てをやめてもらって、そこを「生物多様性保全ゾーン」という名前で残しました。そこで毎日写真を撮って、インスタグラムに花の写真をあげています。その森のことを「てつかずの森」と呼んでくれる人がいるんですが、実際は全然手付かずじゃなくて、人がずっと使ってきた森なんです。

打ち合わせのときに、毎年高校生が来るオープンキャンパスで使う紙芝居を出して話していたら、今日は「性」の話にしようということになりました。私自身は中学のとき、性のない植物に出会いました。これから詳しく紹介しますが、世の中にメスだけで生きている植物があるのなら、どうして雄花をつけたり、あるいはオスがいたりするんだろうということに興味を持って、研究するようになりました。そういうわけで「性がなぜあるのか」というのが、私の研究テーマです。関連する現象として、植物の多くは(一応オス・メスあるんですが)、自分の花で自家受粉して種子をつけます。そのへんの、都内に生えている雑草も、ほとんどそうです。自家受粉するなら、わざわざ虫に来てもらって他家受粉しなくてもいいじゃないかと考えたのがダーウィンです。有性・無性の問題を、ダーウィンは実はあまりよく知らなかった。当時は、減数分裂という仕組みもわかっていなかったので、オスとメスが交配をするときに組み換えが起きて、遺伝子がシャッフルされて子孫に伝わるということがわかっていなかった。なので、ダーウィンは、どうしてわざわざほかの花粉を受け入れて、自分と違う遺伝子と混ぜて子供を残すのか、そういうことに興味を持ちました。多くの花にはオスとメス(おしべとめしべ)がついているんですけど、たとえばツユクサは、おしべとめしべがついた花のほかに、オスしかない花(雄花)をつけます。逆に雌花をつける花もあるんですけど、雌花をつける場合の多くは、株全体がメスになります。それもとても不思議なことで、こういう植物に見られる多種多様な性表現を「生殖戦略」といいます。生殖戦略とは、子供の残し方ですね。生殖戦略にも多種多様なやり方があるので、それをどう考えたらいいのかという話を、前半1/3ぐらいでする予定です。

そのあと別の話題に移ります。植物は子孫を残す上で、花粉を運んでもらわなきゃいけない。多くの植物は、虫に花粉を運んでもらっています。テレビ番組で「こうして植物は虫のために花粉をあげている」みたいな話があるんですけど、実はそんなことは全然ない。花粉は精子と同じなので、植物にとっては持っていってもらっては困るものですから、できるだけ花粉を持っていかれないように、いろいろ工夫をしています。逆に、ハナバチのように、花粉で子供を育てているハチは、少しでもたくさん花粉を採って巣に持ち帰りたい。ですから、植物と昆虫の利害――実際に生態学の分野の論文で、利害、conflictという表現が使われます――というか虫と花の駆け引きみたいなものがあって、いろんな花の多様性が生まれています。ハナバチに花粉を運んでもらう場合と、ハナアブというハエの仲間に花粉を運んでもらう場合では事情が大きく違いますし、同じ鱗翅目でもチョウとガでは違う。チョウはだいたい昼間に、ガは夜に飛びますから。夜にガに花粉を運んでもらっている花もあります。

それから、今(8月)ちょうど九州大学の伊都キャンパスではカラスザンショウというミカンの仲間の花が咲いていて、アゲハチョウがよく来るんですが、そういうふうに4月のサクラから季節を通じて、ずっといろんな花が咲きます。何気ない現象ですが、実はこれは、とても不思議な現象なんです。私は3ヵ月に1回ぐらいベトナムに行って、大学院生と一緒に調査をしていますが、ベトナムには四季がないんです。そういうところに行くと、植物が毎年(同じ時期に)咲かなかったりします。そもそも、どうして毎年咲かなきゃいけないのか、どうしてサクラは春に咲くのかというのは、実はとても不思議な話です。

最後に進化の話をします。ダーウィンは進化の研究をして、自然選択という仕組みを見つけたんですが、進化というのは長い時間をかけて起きる現象なので、ダーウィンは自分で観察はできないと思っていたんですね。ところが、実はダーウィンが生きていたころ、たとえばアメリカからイギリスに帰化した植物がいた。アメリカの植物とイギリスの植物が、イギリスで雑種を作って、その雑種から新しい種が生まれて、その後、世界中に広がった。スパルティナ(ヒガタアシ)というイネ科の植物なんですが、河口域などに生えると大繁殖して生態系を大きく壊してしまうので、世界中で駆除されています。日本でも私が特定外来生物等専門家会合の委員になったときに特定外来種に指定して、水際で何とか駆除しようと――ヒアリみたいなものですね――しています。そのように、今も進化は起きています。進化というのは、実は観察できると最近わかってきたので、そのことを最後にちょっと紹介します。ダーウィンがくれた贈り物というのが、この一連の講義のテーマですけども、そのダーウィンがくれた一番基本的な考え方を、最後にまとめて終わる予定でいます。これがだいたいの流れです。話の流れを紹介するだけで10分も使っちゃいました。

●さまざまな花のあり方

私はtetsukazuyaharaというハンドルネームで、インスタグラムを毎日あげています。今朝もミズヒキという植物をあげました。モニター左上に2つあがっている写真の拡大がこれです。左側がタンナヤブマオ、右側がニオウヤブマオという植物です。タンナヤブマオの方は雌花だけで、雄花をつけずに、種子になります。無性的に種子を作って増えていきます。ニオウヤブマオの方は、よく似ていますけど、雄花をちゃんとつけて、雄花と雌花が交配して種子を残す、そういう違いがあります。この2つの植物は、九大の伊都キャンパスの近くにたくさん生えていますが、私が中学校のころに使っていた植物図鑑では、ニオウヤブマオのことが1行書いてあるだけで、タンナヤブマオについては全然書いていない。調べているうちに、この仲間は分類がよくわかっておらず、しかもメスしかない植物がいるので、とても興味を持って深入りすることになりました。

それからトガリバヤブマオというのは——これは私が名前を付けたんですけど——、葉っぱが薄くて、ギザギザがとんがっていますよね。ヤブマオの方は、葉っぱが厚くて、穂も太い。一見して違うのがわかると思うんですけど、両方ともメスだけで種子をつけます。この仲間は、メスだけで種子をつけているので、親と子供は遺伝的に同じはずなんですが、なぜかとても変異が多い。このトガリバヤブマオからヤブマオ、それからさっきのタンナヤブマオまで、ほとんど中間型でつながって切れ目がなくて、分類しようがないというグループです。どうしてそんなことになるのか、中学校時代に、私は興味を持ったわけです。同じような現象が、ヒヨドリバナという仲間にもあります。フジバカマという植物もヒヨドリバナの仲間です。いろんなタイプがあって分類が難しい。

ベニシダの仲間もそうです。ベニシダはシダですが、胞子から前葉体ができて、そこに造卵器(卵を作る器官)しかできなくて、精子はできない。卵が受精せずに発生して、無性的に増えていきます。三つの仲間に共通しているのは、全部無性生殖のくせに、すごく変異が多くて、分類が難しいことです。どうして無性生殖なのに変異が起きるんだろう。そもそも無性生殖で生きていられるんなら、なんでオスが必要なんだろうという問題に、私は興味を持ったんです。そのへんを、もう少し詳しく知りたいという方は、JT生命誌研究館(大阪にある、日本たばこがサポートしているミュージアム)の、日本のいろんな科学者の生い立ちをまとめたサイト「サイエンティスト・ライブラリー」に私を取り上げていただいているので、そこを読んでいただくと、詳しい研究の経過などが書いてあります。(https://brh.co.jp/s_library/interview/90/)

結論だけ申し上げますと、実は無性生殖をしている植物が、時々有性生殖をする植物と交雑することがあることがわかりました。モニター左側は(実際私が確かめた例ですけども)、コアカソという、無性生殖をする木です。低木で、私の身長ぐらいになります。クサコアカソというのは小さい草ですが、木と草が交雑をして、子供ができる。ちょっと詳しい話になりますけど、コアカソは3倍体といって、染色体が3セットある。クサコアカソの方は2倍体で2セットというか、1対ですね。それでコアカソの方は卵をつくるときも無性生殖なので、そのまま3個染色体が伝わるんですが、クサコアカソの方は花粉をつくるときに半分に減ります。そのクサコアカソの半分に減ったSという花粉が、コアカソにかかると4倍体ができる。で、4倍体が減数分裂してAAとかASというような卵をつくって、そこにまた花粉がかかると、いろんなタイプの3倍体ができる。こんなことが起きているようだとわかりました。同じようなことが、たぶんヤブマオとニオウヤブマオの間で起きているんだろうと。ただ、これはいまだに検証できていないんです。そういうわけで、私が中学校のころに始めた研究というのは、いまだに(来年3月で定年なんですけど)、まだ謎として残っているというのが現状です。

●赤の女王説

話はちょっと変わるんですが、大学院に進んで、この問題をもっと本格的に研究しようという段階になって、メイナード=スミスという人の“The Evolution of Sex(性の進化)”という本を読みました。その後、メイナード=スミスさんは京都賞を受賞されて、その授賞式で直接お目にかかって、英語で私の研究内容を話す機会があったのは、大変名誉なことでした。メイナード=スミスさんが、この『性の進化』で書かれている内容は、私にとって目からウロコが落ちるものでした。次のスライドにエッセンスが書いてありますが、有性生殖は無性生殖よりも劣るというんです。そんなことは、考えてもみませんでした。

モニターの絵には、有性生殖に四角い青いオスと丸い赤いメスが書いてあって、オスとメスが1対います。メスが子供を2個体残すと、普通1対1、娘と息子、あるいは雄卵と雌卵が1個ずつできます。そのオスとメスがまた子供を残すと、またオスとメスが1個ずつ残ります。このように、子供の数が2として、子供を産むまで死なないという単純な仮定をすると、オスとメス1個体ずつから、オスとメス1個体ずつができる。これでは、数は増えませんよね。ここで有性生殖の赤い母親が、子供は2個体つくるけど、娘だけにするという突然変異を起こしたとします。そうすると、娘と娘なので赤が2つになります。で、次の代は赤が4つになります。こういうふうに増えていくと、どう考えても、子供を残すという点では、無性生殖の方が有利です。進化というのは、子供(より厳密には遺伝子)をどれだけたくさん残すかという競争ですから、もし有性生殖の集団の中に、無性生殖をする変異体が現れたら、有性生殖の系統は変異体に勝てないというのが、シンプルな結論です。さらに、無性生殖だったら、たとえばヤブマオの種子が1個伊都キャンパスに飛んできても、大きくなって種子をつけられますよね。ところが雄花と雌花があって他家受精しかできないニオウヤブマオは、もう1個体ないと種子をつけられないんです。無性生殖していれば1個体だけで増えられるという点を考えても、無性生殖の方が進化の競争の上では有利なはずなんです。

じゃあ、どうして有性生殖するんだろうかというのが、メイナード=スミスさんの疑問でした。これに対して、奇抜なアイデアを出したのがハミルトンさんです。有性生殖というのは、実は遺伝子をシャッフルする仕組みです。お父さんとお母さんがいて、半分ずつの遺伝子を子供に伝えるんだけど、伝えるときに組み合わせを変えるんですね。私にも3人子供がいますけど、3人とも性格が違う。でもどことなく、確かに私と妻の子供で、それぞれ一部引き継いでいるんです。けれども組み合わせが違うので、まったく違う子供に育っています。そうなることが、どういうときにいいか。環境がどんどん変わっていき、変化しないと環境に置いていかれるという状態のときには、変わり続ける方がよくなるんです。いつも環境が変わり続けるというのはどういう状態のときかというと、環境が病原体だったらそういうことがあるんじゃないかと考えたのがハミルトンさんです。確かに私たちもインフルエンザとかノロウイルスとか、いろんな病気に感染しますよね。病原体というのはそれ自体が生き物なので、インフルエンザウイルスが突然変異を起こして、私たちの持っている今までの抗体が効かなくなると、大流行する。そうすると、私たちがまた新しい抗体を作る。そういうイタチごっこが実際にあるわけですけど、そういう病原体とのイタチごっこの上では有性生殖が有利なんだというのが、このハミルトン先生の説です。この説は「赤の女王仮説」といわれています。どうしてかというと、ルイス・キャロルが書いたイギリスの有名な童話の中で、チェックボード(チェスボード)の世界の赤の国の女王様が、アリスに「さあ、この国では同じ場所にとどまるためには、全速力で走らなきゃいけない。先に進もうと思うと、2倍の速度で走らなきゃいけない」と言ってアリスの手を引っ張って走るシーンがあります。それを進化のレースになぞらえて、「適応的な状態を維持するためには、いつも変わり続けなきゃいけない。それが生物の世界なんじゃないか」と考えるのが、赤の女王仮説です。

この説を唱えたハミルトンさんの講演を、横浜の国際植物学会で聞きました。それまでに読んでいた論文はとても難しくて理解しきれなかったんですが、話を聞いて「なるほど」と思ったんです。ただ、ふと疑問に思ったことがありました。ハミルトン先生はそう言うけど、私、中学校のころから植物採集をしていて、私が研究しているヤブマオやヒヨドリバナが、病気にかかっているのを見たことはないなあと思ったんです。本当にそんな病気にかかっているのかなと思って、すぐそのあと、ヒヨドリバナを見にいってみたら、葉っぱが黄色くなっているヒヨドリバナがたくさんあった。本当に私たちって、見れども見えずということがよくある。そういう視点がないと、見ていても気づかないことがよくあります。このヒヨドリバナもそうで、そういえば確かにこんなのがあったなって。調べてみたら、これがウイルス病なんですね。しかも、このウイルス病については、大阪府立大学にいらっしゃった井上忠男先生、尾崎武司先生がすでに調べられていて、接ぎ木でタバコなどにうつすと、タバコマキバ病という病気がうつるというので、ウイルス病だと確認されていました。

実はこの葉っぱが黄色くなったヒヨドリバナは、万葉集に歌われています。孝謙天皇という女性の天皇が「澤蘭(さはあららぎ)――ヒヨドリバナのこと――を一株抜き取りて歌った」という前書きがあって、「この里は継ぎて霜や置く夏の野に わが見し草はもみちたりけり」。この里は霜でも降りたんだろうか。夏なのに、私が見た草は、モミジのように色がついている、そういう歌なんです。これは世界最古のウイルス記録だということになっています。残念ながら、まだギネスブックには載っていないんですが、論文にはなっています。万葉集のころの人たちって、本当に植物をよく見ていて、いろんなことを歌で記録しています。私が気づかなかった、葉が黄色くなっているヒヨドリバナに気がついて、孝謙天皇が歌に詠んだのはすごいなと思います。

1991年、太宰府(令和の元号のもとになった「梅花の宴」が開かれた所)の近くで、ヒヨドリバナの120個体ぐらいある集団に、ウイルス病――緑色のところがウイルス病個体です――がちょっと入った状態を見つけて、その後ずっと、個体にマークをして追跡調査をやったんですが、5年ぐらいで病気が蔓延しました。病気になると治りません。2、3年すると死にます。だんだん草丈が小さくなっていって、地下の貯えもなくなると死んじゃうことがわかりました。ヒヨドリバナにはオスとメスがある有性型と、メスだけの無性型とあるんですが、有性型はほとんどウイルス病にかかりません。ところが無性型は、病気が侵入した直後だと感染頻度は低いのですが、先ほどの1995年で8割ぐらいの個体が感染している状態でした。平均すると、だいたい3割ぐらいが感染している。こういうわけで、無性生殖をしていると、病気が広がりやすい。有性生殖をしていると、なぜか広がらない、ということまでわかりました。これをもっと詳しく研究したいと思ったんですけど、当時の技術ではなかなか難しくて、その後、花と昆虫の研究とか、もっと美しい研究にわき見をしてしまって、この研究はまだ続いているということです。

●ダーウィンが今生きていたら、研究したのでは

このテーマに関しては、ダーウィンが知らなかったことがほとんどです。ダーウィンはいろんな生き物の現象に興味を持っていたんですが、有性生殖の過程での減数分裂 ――私たちの染色体が卵や精子をつくるときに、1対あるうちの半分だけが伝わって(私の子どもの場合だったら妻からも半分が伝わって)、精子と卵が受精をすることで、また2倍体に戻るが、卵や精子がつくられる過程で、もともとあった1対の染色体があちこちでシャッフルして伝わるため組み合わせが変わり、組み換えが起きる――このことは知らなかったわけですね。ヤブマオの仲間とか、ヒヨドリバナなどは、その組み換えをしないで、無性生殖で子供を残すのですが、これも知らなかった。ですから、ダーウィンが今生きていたら本当にびっくりして、きっと興味を持って研究したんじゃないかと思います。病気の話だけしましたけれど、もうひとつ、組み換えには重大な問題があります。無性生殖で、その環境にすごくよく適応している状態だと、有性生殖すると、その組み合わせを壊しちゃうので不利なんです。女性の立場で考えてもらうとわかりやすいと思うんですけど、だんなさんがすごくいい遺伝子を持っていてくれればいいんですけど、その保証はないですよね。どんな遺伝子を持っているかわからない人と結婚して子供を残すなんてギャンブルを、みなさんやっているわけですよ。なんでそんなことが必要なのかという理由は、病気がひとつの効果ですけど、もうひとつあります。遺伝子って、しょっちゅう壊れるんです(たとえば癌は、遺伝子が壊れた結果です)。だから自分が壊れた遺伝子を持っていても、シャッフルすることで、父方由来の壊れていない遺伝子を子供に伝えることができるという効果があります。

たとえば日本人の1割ぐらいの人は、お酒が全然飲めないんですね。アルデヒド脱水素酵素が2つとも壊れていて、ちょっとでも飲むとアルコールが アセトアルデヒドに変わったときに(アセトアルデヒドはすごい毒なので)顔が青くなって大変なことになる。そういう人にはお酒を飲ませちゃいけません。多くの人は1個だけ壊れている。私もそうです。そういう人は、顔にすぐ出るけど、けっこう飲んでも大丈夫。もう一方の遺伝子は健康なので。2つとも健康という人は大酒飲みなんです。1割の人が、ホモ接合=壊れた遺伝子を2つ持っているとします。遺伝子の頻度にしたらだいたい3割、日本人の30%ぐらいの遺伝子が壊れているということです。2つを取ったときに、0.3×0.3で、だいたい0.09、1割ぐらいなんですね。3割壊れているってすごいことなんですが、そのくらい日本人の中には壊れた遺伝子が多いんです。なぜかは謎なんですけど、私の仮説は「かけつけ3杯仮説」といいます。日本、中国、韓国には、共通して、パーティに遅れたら3杯酒を飲まなきゃいけないという、とんでもないルールがある。この間、ベトナムにもあることを確認しました。アジアにはそういう習慣がある。これは、すごく健康に悪いんです。胃に何も入っていない状態で、一気にアルコールをコップ3杯飲む。そうするとすぐにアルコールがアセトアルデヒドに変わり、アルデヒド脱水素酵素(健康な遺伝子)を持っていない人は、急性アルコール中毒で病院行きになっちゃいます。ちょっと飲める人は、まあOKなんですが、飲める人は「俺は酒に強いぞ」という感じでガバガバ飲んじゃって、かえって健康を壊していたんじゃないかと。そうすると、私のように1個だけ壊れている人が一番長生きで、大酒飲みは早く死ぬ。今は医学が発達しているので、みなさん健康に暮らせるんですが、2つとも壊れている人は、やっぱりいろんな理由で、アセトアルデヒドをうまく分解できなくて、長生きできない。そうするとヘテロ接合の人=違う組み合わせの人がベストということになりますね。

これは超優性といって、子供に必ずホモ接合タイプ(両方の遺伝子が壊れている、あるいは両方の遺伝子が酒飲み型)が生まれるんです。そうすると変異が維持される。中間がベストという状態だと、すごく変異が維持されます。ヨーロッパなどでは食前酒の習慣があるんですが、急性アルコール中毒になるような無茶飲みの習慣はあまりないので、みんなが仲良く酒飲みになっているという感じじゃないかな。アジアはアル中になりやすい飲食習慣があるので、ヘテロ接合の人が有利になって、そのために変異がたくさんあるんじゃないかなと思っています(あくまで私の仮説です)。このように遺伝子ってけっこう壊れているんです。ですから、組み合わせを変えることで、自分がヘテロ接合で悪い遺伝子を持っていても、いい遺伝子を持っている人と組み合わされる効果があるというのが、有性生殖のもうひとつの利点です。

●「自家受粉」と「他家受粉」を比較したダーウィン

ここからダーウィンが知っていた話になります。ダーウィンは性にすごく関心を持って研究しています。ダーウィンは、生物はすべて進化したものだという考えにたどり着いて、すべて進化したものだったら、すべての生物の性質が進化の上で有利だったという説明で答えが出るはずだと思ったんです。ですから、どうしてクジャクはあんな立派な羽根を持っているんだろうとか、どうしてミツバチは(女王バチ以外の)メスが子供を産まないんだろうとか、いろんな生き物について「なぜ」「どうして」という問いを立てて研究したんですが、植物については、なぜわざわざきれいな花をつけて虫に来てもらって、他家受粉しなきゃいけないんだろうという疑問を考えました。植物をいろいろ見てみると、そういうふうに他家受粉するものばかりではない。ミヤコグサはマメの仲間ですが、花びらが閉じていて、その中で自家受粉します。ミゾソバは、花が星型に開いていますけど、おしべとめしべがかなり近くて自家受粉します。オオアレチノギクは、荒れ地に生える帰化植物の雑草で、真ん中に1個だけめしべが突き出る花があるんですが、それ以外の花は全部おしべとめしべが最初から接触していて、自家受粉します。このように、ほとんど自家受粉ばかりしている植物があるのです。確かに自家受粉は有利だと、ダーウィンは気がついたんですね。自家受粉すれば、昆虫を呼ぶために大きな花びらをつける必要もないし、確実に種子が残せる。自家受粉の方がどう考えてもよさそうなのに、わざわざ他家受粉しているのはどうしてか。その疑問に答えを出すために、ダーウィンがやった実験は、植物57種を使って、自家受粉させた種子と他家受粉させた種子から苗を育てて、草丈や、重さや、種子生産などを比較するということでした。

そうすると、自家受粉では、草丈がだいたい86%ぐらいに減ってしまう。重さに直すと57%ぐらいに減ってしまう。種子生産は54%ぐらいに減ってしまう。このように自家受粉すると、他家受粉に比べて、成績が悪くなることを明らかにしました。57種の植物について、共通してこういう傾向がある。これが、近親交配が悪さをすることを実験的に確認した最初の研究です。どうしてこういう研究をダーウィンはやったかというと、実は悲しいエピソードがあった。ダーウィンは本当にかわいがっていた女の子を亡くしているんですね。子供がひ弱だった経験もしている。奥さんは親戚の人なんですよ。ウェッジウッド家の親戚の人と結婚した。当時から、血縁者同士が結婚すると、子供が弱くなるということは経験的に知られていました。ダーウィンは、そういう現象が生物一般にあるんじゃないかと考えたんです。でも、動物で実験するのは非常に難しいので、植物を使って実験したわけです。その結果、近親交配の悪影響という現象を見つけた。今の遺伝学の知識で考えると、先ほど紹介したようにいろんな遺伝子が壊れているので、自家受粉すると壊れた遺伝子同士を2つ持つ確率が高くなる。いろんな遺伝子が2つとも壊れた状態になると、うまく育たたない、というのが近親交配の有害さを生み出すメカニズムです。

それを明らかにしたのが『植物の受精』という本です。これは私が訳したんですけど、まあ、大変でした。ダーウィンという人の性格がとてもよくわかる本で、57種の植物について丁寧に実験の結果が書いてあるんですけど、「自家受粉した種子」とは書かないんですよ、彼は。「自分の花の花粉を、自分の花のめしべにつけて発達させた種子」とか、そういう面倒くさい表現を延々として、最後の方になってちょっとだけ省略しているとかね。とにかくダーウィンのこだわりというか、丁寧さというか、執拗さというか、そういうのがよくわかる本でした。最後の最後までその調子でした。訳すのも大変だったけど、読むのも大変だろうと思います。ただ、最後の私の解説は、とっても読みやすいと思います。よかったらぜひ読んでみてください。

●スミレもつけている「閉鎖花」

自家受粉をする花の中には、もっとうまくやっているというか、「こんなのもあるんだ」と、私もびっくりした例があります。「閉鎖花」というんですが、モニターの写真がそれ。これでもう受精しているんです。ちょうどクモの巣がかかって、ガクが外れて、若いめしべが発達しているところです。こういう閉鎖花をつける植物はけっこうあります。みなさんがよくご存知のものでは、スミレ。春先に開放花をつけるのですけど、実はスミレが年間につける花のうち、開放花は1割もありません。開放花が終わったあと、だいたい4月の終わり(連休前ぐらい)から6月ぐらいまで、閉鎖花をずっとつけ続けていて、大部分は閉鎖花で繁殖しています。キツリフネは、開放花と閉鎖花を同じ時期につけるんです。開放花の方は大きな花をつけて、ハナバチがやってきて、花粉を花から花に運ぶんですけど、開放花は黄色い花びらをつくらなきゃいけない。花びらをつくる炭水化物もいるし、黄色い色素をつくるのにもコストがかかるし、それからハナバチに来てもらうために――細い、距(きょ)という袋に蜜をためているのですが――蜜を出すにもコストがかかります。それだけコストをかけて花が(虫を)呼んでいるんです。

モニター左側のグラフの横軸は、1日あたり、ひとつの株でつけている開放花の数です。株によって2個つけたり3個つけたり、4個つけたりすることがあります。縦軸は、自家受粉の割合です。ハナバチが同じ株の花を回って、隣の花の受粉――隣花受粉(りんかじゅふん)――をすると、実質上、これは自家受粉です。縦軸はその割合を表しています。このグラフを見たらおわかりのように、開放花を3つ、4つつけると、ハナバチが同じ株の中の開放花を回っていくので、自家受粉する率が高くなるんです。自家受粉だったら、閉鎖花でやるのと一緒です。わざわざ大きな花をつけて、蜜も出して、ハナバチを呼んだのに、結局、自家受粉することになる。だったら、閉鎖花をつけたほうがましということになりますね。実際、もうひとつのグラフでは、横軸に花をつけることにどれだけ投資しているかという投資量を取って、縦軸に閉鎖花と開放花の数を取っているんですけど、開放花の数はせいぜい4つまで、普通は2つとかで、残りの資源は全部閉鎖花に回します。これが非常に合理的で、1個や2個であれば、確実に他家受粉に使われるんですね。ハナバチが来て、1個か2個の花を回ると隣の株に行くので、他家受粉になるわけです。3個も4個もつけると自家受粉になってしまうので、開放花は1個か2個にして、あとは閉鎖花をつけるという、とても合理的な配分をしています。

それと同じやり方をしているのが、ツユクサです。ツユクサの場合は、両性の花(おしべとめしべがある花)と雄花があるんですけど、両性の花は自家受粉します。自家受粉は、近親交配の影響はありますが、確実に種子をつけられるという効果があります。一方、雄花は他家受粉しかできない。ただし、雄花のいいところは、種子をつけなくていいことです。種子をつけるのは、人間でいえばお母さんが出産するのに相当しますから、植物にとってもすごく大変なんです。植物は人間と似ていて、母親(種子親)が一定期間、子供に栄養をあげ続けるんですね。それはすごく大変です。それに比べて雄花は、花粉をどこかの他のめしべにつけたらおしまいという、気楽な存在なのです。ツユクサは同じ株の中に両性花(種子になる花)と雄花の両方をつけますが、雄花の数は一定です。先ほどのキツリフネの原理と同じで、雄花をたくさんつけると、ハナバチが雄花から両性花に回る率が高くなり、自家受粉になってしまう。雄花というのは他家受粉に効果的なので、雄花は一定にして、残る資源は全部両性花に回す。だから個体が大きくなると、両性花がどんどん増えていくというつきかたをしています。そういうわけで、これは(少し仕組みは違いますけど)先ほどのキツリフネと似た2つのタイプの花です。

ここから先は、有性、無性、自家受粉という話から、花と昆虫の駆け引きの話になりますので、ちょっと休憩をしようと思いますが、ここまでの話でご質問があれば。

受講生:最初の無性植物と有性植物が交雑する仕組みのところで、いったん4倍体になるというお話でした。4倍体というのは、普通に生存していて、それがまた減数分裂して2つの2倍体になるというか、半分ずつになると書かれているんですが、4倍体として生存ができるということですか?
矢原:できます。4倍体は、ヤブマオの仲間で調べてみたら、普通にありました。ただ、最後で紹介しますけど、タンポポでは、ちょっと違った仕組みで有性と無性が交雑していることがわかりました。タンポポでも4倍体と3倍体があるんですけど、実は4倍体の方は花粉をつけないんです。3倍体の方が花粉をつける。先ほどの私の仮説は机上のもので、ある程度検証はしたんですが、交雑のプロセスは想像の域を出ていなかったんです。ですが、最近になって、セイヨウタンポポとニホンタンポポが、日本で交雑していることがわかった。そこから、和洋折衷の雑種タンポポが進化してきて、実は今、日本中に広がっているのは、その雑種タンポポなんです。それは、3倍体の方に花粉ができて、3倍体が2対1に減数分裂して、その花粉が2倍体につくと、また3倍体ができるという、とんでもないメカニズムがあることがわかりました。

●花と昆虫の駆け引き

これから先は、花と虫の駆け引きの話です。まず、虫媒の花は、ホオノキのように美しい花弁をつけます。あたりまえだと思っていらっしゃるかもしれませんが、なかなか当たり前でもないんです。ホオノキと違って、ヤシャブシの花は風媒花。風によって花粉が運ばれる花です。この風媒花のヤシャブシの花を見ると、オスの花とメスの花が別の枝についています。オスの花は垂れ下がっていて、メスの花は上に松ぼっくりのような形をしている。これが非常に合理的なんです。メスの花は花粉を受け取ったあと、種子を発達させて果実が実るまで、ずっと支え続けないといけないので、最初からがっしりした枝をつけています。花粉を受け取るには上を向いて、ちょっとトゲトゲしためしべを外に突き出して、乱流を作るんです。花粉を引き込むには、その方がいい。オスの方は花粉を散らしたらおしまいなので、細い枝で風に揺れやすくして、できるだけコストをかけずに、経済的な枝を作って、そこに花をたくさんつけて、花が終わったらポトっと落ちておしまい。合理的にできています。

このように風が花粉を運ぶ花では、だいたいオスの枝とメスの枝が分かれているんですが、ホオノキではひとつの枝に、下のほうにおしべがついていて、上の方にめしべがついていて、そのまわりを花びらが包んでいます。みなさんがよくご覧になる花って、こういう形をしているわけですが、どうしてオスとメスが同じ枝についているのか、たぶん考えてみたことがなかったと思うんですね。でもダーウィンは進化を自然選択で説明できると考えて以来、たとえば風媒花だとどうしてオス(おしべ)とメス(めしべ)が別の枝についていて、虫媒花だとなぜ同じ枝についているんだろう、というように、「どうして」とか「なぜ」という問いを次々に、いろんな生き物の現象に投げかけて研究しました。

ホオノキというのはモクレンの仲間です。モクレンの仲間には、よく街路樹で植わっているタイサンボクがあります。モニターに映っているのがタイサンボクの雌性期の、咲いてすぐの花です。咲いて1日目の花は、めしべが開いていて、根本の方のおしべが閉じています。2日目になるとおしべが開いて、めしべはもう受け取る期間を過ぎていますけど、ホオノキの場合は、このめしべが閉じちゃうんですが、タイサンボクは開いています。このように、1日目と2日目でオスとメスを切り替えるんですけど、こんなことをせずに、オスとメスと別の花につけたらよさそうな気がしますよね。その方が自家受粉を確実に避けられてよさそうな気がするんですけど、どうしてそうしないかというと、おしべが虫を呼んで、花粉をほかの花に運んでもらうためにも花びらがいるんですね。そして、めしべの方が虫を呼んで花粉を受け取るときにもやっぱり花びらがいるんです。もしおしべの枝とめしべの枝を、ヤシャブシのように別々につけると、両方に花びらをつけなきゃいけない。何気なくみなさんが見ている、おしべとめしべが両方ついている花、これは花びらを共通経費として使って、節約しているという構造なんですね。こうしておけば、メスの時期の花にも、オスの時期の花にも、同じ花びらが使える。こういうふうに、「経済的にできている」というのが、ダーウィンが生き物について「なぜ」と問いかけたときの、ひとつの重要な見方です。

今のは割と簡単に説明がつくケースなんですけど、まったく説明がつかない、最近になってようやく答えがわかってきたのが、なぜメスの株が進化するかという疑問です。

モニターの写真はノアザミです。キクの仲間で、たくさんの花が集まってついています。この構造を頭花(とうか)と言います。白い粉がいっぱい見えるのがおしべで、突き出ているのがめしべです。おしべがたくさんあるのがわかると思います。真ん中には、まだつぼみで開いていない花がたくさんあります。左の写真は、花粉が出ているので、おしべとめしべの両方があるのはわかると思うんですが、右側は、花粉が全然出ていません。これはメスの花です。ノアザミは、メスの花しかつけない雌株と、それから両性花しかつけない両性株と2つのタイプがあります。

雌株というのは、あとでちょっと式を出しますけど、とても不利です。どうしてかというと、両性の植物は、ハナバチなどが運んできてくれた花粉を受け取って、自分で種子を作って、いわば母親(種子親)になれるんです。同時に、虫に花粉をほかの株に運んでもらって、父親(花粉親)にもなれる。つまり父親としても母親としても子供を残しているのが両性株です。ところが、雌株になると、母親としてしか子供を残せない。単純計算で、子供の数が半分になるんです。だから両性の集団の中に雌株の変異体が現れたとき、それが広がれる条件というのはとても厳しい。理論的には、両性株が自家受粉をして、自家受粉の結果、子供の半分以上が死んでしまうようなときには、他家受粉しかできない雌株の方が有利になります。でもノアザミの場合、自家受粉をまったくしないんです。

それと同じケースが、ハマダイコンです。野生のダイコンですけども、ハマダイコンにも両性株と雌株があります。福岡市周辺の地図に重ねると、黒いところでは雌株が1割から2割混じって、灰色のところでは雌株が1割以下。白のところは雌株がない場所です。このように、あちこちで雌株が見つかるんです。1割、2割というと、けっこうな頻度です。子供の数にして、単純計算で半分になってしまうようなものが1割、2割あるというのは、なかなか説明できない。ハマダイコンの場合も、自家不和合性といって、自家受粉では子供を残せない。

これが、その式です。

両性株の適応度=1/2(両性花から作られる種子数)+1/2(雄花から作られる花粉数)✕換算率
雌株の適応度=1/2(両性花から作られる種子数)
雌株の進入条件:雌株の適応度>両性株の適応度

両性花をつける両性株は、種子をつけて母親になる。それから花粉をつけて父親になる。1/2というのがかかっているのは、それぞれ種子と花粉の中に、自分の遺伝子が半分ずつ入っているからです。換算率と書いてあるのは、集団の中のオス(花粉数)・メス(種子数)の比率です。人間で考えるとわかりやすいかもしれないですね。たとえば戦争で男性がいっぱい死んでしまって女性過多というときには、母親は男性を産む方が、将来息子が大人になって結婚できる確率が高くなって有利になるという効果があるので、娘の数という基準で比較して、息子の数を娘の数に換算します。植物でいえば、種子の数で比較します。種子の数と花粉の数を足すと変なことになるので、花粉の数を種子の数に換算してやるという方法です。

普通、この換算率は〔種子の数/花粉の数〕なので、〔花粉の数×換算率=種子の数〕になります。ほかの個体がつける種子の数と、自分がつける種子の数、それを半分ずつ割って足すから、要するに両性株の適応度というのは、種子の数になります。それに対して雌株の方は、種子の数の半分です。要は、両性株は母親にもなれるし父親にもなれるが、雌株は母親にしかなれない。だから半分、繁殖の機会を損しているのです。

なんで雌株というのがいられるのか。ようやく最近になってわかってきたんですけど、実は雌株というのは、ミトコンドリアという器官(ミトコンドリアDNA)が変異した一種の遺伝病だということがわかりました。ミトコンドリアDNAというのは、種子を通じてしか伝わらない。ミトコンドリアDNA同士の競争というのを考えてみてください。あるミトコンドリアは花粉をつけさせない。そうすると、花粉をつくる資源が少し種子にまわるので、種子が少し増える。普通のミトコンドリアはそういうことをせずに、花粉をつくらせるので、種子の数がちょっと少ない。種子の数同士の競争を考えると、花粉をつくらせずに、花粉をつくる資源を種子に回して種子の数を増やす方が、変異したミトコンドリアにとっては有利になるんです。似たような現象が、実は昆虫にもあります。昆虫の場合にはミトコンドリアではなく、ウォルバキアというバクテリアが、母親がメスを産むようにしむけるという現象が知られています。ウォルバキアは卵を通じて垂直感染して、お母さんから子供に伝わります。だから同じように、オスをつくらせずに、メスだけつくらせるほうが有利になります。このため、そのウォルバキアというバクテリアが感染していると、母親からメスしか産まれないということが起きる。昆虫の場合は、ウォルバキアが感染したのに対抗して、ちゃんとオスをつくらせるような遺伝子を進化させているんですけど、それと同じように、ハマダイコンでは、ミトコンドリアが変異して、メスしかつくらせないようになっているタイプのときに、ちゃんとおしべを修復して、おしべをつくらせる遺伝子というのがあるんです。そういうように、遺伝子同士の共進化というのが起きていて、ミトコンドリアの変異に対して、それを抑え込む修復遺伝子が進化していることが、ダイコンでわかってきました。そういうわけで、雌株の進化というのは、実は核の変異じゃなくて、ミトコンドリアDNAの変異で起きて、それに対して核がもう1回花粉もつくらせようとしているというイタチごっこが、どうも起きているようです。

ちょっと脱線しますけど、癌というのは何かというのを、けっこう知らない方が多いと思うんです。私たちの祖先が単細胞だったころは、とにかく2分裂でどんどん増えていたんですね。でもそれがボルボックスみたいな群体になって、多細胞になって……細胞同士が協力するようになったのが多細胞生物です。そうすると、勝手に増えちゃいけないので、細胞分裂の周期をコントロールする仕組みができて、増えなきゃいけないときだけ増えるという協力を細胞同士がするようになったのが、私たちの体なんです。ところが、私たちの細胞が変異を起こして、増えちゃいけないときに勝手に増えだすことがあって、それが癌です。このような変異(癌化)はしょっちゅう起きますから、そのときにちゃんと「お前、増えるなよ」といって抑え込む癌修復遺伝子を、私たちはたくさん持っています。でも癌修復遺伝子が壊れると、また癌になるんですね。だから、癌修復遺伝子というのも、癌遺伝子なんです。そういうように、私たちの体の中はみんな協力していると思っていますけど、わがままな変異体が出てきて、それを抑え込むというシーンが起きている。それと似た例で、ミトコンドリアDNAって普通は核に協力しているんですけど、時々、自分だけが増えたいという、わがままなミトコンドリアが出てきて、それでメスになる。それに対して、核遺伝子が抑え込むというイタチごっこが起きているということがわかってきました。これもダーウィンは全然知らなかった話ですね。雌株があるということは、ダーウィンも知っていたと思いますけど。

●働き者を誘うか、気まぐれとつきあうか

ここからが花と虫の駆け引きの話になるんですが、モニターには2種類のハナバチが写っていて、大きい方がマルハナバチ、小さいほうがミツバチです。ミツバチというのは、花粉を運ぶいいハチだと思っていらっしゃると思うんですけど、実は植物にとっては、マルハナバチに比べて迷惑なハチだということがわかっています。ミツバチとマルハナバチの違いはなにか。ミツバチもマルハナバチも社会性昆虫で、巣に女王バチがいて、働きバチがいて、女王バチも働きバチもメスバチなんですけど、働きバチは自分では子供を産まずに、外に出て花粉と蜜を集めてきて、女王バチの子育てを手伝います。

これはダーウィンがとっても悩んだ問題です。「子供を産まないメス」が進化するというのは、「子供を産む競争を通じて進化が起きる」という彼の考えにまったく反する現象なので、悩みに悩みぬいて、彼なりのアイデアを出しました。それはもうほとんど90点なんですけど、その話は、今日はちょっと置いておきます。その社会性昆虫なんですが、マルハナバチの方は、働きバチが外に出たときに、働きバチ同士、まったく連絡を取り合いません。個人主義です。マルハナバチが、たとえばサンショバラという花に来て花粉がたくさんあることを学習すると、サンショバラに行くようになりますけど、ほかのハチにはそれを教えません。ところがミツバチの方は、8の字ダンスを踊って、太陽コンパスを使って、仲間に「北北西200mのところに、今、サンショバラがよく咲いているので、行って、みんなで採ろう」というような号令を出します。偵察係がそういう情報を持ってくると、巣から運搬係のミツバチがどっと200m先のサンショバラに行って、バーッと花粉を集めて、蜜を集めて、巣に持って帰る。そのときに、あまり株と株の間を動かないんです。だから植物にとってすごい迷惑。株と株の間を動いてくれないと、他家受粉にならないんですね。ですから花粉泥棒的な効果が非常に強い。それに対してマルハナバチは、花粉も持っていくんですけど、株と株の間を動く行動を頻繁にするんですね。それがなんでなのかは謎だったんですけど、かなりの部分、解明しました。あとで紹介します。ですから植物としては、マルハナバチとミツバチと両方来てもらうよりも、ミツバチにご遠慮願って、マルハナバチだけにしたい。そういうふうに進化した植物は、いっぱいあります。ひとつの例は、ツツジの仲間です。ツツジの仲間は、上の弁に細い溝があって、毛管現象で、上の弁の溝のところにだけ蜜が上がってきます。マルハナバチは、そこに細いストロー(口吻)を差し込んで蜜を吸えますけど、ミツバチはマルハナバチに比べてストローが短いんです。このためツツジの花の蜜はほとんど吸えません。だからツツジの花には、ほとんどミツバチが来ないんです。

もっとわかりやすいのは、花の筒が長い花です。筒が長い花では、マルハナバチの中でも、トラマルハナバチとか、ナガマルハナバチという、口吻が特に長い種類しか蜜を吸えない。ですから、筒形の花は、口吻の長いマルハナバチに適応した花なんです。ただ、こういうふうに特殊化すると、損なこともあります。マルハナバチがいなくなると、まったく受粉できなくなっちゃいます。だから、マルハナバチが少ないところでは、ミツバチでも受粉してもらえる花の方が、やっぱり有利になる。環境次第ですね。ただ、マルハナバチもミツバチもとっても賢いハチなので、たとえばラショウモンカズラに行って、今、蜜がたくさんあると学習すると、ラショウモンカズラばかり行くようになります。

それに対して、ハナアブの仲間は単独生活です。マルハナバチとミツバチでは、ひとつの巣の中に20も30も子供がいる。場合によっては50いるという大家族を支えなきゃいけないので、朝の5時ぐらいから夕方の6時ぐらいまで、本当によく働きます。働きバチという名前は、ぴったりなんです。このハナアブたちは単独生活で、することといったら自分が生きていくためだけの餌をとって、あとは配偶者を見つける。そのためにだけ生きているような、気まぐれな独身貴族なので、真面目に働きません。だから観察していると、とっても退屈です。カタバミの花にとまって、蜜を吸って、じーっと10分、20分。「あ、やっと飛んでくれた」と思ったら、ホバリングといって、太陽光線を浴びて体をあっためるんですね。で、また同じ花に行って、また10分、20分。いい加減動いてくれよって。動いたと思ったら、別の種類の花に行っちゃうとかですね。だから植物にとってはあてにならないんですけど、なにしろほとんど蜜がなくても来てくれるので、まあ、低賃金労働ですね。ですから、コストをかけずに、こういう気まぐれな昆虫に、たまに花粉を運んでもらうか、それともしっかり広告をして、蜜もたくさん出して、ハナバチに花粉を運んでもらうか、だいたい両方のやり方に分かれています。

気まぐれな昆虫に花粉を運んでもらっている植物には、自家受粉する雑草が多いんですけど、逆に、ハナイカダのように、雄株と雌株が分かれていて、雌雄異株、人間と同じようにオスとメスが別の体になっている場合もあります。このような場合、花はだいたいみすぼらしい。こういう花は、ハナバチではなく、アブの仲間とかハエとかが媒介します。一見変だなと思われるかもしれませんが、アブはだませるんですよ。写真を見ていただいて、雄株、雌株と書いてあるけど、花の区別はなかなかつかないでしょ。よく見ると雄株の方にちょっと黄色いところがあって、そっちには花粉があるので、タンパク質が採れるんですけど、雌株の方に行くと、花粉がないのでタンパク質を採れない。でもよく似ているので、間違って行っちゃうんですよ。データ取ってみたんですけど、3対1ぐらいで雄株に行っています。これがマルハナバチとかになると、賢いので、雌株に花粉はないと学習して、ほとんど行かなくなります。気まぐれ屋の昆虫だったらだませる。そういう気まぐれ屋をだまして、もうほとんど花粉も蜜もない雌株に、たまに来てもらうというやり方をしているのが、ハナイカダとかなんですね。

ちょっと脱線するんですけど、花が擬態をしている例があります。ハナバチランという、ヨーロッパの有名なランです。このランの花が、ハナバチランを受粉するハナバチの仲間のメスに似ているらしいんです。それでオスがやってきて、一生懸命、交尾をしようとする。それで受粉をするというので有名なんです。人間の目から見たら全然似ていないように見えるんですが、イリュージョン(錯視)というのを利用しているんだと思います。人間の錯視の例をお見せすると、示している図では白い三角形が見えますね。こういうように、見えないものが見えちゃうんです。肝心の、白い三角形に見えるような情報があれば、そこに三角形があるように見えてしまう。それと同じような仕組みを使って、たぶんハナバチのオスをとらえる上で必要な情報を適当にちりばめておけば、間違ってくれるということだと思います。似たような例は、ツルランというランがそうだと思います。まだ、ちゃんとした検証データは取っていません。写真左側がツルランというランで、右側が同じ時期に咲くクサギという植物です。ツルランの花には蜜がない。ただ、白い花の真ん中にちょっと赤いのがあるので、そこに蜜があるように勘違いして行く。実は差し込めないんですけど、口吻を差し込もうとして、努力してもじょもじょやっているうちに花粉がつくというやり方です。植物側は蜜をまったく作っていない。ところが、時々アゲハチョウとかが来るんですね。それはおそらくクサギの花に見えているんでしょう。人間の目から見ると、ずいぶん違うように見えますが、白い弁が開いているところの真ん中に赤いのがあるという点は一致しているので、おそらくこれは擬態だろうと思っています。

そういうわけで虫媒花の送粉戦略をまとめると、色とか香りで宣伝をして、蜜や花粉を出して餌付けをする。宣伝だけでは、一回来て「な〜んだ。なにもないじゃん」と学習されると二度と来てくれないので、ちゃんと蜜や花粉で餌付けをする。それから、賢い昆虫に限定するというやり方と、気まぐれな昆虫に頼るというやり方があります。賢い昆虫(マルハナバチなど)に限定すると、宣伝経費と報酬が高い。ハイコスト・ハイリターンなんですね。気まぐれな昆虫、ハナアブなどを利用すると、低賃金労働で経費を節減できるんですけど、あてにならない。

このハナバチをダーウィンは毎日観察していました。もうロンドンが嫌になって、ロンドン郊外のダウンに引きこもった。私も見にいきましたけど、庭があって、藤棚とかもあって……。毎日そこを散歩して、いろんな花を見て、マルハナバチがやってくるのを見て、いろんなことを観察していたんですが、そのときにダーウィンが気づいたことを絵にしています。いろんな植物が、下から上に向かって咲いていく。上ほど咲き始めの花で、下の花は咲いてからしばらくたっているという状態です。多くの花が、オスが先に咲きます。先に雄性期=オスになって、それからメスになります。そういうふうに配置している理由には、下のほうにとまって上に上がっていくというマルハナバチの習性があります。たぶん天敵に襲われないように、襲われたときにすぐ逃げられるようにだと思うんですけど、まず下に下りて、下から上に上がっていくという習性があるのです。そういうマルハナバチの習性を利用するには、下側にメスの時期の花があって、上の側にオスの時期の花があるようにしておくと都合がよい。その株にやってきたマルハナバチは、まずメスに花粉をつけて、上の方に上がっていって、体にまた新しい花粉をつけて、隣の株に移っていく。さらに、適当なところで隣の株に移ってくれるように、上に行くほど蜜の量を減らしていく。若い花は蜜がちょっとしかなくて、ある程度、メスの時期になった花は蜜がたくさんあるという状態にしておくと、さっさと隣の株に行ってくれるんじゃないか。こんなことを、ダーウィンは観察して考えていました。これはその後の研究で確かめられています。多くの花が、こういうやり方をして、マルハナバチなどの行動を操作しています。

●ダーウィンが残したユニークな疑問

今の話は『花の受精』という本——大変な思いをして訳して、いくつか大発見がありました——の中に書いてあるんですけど、そのダーウィンが書き残した中に、とってもユニークな疑問がありました。花が垂れさがっているフジを見ていても、下から上にマルハナバチは移動していると。観察していたんですね。ただ、はしごなどは使わず、間近で見ることはできなかったので、そこしかわからなかったんです。フジの花でも、マルハナバチは下から上に行くので、開花の順序がさっきのとちょうど逆になっているはずなんです。そうすると、オスが先じゃなくて、メスが先に熟しているんじゃないか。フジのように垂れ下がった状態だと、下がメスで上がオスとなっていないとおかしいということを書いています。それはすごくおもしろい視点なので、いつか確かめてみたいと思っていたんですけど、フジの花って高いところに咲くので、なかなか観察するのが大変なんですね。今年、インスタグラムでずっと花の写真を撮っていて気がついたのは、ヘクソカズラという植物も垂れ下がって咲くんですけど、これは比較的観察しやすい。今、ちょうど咲いていて、これを使ってダーウィンの『花の受精』に書き残した疑問を検証できないかなと、ふと1週間ぐらい前に思いつきました。今後、この検証をぜひ、やってみたいなと思っています。

●花と虫の駆け引き

もうひとつ、ダーウィン説で説明がつかない現象がある。先ほどのように、穂になって咲いているなら話は簡単なんですけど、花がたくさん群れて咲いているような場合です。動画はイシガケチョウというチョウが、ネズミモチの花に来ているシーンですけど……、飛びましたよね。でもこれ、同じ木の別の花に行っているので、自家受粉なんですよ。「あ、飛んだ」と思って、隣の株に行くのかなと思って追跡してみると、同じ株なんです。このように、多くのチョウはあまり移動しないんです。アゲハチョウはよく移動するんですけど、イシガケチョウとかルリシジミとかは、割と同じ株の中にとどまる時間が長いので、木から木に花粉を運ぶ効果があまり強くないんです。

それに比べて、なぜかマルハナバチは、とっても勤勉で、いくつか花を回ったら、すぐに隣の株に移動するんです。でもそれは虫側から考えると変な話です。もっと、ひとつの株の中で丁寧に回った方が、少ない時間でたくさんの蜜や花粉を集められるはずなのに、どうしてそうしないのか。それに関しては、私と大学院生の大橋君(現在、筑波大学講師)で研究をして、一応、答えを出しました。マルハナバチは花を回るときに、私たちでいう「短期記憶」しか使っていなくて、たくさん花を回っていくと、自分が1回行った花にもう1回行っちゃうということがよく起きるんです。そうすると空(から)の花に行くことになりますから、同じ株にとどまる時間が長いと、それだけ空の花に行く率が高くなる。それを避けるために、3つ、4つ回ったら、隣に移るという行動をしていると考えられます。マルハナバチは短期記憶に頼っているので、隣に移る方が合理的な行動になるので、よく移動するのだとわかりました。植物の方は、昆虫の行動を操作して、隣花受粉を避けて、自分の遺伝子をたくさん残すことを追求しています。昆虫の方は、単位時間当たりの花粉や蜜の収穫量を最大にする行動をしていて、利害は必ずしも一致していない。時として利害が食い違うんですけども、両者の間で駆け引きがあって、多くの場合、植物側がうまく虫を使っています。そうやって成り立っているのが、花と昆虫の関係です。

●変化を促進する有性生殖

今まではハナバチとアブの話でしたが、じゃあチョウはどうか。チョウの場合、アゲハチョウが一番よく飛ぶんですね。アゲハチョウというのは長距離を飛び回るチョウで、花粉を運ぶ効果が非常に強い。ガの仲間では、スズメガというのが非常によく花から花へと移動する習性があります。ニッコウキスゲの仲間のハマカンゾウは、昼に咲きます。朝5時ぐらいに咲いて、夕方5時ぐらいにしぼむ。赤い花で匂いがなくて、アゲハチョウがやってきます。ユウスゲの方は夜に咲きます。夕方5時ぐらいから咲き始めて、黄色い花で、匂いがあって、スズメガがやってきます。写真は、ハマカンゾウにナガサキアゲハが来ているシーンです。実はこの花は、ハマカンゾウとユウスゲをかけたF1雑種なんですけど、ユウスゲにそっくりの花になります。スズメガの仲間のホシホウジャクやコスズメが来て、蜜を吸い、花粉を運んでいきます。この2種類が一緒に生えている場所が、長崎県の平戸島にあります。そこで開花時間などを観察してみると、夕方6時から8時ぐらいまでは、ちょっと重なっています。ハマカンゾウとユウスゲを交雑すると、F1雑種はユウスゲにそっくりになりますけど、ちょっと花に赤みがありますね。その次の代、雑種第2代になると、ハマカンゾウ的な花から、キスゲ的な花まで分離をします。人工交配して雑種を作って実験しましたが、花が咲くまでに3年かかるので、F1雑種が咲いたのがようやく3年目でした。モニターに出しているのは、3年目に花が咲いたときに、ハマカンゾウと、それから花がもっと黄色っぽいF1雑種とを使って実験したときの写真です。黄色いところに、キスゲの黄色い花を置いてあります。白いところに、赤い花のハマカンゾウが置いてあります。鉢がこの四角に1個置いてあると考えてください。そうすると、7月27日午後5時25分に、ナガサキアゲハがやってきて、ほとんど赤い花を回って去っていっているのがわかります。たまに黄色に行くけど、ほとんど赤を選んでいる。それに対してスズメガ、コスズメの方は、黄色いところを選んでいっているのがわかりますね。

ところが観察を重ねていると、このスズメガというのは、実にいい加減だということがわかってきました。最初は黄色ばっかりに行っていたんです。次に来た7時36分ぐらいも、けっこう黄色に行っていたんですが、7時40分ぐらいになって、けっこう赤に行くようになりました。次、黄色に行ったかと思ったら、また赤に行って、気まぐれな行動をした。その後、かなり実験をやったんですけど、スズメガは別に、特に黄色が好きだというわけではないという結論に達しました。ある年、アゲハチョウとかガが訪花したあと、めしべを取ってきて、めしべの上についている花粉を遺伝子分析するという実験をやったんです。その実験をやるために、めしべを取ったあとで、また新しい花に入れ替えてという実験をやったら、なんと、スズメガは赤い花をいつも好むようになったんです。要は、蜜がたっぷりある花を用意してやると、赤い花でも好むようになる。最初の実験では、昼間からずっと実験をやってきているので、夕方になると赤い花のハマカンゾウに蜜はあまり残っていなかったんですね。だから新鮮な蜜の多い黄色い花にまず行ったんだけど、ひととおり黄色い花を回って吸い尽くしちゃうと、次に赤に行ってみて、また黄色に行って……ということのようです。

では、どうしてキスゲ、ユウスゲは黄色い花をつけているのか。これが謎になってきました。アゲハチョウは赤を好むのは、はっきりしています。アゲハチョウの目の網膜のタンパク質を調べてみると、4種類あるんですね。紫外光を見るタンパク質と、青と緑と赤。光受容体といいます。スズメガは紫外光が見えて、青が見えて、緑が見えるんですけど、赤はほとんど見えない。緑を見るタンパク質で、かろうじて見ている。生得的な好みは青だということがわかっています。

なんで黄色なんだという謎は、2年ぐらい前に解けました。紫外線を通すフィルターを使って、紫外線が見える虫の目で見て、花がどう見えているかを撮ったのがモニター下側の写真です。そうするとキスゲは、花の真ん中に紫外線を吸収して、虫の目に黒く見える、蜜がここにあるよという印がくっきり見えます。それに対してハマカンゾウは、紫外光を見るレンズで見ると、ぼやっとしています。これは、花一面に赤い色素があるので、それが蜜のある場所を覆っている。スズメガにとっては、アントシアニンという赤い色素がない方が、コントラストがはっきり見えて、それを好んでいるんだとわかりました。ですから、実は黄色い花を好んでいるというわけではなかったということです。

あと開花時間ですが、ハマカンゾウは朝の4時、5時ごろに咲いて、キスゲは夕方の6時ぐらいに咲くんですが、これが雑種をつくるとどうなるかというと、実はリズムがまったくなくなります。F1雑種、第1代があって、2代目になると、またリズムが分離してくるんです。夕方に咲くのと、朝に咲くのが多くなりますけど、F1ではまったくリズムがなくなります。同じ株の中でも、朝咲いたり、昼咲いたりします。どうしてそういうことが起きるかというと、これはちょっと細かい話になるので、少しだけ話して次に行きますけど、私たち動物に、およそ24時間の時計を刻む遺伝子があります。大きくいって2種類のタンパク質を作る遺伝子が、お互いに制御しあって、朝に片一方のタンパク質が増えて、夜にもう片一方が増えるというのを繰り返している。動物であれば自律神経とも連動して、私たちの生活のリズムを作っているんです。その時計遺伝子ですが、実は花では、植物体全体の時計のほかに、花時計の遺伝子が進化しているようです。その花時計の遺伝子が、キスゲとハマカンゾウで違っていることが最近わかってきました。雑種をつくると、朝増えるタンパク質が結合する遺伝子領域と、夜増える遺伝子が結合する遺伝子領域の、両方を持っている状態になるので、いつでも開花のスイッチを入れる遺伝子がオンになってしまいます。このために時計が働かなくなるということのようです。

こういうわけで、キスゲとハマカンゾウは、花の虫に対する適応を研究する上ではとてもいい材料で、今、詳しく調べているんですけども、開花のスイッチを入れる遺伝子と、花を閉じるスイッチを入れる遺伝子があって、どちらも時計遺伝子でコントロールされています。それから香りは、テルペノイド系の香りと、ベンゼン系の香りとあって、少なくとも2種類の遺伝子があります。色に関しても、赤い色素をつくるのがアントシアニンで、花弁の地の色をつくっています。それから紫外線を吸収したりしている部分はカロテノイドですね。少なくともこれら6つの遺伝子が、ハマカンゾウ型からキスゲ型に変化しないと、夜咲きという状態は進化しない。これは、とても面倒な話で、無性生殖で進化しようとすると、ある個体の子孫に6回、1回目は開花のスイッチの遺伝子が変化して、2回目は閉花の遺伝子が変化して、3回目はテルペンの匂いの遺伝子が変化してと、6回都合のいい変異が起きないと進化できない。でも有性生殖で組み換えをやると、ほかの個体が獲得した変異を組み合わせることができますよね。で、そういうことが起きたんじゃないかと思って、あちこちの野外で調べてみると、ハマカンゾウとキスゲが実は野外で交雑をして、夕方、まだハマカンゾウが咲き残っているときにキスゲが咲き始めて雑種を作ってということがよくあります。どうもそういうときに、遺伝子が入れ替わることが起きているらしいというのがこの結果です。さっきはミトコンドリアの話をしましたけど、植物には葉緑体というのがあって、ここにもDNAがあります。葉緑体のDNAは母親だけから(種子だけから)伝わります。花粉では伝わらない。

それで見てみると、黄色というのが1ヵ所にまとまっていない。だからキスゲの花を持っている、黄色い花を持っているやつが1ヵ所にまとまらなくて、葉緑体の系統樹ではあちこちに散らばってしまう。それから、赤い花の中に黄色の丸が下のほうにありますけども、そういうのは、花はキスゲなんですけど、葉緑体ではハマカンゾウです。だから雑種の子孫だということがわかります。まだこれから研究を詰めないといけないんですが、ハマカンゾウ的な性質を持っているものと、キスゲ的な性質を持っているものがしょっちゅう交雑して、遺伝子をやり取りしていることがわかったので、おそらく進化のプロセスでは、ある場所で赤い色素を失ったような性質が現れて、別の場所で匂いを出すようなのが現れて、それが交雑して、匂いを出して黄色い花というような状態ができると。そういうふうにして、有性生殖の組み換えをする進化の速度が早くなる。これが病原体に対する「赤の女王仮説」と似た考えです。そういう有性生殖の組み換えというのがあって、進化が早く進むんだろうと、このキスゲの研究からわかってきました。

●「森を動かした」九大キャンパス

ラストスパートに入ります。紹介させていただいているように、4月から毎日伊都キャンパスで花の写真をひとつ撮って、インスタグラムにあげる暮らしを続けているんですけども、4月に撮った花の写真があげてあります。サクラの季節ですね。5月になると、クリの花とか、センダンの花とかが咲いて、6月になるとネムノキとかが咲き始めて、芝生ではネジバナとかが咲いて、7月にはツユクサが咲き始めて、8月になるとヒルガオが咲いたり、カラスウリが咲いたり。伊都キャンパスで、建物を建てる場所の森を残すために、特殊な重機を使って、1.3haの森を動かすという、とんでもないことをやったんです。で、森は動いたんですが、モニターのグラフは、そこでちゃんと花がずっと咲き続けて、ハナバチがずっと暮らしていけているかどうかを確かめるために取ったデータです。これを見ると、3月の末ぐらいから8月にかけて、途切れなく花が咲き続けているのがわかると思います。これが、とても重要なんです。マルハナバチなどは、3月から7月ぐらいまで活動します。コマルハナバチでそのぐらいで、オオマルハナバチとかトラマルハナバチは3月ぐらいから10月ぐらいまで活動します。花の蜜源がなくなってしまうと、家族が困ってしまう。ですから、こういう花がずっと咲き続けることで、ハナバチが暮らせていることになります。キャンパスの中の主な樹木の送粉昆虫を、去年、学生に手伝ってもらって調べたんですけど、木によって、スダジイには甲虫がよく来て、ノイバラとかネズミモチとかはハナバチがよく来る花です。ハナバチは、スダジイには来ていないですけど、ほかの植物には大なり小なり来ていて、とっても重要なポリネーター(pollinator=送粉者)になっています。

ハナバチと花ごよみの関係を、今、調べているんですけど、そういう研究からわかってきたことを紹介します。高木というのは小さな花をたくさんつけます。そして、たくさんの昆虫がやってきます。カラスザンショウ ――今、ちょうど咲いていますけど、高いところに咲くのでなかなか写真撮れないんです――、こういう高木の花の一方で、低木の花というのは、花が大きくて、蜜や花粉も、特に蜜がたくさんあります。クサイチゴとか春先に咲く花ですけれど、花が大きくて、蜜がたくさんあります。ネズミモチでは、花自体は小さいけど、蜜の量が多いので、頻繁にハナバチがやってきます。こういう関係を、ネットワーク理論というので分析できるんです。どの花にどの虫が来たというのを詳しく調べて、それをネットワーク分析してみると、ハブとかコネクターとかを決めることができます。ハブというのは集客力がすごく高くて、いろんな昆虫がやってくる花です。春だったらクサイチゴ、夏だったらサンゴジュ、今頃だったらタラノキですね。ネズミモチという植物はコネクターといって、たくさんの虫がやってくるだけでなくて、季節と季節をつないでいる植物だということがわかってきました。こういうのが、花と昆虫のネットワークの中で、中心になっています。

●花と虫のネットワークの中心にいるのは、頑張る「低木」

この結果で、私がとっても気に入ったのが、個体数が少ない低木が花と昆虫のネットワークの中で、中心になっているという事実です。クサイチゴは高さ1m程度の低木で、名前のとおり、草と言っても構わないような植物です。サンゴジュというのは庭木なんかでよく使い、高さ5mくらいになりますけど、キャンパスの中では低木ですね。2、3mで咲いています。それからネズミモチもそうですね。タラノキもそうです。みんな低木で、個体数もそんなに多くない。このような個体数が少ない低木は、高木のように花数もそんなに多くないので、努力しないと虫は来てくれないんですよ。高木はなにしろ体が大きくて、樹高15mぐらいになっていて、たくさん花をつけているので、努力しなくても虫が来てくれるんですね。(スーパーマーケットの)イオンみたいなものですよ。まあ、イオンも努力はしていると思うんですけども、それに比べて、ほぼ日さんとかすごい努力されているじゃないかと思います。特色を出して、固定客を付けてとか、そういうやり方を小規模のところはやっている。大規模な店は、もちろん宣伝かけていますけど、ほっといても利用客が来てくれるような面がありますよね。高木というのはそれに似ています。低木は、かなり努力をして、固定客、マルハナバチとかに来てもらっている。生態系の中で、光合成とか、水利用とか、呼吸とか、そういう生態系の機能をはかると、だいたい高木の貢献が大きい。図体がでかい高木で生態系の性質が決まっちゃうんですけど、花と昆虫の関係を見ると、そういう高木のいわば大企業ではなくて、中小企業ですごく特色を出して頑張っている種類が、花と昆虫のネットワークの中心になっているというのがわかってきました。生態系の中で数が少ない種類、あるいは植物体が小さくてマイナーな種類が、実は大事な役割を果たしているというのがデータで示せて、私はとっても気に入っています。

もうひとつのポイントは、ツルの花です。秋の七草のひとつのクズの花や、テイカカズラというとてもいい香りのするキョウチクトウの仲間の花です。どっちも、けっこう変わった花です。このように、ツルの花というのは、花の形がすごく特殊化しています。テイカカズラはスズメガがやってくる花です。昼間、たまにチョウが訪花し、それからスズメガの仲間の昼間も飛ぶ種が来ます。クズの方は花の蜜があるんですけど、中の蜜を吸おうとすると、かなりしっかりした大顎でこじ開けないと花が開かない。クマバチとか、ハキリバチというような、口吻は短いけど顎がしっかりしたハナバチだけが蜜を吸います。このように、特別なパートナーと関係を結んで、花の形がすごく変わっているのがツル植物です。それも納得の結果で、ツルというのはあちこちにあるわけじゃなくて、条件がいいところで高木の上までよじのぼって、森林全体からいくと、高木のスダジイの花はあちこちに咲いていますけど、テイカカズラの花とかクズの花とかは、林のへりとかに点々と咲いているんですね。そのため、すごく努力をして、虫を呼んでいます。

それから、木の花は草の花より短く咲く傾向があります。モニターに出しているのは、木の13種類と多年草の15種類を比べたグラフです。草の花のほうが、開花期間が長い傾向があるのがわかります。何気ないことですけど、サクラの花とかすごく短くて、それに比べて、ハルノノゲシという植物なんか、4月ぐらいから今でも咲いていて、長いわけです。どうして木の花が短いか。木、多年草、一年草の開花時期を比べてみると、木の開花期間は平均で30日ちょっとぐらい。多年草だと60日ぐらいになりますから、倍近くになります。個体ごとに開花期間を調べて、そのばらつきを調べてみると、木はばらつきが非常に小さい。それから同調性(木と木の間で、どのくらい同調しているか)を調べてみると、木の方が、同調性が高いのがわかります。ですから、サクラなんかイメージしてもらったらわかるんですけど、木はどの木も、だいたい同じタイミングで咲いて、ばらつきがすごく小さい。それに対して草は、ある個体が咲き始めて、ほとんど咲き終わっているころに、別の個体が咲き始めてという違いがある。どうしてそういう違いがあるのでしょうか。

先ほどの、どうしてマルハナバチがすぐに隣に移るのかという疑問と関係しています。モニターのグラフは、横軸がフジアザミという植物の植物個体あたりの頭花——キクの仲間なので、花に見えるのが、たくさんの花の集まりなので頭花といいます—— で、大きな株になると20、30つけます。横軸の目盛りが35までありますね。縦軸は、マルハナバチがやってきたときに、その株の中でいくつ頭花を回るかという数です。目盛りを見てもらったらわかるとおり、1、2、3です。20とか30とか咲いていても、実は2つぐらいしか回らずに、隣の株に移ります。植物にとっては、とてもありがたい行動です。でも虫の行動としてはちょっと変です。もうちょっと真面目に、同じ株の中で丁寧に回った方がよさそうに見えます。

どうしてそんなことをやっているのかを研究して、論文に書いた Ohashi & Yaharaモデルというのがあります。1999年の研究ですけど、短期記憶という心理学の概念を、昆虫の行動の研究に使った、ほぼ初めての研究じゃないかと思います。これに気がついたのは、私が東大の駒場の助教授をやっていたころ。駒場の東大生に、毎年サツキの花を使って実習をやっていたときです。サツキの花にはコマルハナバチがよくやってくるのですが、コマルハナバチって空飛ぶぬいぐるみみたいでかわいくて、つかまえてマーキングする実験も簡単にできて、とっても観察しやすいんです。その実習で、サツキの花に蜜を足す実験をやったことがあるんです。上の弁に細い毛管現象で蜜が上がってくるところがあるんですけど、そこに50%ぐらいの蜜を作って足してやると、マルハナバチがそこにやってきます。そして、蜜をたっぷり吸って、重くなって飛ぶんですけど、ブーンと飛び上がって、「あ、重い」って感じで、1回少し落ちながら、一生懸命頑張って飛んで巣に帰って、1分後ぐらいに巣から戻ってきます。その時の行動を見ていると、蜜があった花の近くまで、ほとんどまっしぐらにパーッと来るんですよ。だけど、その花の周りで「あれ、どれだったっけ? こいつだっけ? こいつだっけ?」といって探すんですね。それを見ていると、およその位置まで覚えているけど、正確には覚えていないなというのがわかりました。それがヒントになって、ひとつの株の中で回る花の数に対して、同じ花に行く回数を調べてみると、4個、5個もあったら、もうそのうち1つは1回行った花という結果になっちゃうんです。そのくらい、短期記憶しか使っていない。今いる花と前の花は覚えている。でもそれ以外はようわからんという、そういうやり方をしているので、隣の株にできるだけ早く移った方がいいということになります。

数式を使って、どのくらい回ったら隣に移った方がいいかを予測したんですけども、そのときのポイントは、隣の株が近ければ、すぐに移った方がいいだろうということになります。隣に移るコストがそんなにかからないので。でも隣の株が遠く(たとえばこの部屋の向こう側)の場合だと、少しぐらい同じ花に行く間違いを犯しても、少し多めに回って、そのあと頑張って遠くへ飛ぶほうがいいということになりました。示しているグラフの横軸が、「その株がつけている花数」で、縦軸が「いくつ回ったら隣に行くか」という数です。すぐ隣に別の株があるときには、さっさと隣に行ったほうがいい。だからグラフの傾きが低いです。でも、点々と生えているとき、隣に移るまでに遠くに飛ばなきゃいけないようなときには、株がつけている花数が多くなると、それだけたくさん回るようになると予測されます。この予測を、フジアザミを使って検証したのが、もうひとつのグラフです。ほとんどモデルの予想どおりの結果になりました。マルハナバチは、植物の密度をちゃんと経験的に見積もって、密度が高いところでは1つか2つしか回らずに次の株に移って、密度が低いところでは、3つ、4つ回って移っていることがわかりました。どうしてすぐに隣に移るんだろうということは、ダーウィン以来、今まで謎だったんですけども、その謎がひとつ解けたかなという気がします。

●今も起きている花の進化

最後ですけども、今も起きている花の進化を紹介します。これはダーウィンが知らなかったことです。先ほど、スパルティナ(ヒガタアシ)という外来雑草の例をあげましたが、もっと写真に映える例を出すと、オオマツヨイグサ(Oenothera erythrosepala)というマツヨイグサ属の植物が、日本国内でもあちこちに生えています。これは実は、北米原産のフッカーマツヨイグサ(O. hookkeri)という種類と、やはり北米原産で日本に帰化しているメマツヨイグサ(O. biennis)という種類がヨーロッパで交雑をしてできて、それが世界中に広がったという例です。

写真は日本発の外来雑草。日本のイタドリ、これは関東にも普通に生えています。それからオオイタドリは、東北から北海道に分布し、札幌あたりだとごく普通に生えています。これが、ヨーロッパで交雑をして、雑種にボヘミアイタドリという名前がついています。ボヘミアで名前がつけられたんですね。イタドリは染色体数が88本で、オオイタドリは44本なんですけど、このボヘミアイタドリは66本持っています。これが強害雑草になりました。英国のイタドリ駆除会社のウェブページを見ると、一番上に、ボヘミアイタドリはオオイタドリとイタドリの雑種だという解説があって、「こいつが入ってきたら駆除してあげるから、連絡してね」と電話番号が書いてあります。こうやってできたボヘミアイタドリが、ヨーロッパから、今度アメリカにわたって、アメリカで増えています。ダーウィンは進化というのは自分で観察できないと思っていたんですけど、実はダーウィンが生きていた時代にもこういう交雑が起きて、新しい種が生まれていたということがわかりました。

そういう例は、実は日本にもあります。先ほども紹介しましたけども、2倍体で有性生殖をするニホンタンポポと、ヨーロッパから入ってきた3倍体で無性生殖をするセイヨウタンポポが雑種を作った。都内でセイヨウタンポポのような形をしているタンポポは、実はみんな雑種です。セイヨウタンポポというのは総苞片(そうほうへん)といわれる、ガクのような葉の細くなったものがひっくり返るんですね。ニホンタンポポはひっくり返らない。それで区別していたんですけど、雑種はひっくり返るので、それでは区別できない。正確な判定をするために遺伝子を調べてみると、ほとんど雑種だった。それでニホンタンポポと雑種タンポポが混生している場所で、ニホンタンポポの種子をたくさん取ってきて、その中からまた雑種が出てくるんじゃないかと考えて調べました。大学院生が頑張って調べてくれたんですけど、「1000ぐらいまけば1つぐらい出てくるよ」と言ったんですけど、数百のうち1つ雑種が出てきました。その1つでなんとか論文を書けたからよかったんですけど、すごいギャンブルなテーマを出しました。その研究から、確かにニホンタンポポの種子から雑種が出てきて、今も交雑が起きていて、その種子から育った植物は、ちゃんと無性的に種子をつけることまでわかりました。セイヨウタンポポも雑種も3倍体なんですけど、3倍体が2対1に減数分裂をして、2の花粉がニホンタンポポにつくと、また3倍体ができるということのようです。4倍体もあるんですけど、4倍体は、なぜか花粉がまったくできないんです。3倍体は花粉ができて、しかも2対1で減数分裂をするという、そんなのありかよというようなことをやっています。やっぱり、机の上で考えていたことというのは、なかなか現実に合わないことが多いですね。現実の方が、意外性が高い。そういうわけで、日本で和洋折衷の雑種タンポポができて広がっています。

タンポポはいろんな病気にかかります。うどんこ病とか。ヤブマオとかヒヨドリバナでは、病気と植物の相互作用の研究が、なかなか難しくてできなかったんですけども、タンポポでは今、できてきています。タンポポの免疫系の遺伝子を調べることができる時代が来ました。モニターに出した系統樹は、タンポポが持っている免疫系の遺伝子で、タンポポ特有の遺伝子が進化しているのがわかってきて、そのニホンタンポポに特有の免疫系の遺伝子が、交雑タンポポに入っていってることがわかってきています。ですから、私たちがセイヨウタンポポと思っていたのは、実はセイヨウタンポポとニホンタンポポの雑種で、ニホンタンポポが日本の病原体に適応した遺伝子をいろいろ持っているわけですけど、それを取り込んで、日本の病気に強くなって、なおかつ無性生殖で増えるという性質を獲得した「スーパータンポポ」だということがわかってきました。

余談ですけど、台湾から来た留学生が、外来種、外来生物の研究をしたいといってきたので、最初は花と昆虫の関係の研究をやってもらっていたんですけど、実験をやっている途中で、ニホンタンポポは片っ端からナメクジに食われちゃいますというので、「それ、おもしろいよね」って言って、そちらの研究に切り替えてもらったんです。それで、ナメクジで学位論文を書いてくれました。この研究で初めて知ったんですけど、私たちの庭とかにいるナメクジは、今やすべてチャコウラナメクジというヨーロッパ原産のナメクジに置き換わっていて、日本古来のナメクジはほとんどいなくなっているそうです。チャコウラナメクジが、おそらくセイヨウタンポポと共進化したんだと思います。セイヨウタンポポはナメクジに上がってこられないように、ナメクジ返しとして総苞片をひっくり返した。ニホンタンポポはチャコウラナメクジとの進化の歴史を持っておらず、そういう反り返った器官がないので、ヨーロッパ原産のチャコウラナメクジは簡単に上に登っていって、花をどんどん食ってしまいます。実際、ニホンタンポポとセイヨウタンポポをセットで温室に置いて、ナメクジを60頭も集めてきて放してやると、カンサイタンポポ、ニホンタンポポは全部食われちゃったけど、雑種タンポポはひとつも食われなかったという実験結果が出ました。よじ登るのにかかる時間を調べたんですけど、それはあまり変わらないんですよ。だけど反り返っているところを通るのに、雑種、つまり総苞片が反り返っている方は、100秒(1.7分)ぐらいかかった。でも、カンサイタンポポの方は易々と上ってしまって、食っちゃう。総苞片がひっくり返ったタンポポがどこで進化したかを調べてみたんですけども、タンポポの故郷はコーカサス、西アジアと中国の境界付近と考えられています。それからイランを通って、ヨーロッパに渡った系統と、中国から日本に渡ってきた系統があるんですけど、ナメクジ返し(総苞片がひっくり返っている性質)はイランあたりでかなりたくさん見られて、ヨーロッパの種類の2/3ぐらいが持っていました。中国にはちょっとありますけど、日本や韓国、台湾の種類は、みんな持っていないことがわかりました。ひっくり返った総苞片はおそらく、ナメクジ返しとして進化したんじゃないかなと思います。

●ダーウィンの「なぜ」「どうして」

最後のスライドです。ダーウィンがいろんなアイデアを本の中で書き込んでいるんですけども、そのアイデアに共通しているのは、「なぜ」という問いかけです。動物、植物共通して、たとえば「シカはなぜオスだけ大きな角を持っているんだろう」とか、「クジャクはどうしてオスだけあんなきれいな羽を持っているんだろう」とか、「どうして他家受粉するんだろう」とか、そういう「なぜ」「どうして」という問いを、いろんなところで問いかけています。私が好きな例として、花じゃないんですけども、最後にイヌとネコの話をちょっとやって終わろうと思います。ダーウィンが『人間と動物の感情表現』という本を1872年に書いている。この中で、「なぜイヌはしっぽを垂らして甘えて、ネコはしっぽを立てて甘えるんだろう」という問いかけをしています。よく気がついたなと思うんですけど、確かにイヌは体をくねらせて、しっぽを垂らして甘えますよね。それに対してネコは、体を突っ張って、しっぽを立てて甘えてくる。それを「なぜだろう」と考えたところが、ダーウィンのすごいところかなと思うんです。

ダーウィンの考えた仮説はもっとすごい。イヌは群れて敵を追いかけるハンターで、敵を追いかける攻撃ポーズのときには足を突っ張ってしっぽを立てている。それと反対の姿勢と考えれば、くねくね行動が理解できるんじゃないかと。ネコの方は、待ち伏せ型の捕食者なので、体を低くして、しっぽを垂らして、体を丸めて獲物を狙っている。それとまったく反対のことをしていると考えると、理解できる。これはその後の研究で確かめられています。動物が敵に向かっているときには、脳内にアドレナリンやコルチゾールが出まくって、瞳孔が開いています。血圧も、脈拍も、血糖値も上がります。人間も緊張するとそういうふうになるんです。これは、「戦うか逃げるか反応」と言われ、アドレナリン出まくり状態です。この状態を抑えるのは、オキシトシンというホルモンです。聞いたことがあるかもしれませんね。「幸せホルモン」とか、「信頼ホルモン」と言われています。それが出ると落ち着くんですね。もともとお母さんが子供に授乳するときなんかに出るホルモンです。

動物の違う個体が出会うと、基本的に緊張する仕組みになっています。だからアドレナリンがピッと出て、コルチゾールがピッと出て、緊張するんですけど、オキシトシンでそれを抑える。私たちはこの仕組みを使って、みんなで協力をしたり、お母さんが子供を育てたりできるようにしています。イヌとかネコが飼い主に甘えているときには、オキシトシンが出ています。そういうわけで、ダーウィンの仮説は、基本的に正しかったんですけども、そういうように、動物の行動にせよ、花のふるまいにせよ、「なぜだろう」という問いかけをして、それに答えを見つけていくのが、ダーウィンのアプローチでした。そのアプローチは、今でもとても有効です。私は「決断科学」というプログラムで7年間、人間のことについてずいぶん調べてきたんです。どうして私たちはゴシップ好きなんだろうとか、なぜ人の悪口を言うんだろうとか、なぜ人助けをすると気持ちがいいんだろうとか。一方で、どうしていじめってあるんだろうとか、いろんなことが「なぜ」という問いをすることで理解できます。今日は花の話しかしませんでしたけども、人間を理解する上でも、ダーウィンの考えはとても大事で、とても大きな贈り物をわれわれにくれているのかなと思います。

最後に、花のテーマとちょっと関係ないので、質問しにくいという方がいらっしゃるという話を聞いたのでお答えします。食虫植物がある葉っぱで餌を取ったときに、ほかの葉に栄養を送る仕組みというのがあるのかなという質問ですが、それ、あります。ただ、植物は動物と違って、脳がないので、どこが指令するというわけじゃなくて、シンク・ソース関係といって、あるところにたくさん栄養があり、別のところにはない。そうすると、ないところがシンクになって、あるところがソースになって、ないところに流れていくという仕組みがあります。司令塔なしで、多いところから少ないところに送るという単純なやり方でやり取りしていることがわかっています。その他、なにか不思議なことがあれば、私に聞いていただければお答えします。

受講生:何年か前に、タケシマヤツシロランという、光合成をしない植物が発見されたというんですけど、それって進化の過程でそうなったんですか。光合成って植物にとっては、必ず必要なものだと習ってきたんですけど、実際は光合成なんか植物にとってはけっこうコストがかかるものなんでしょうか。
矢原:実は私もヤクシマヤツシロランというのを発見していて、それも光合成をしない植物です。その前に、もっと小さな植物なんですけど、ヤクノヒナホシという、屋久島にしかない、光合成をしない植物を新種として発表しています。タケシマヤツシロランを見つけたのは神戸大の末次健司さんという方ですけれども、そういう光合成をやめた植物ってけっこうあります。どういうふうにしてやめたか。まず光合成はしながらも、地下の菌から栄養をもらう植物はいっぱいあるんですよ。ランの仲間は一般にそうです。どうして地下から栄養をもらうのかというと、植物の根というのは、細いんですけど、それでもリンとかを吸収するのは、あんまり上手じゃないんです。それで、植物の根のまわりにいる菌の菌糸の方がもっと細いので、リンとかを吸収する効率が高いんですね。菌にリンを吸収してもらって、植物がそれをもらっているというのがわかったんです。そういう菌糸が、たとえば森林では木と木の間にも張り巡らされている。聞かれたことがあるかもしれませんが、実は森林というのは「菌糸でつながっているネットワークだ」ということがわかっています。そうやって菌に助けてもらって、菌に時々炭水化物のお返しをするような関係が一般にはあるんですけれども、中には植物の方が手を抜いて、光合成を少しずつ減らしていった種がいます。最初は菌に炭素をあげて、そのかわりに菌からリンをもらっていたのを、炭素もあげずに、リンをもらうという、さらには炭素ももらうというせこいやり方をするようになったのが、菌寄生植物です。そうするとだんだん光合成をやめちゃうんです。少しだけ光合成を残したようなやつとか、全部やめちゃったのだとか、いろんな関係があります。最初は共生関係にあったのが、手を抜いて寄生に変わるというのは生物の進化を通じてよくあります。

受講生:蜜を作らずに、擬態で虫を寄せるというのがあるということだったんですけど、そもそも蜜というのは昆虫を引き寄せるためだけに作っているということで、それをやめてしまうということは、別の方にエネルギーをもっていくと、コストというか、生き残りの戦略としてはよかったので、擬態の方に行ったということなんでしょうか。
矢原:ある程度稼ぎがいい植物(明るいところに生えていて、光合成で炭素をどんどん稼げるような植物)だと、炭水化物がけっこう余ったりするんですね。樹木は、けっこう余っています。だから窒素とかリンは足りないんだけど、炭素はけっこう余っていて、それで樹液をよく出します。あれは余った糖分を外に垂れ流している状態なんです。たとえば、モミの木は針葉樹で、昆虫媒花じゃないので蜜を出さないんですけど、樹液ではけっこう糖分を出すんです。ヨーロッパではモミの木の蜜というのが販売されています。それはモミの木の樹液から集めてくる、あるいは場合によってはモミの木の若い枝にアブラムシがつくんですけども、そのアブラムシが出す甘露を蜂が集めてくることで作られる蜂蜜なんです。そういうわけで、余っている場合もありますけど、ツルランとかは、林の下のけっこう暗いところに生えていますから、そういうところの植物は、やっぱり炭素も不足しがちなんですよね。そういう植物にとっては、蜜を作らずに炭素を節約するのが、かなり有利になるんじゃないかなと思います。ランの仲間は、蜜を出さずに、せこいことをやっているケースが多いです。

受講生:同じような植物が雑種を作る例を見せていただいたんですけど、たとえばキスゲとハマカンゾウの雑種が植物として定着して、キスゲとハマカンゾウを、ニホンタンポポみたいに、ほとんど追いやってしまうようなことはあるんでしょうか。
矢原:雑種が不稔になる場合、たとえば花粉ができないとか、種子ができない場合には、雑種をつくると子供が残らないので、一方の種が追いやられて、どっちかになっちゃうんですね。たとえばニホンタンポポとセイヨウタンポポでもそういうことはあるんです。セイヨウタンポポがたくさん生えていると、セイヨウタンポポの花粉がニホンタンポポについちゃって、ニホンタンポポの種子のでき方が悪くなるという、繁殖干渉と呼ばれる現象があります。そういう繁殖干渉があると、2つの種類の分布が分かれたりするんです。ただ、植物では多くの場合、近縁な種がお互いに交雑しちゃうことが多くて、そうすると雑種の子孫が残っていくんです。それで遺伝子がある程度、2つの種類の間を動いたりすることがある。植物の場合、むしろそっちの方が多い。私が大学院のころには、植物はそういうふうにすぐ雑種を作るけど、動物はあんまり作らないといわれていたんですけど、結局そんなこともないというのがわかってきました。典型的には、私たち人間ですよね。6万年ぐらい前に、ホモ・サピエンスがアフリカから出て、4万年ぐらい前にヨーロッパに行った。そのころにネアンデルタール人と交雑をして、私たちのゲノムの中の2%ぐらいは、実はネアンデルタール人からもらった遺伝子が入っているのがわかっています。ですから、そういうふうに違う種の間で遺伝子が動くのは、植物だけでなくて、かなり一般的にもある。交雑した子孫が、全然子供を残せないという状態になってしまうと、そういうことが起きないんですけども、多少子供が残る場合は、そういうことが起きちゃうということです。
受講生:ありがとうございました。
矢原:ご清聴ありがとうございました。

おわり

受講生の感想

  • 白状します。私は、この年齢になるまで 「ニホンタンポポはセイヨウタンポポに駆逐されて数を減らした」 と信じていました。「交雑の結果セイヨウタンポポの形質を受け継いだ子孫が増えて、ニホンタンポポの形質を持つ個体が激減した」とは考えもしませんでした。園芸や農業の世界ではかけ合わせで新しい品種を作り出しているのだから野生のタンポポ同士が交雑しないわけがない。改めて考えてみれば当たり前のことです。自分の持っている知識でも出せるはずの答えに気づけない。思い込みって恐ろしい。

  • 矢原さんのインスタグラム、拝見しました。高山植物図鑑のような素敵な写真がたくさん並んでいました。花への愛があふれています。その図鑑のような美しい写真を前に、すらすらと花の名前を紹介されていて、私は尊敬の眼差しをおくるばかり。花の気持ちになったり、蜂や蝶の気持ちになってお話しされていましたが、生殖戦略とか経済効率だとか、そんな野望を秘めて、花が甘い蜜を仕込んでいたり、蜂や蝶がランダムに蜜を吸っていたりするという視点がおもしろかったです。

  • 昆虫がだいすきなので、ナメクジとタンポポのお話や、ハナバチにできるだけ来てもらおうとお花が工夫してるお話など、たっぷりたのしめた講座でした。講座を受ける前は、「ダーウィン? いきもの好きだから、 一度しっかり学んでみたいなぁ」という静かなレベルだったのに、毎回授業を受けるたびに、知りたい欲や「おもしろい!」が爆発しています! こんなおもしろいことが身近にくりひろげられてるのか!!と、今まで以上にダーウィンも自然もいきものも好きになっていきます。

  • 刺激的でした。ニホンタンポポにはナメクジ返しがないのなら、日本の中ではナメクジとタンポポの闘いではナメクジが勝っているのか? しかし……ナメクジ同士の闘いでは日本のナメクジは外来のナメクジに勝てなかった……さらにそのナメクジをいなすセイヨウタンポポがいちばん強い……!? と、最後のお話しだけ取り出しても頭の中でああなのか、こうなのか、と疑問と感想とがぐるぐる回っています。