ダーウィンの贈りもの I 
第6回  坂口菊恵さん

人生100年時代:ポスト繁殖年齢をどう生きるか

坂口菊恵さんの

プロフィール

この講座について

繁殖年齢を終える前に寿命が尽きてしまう他の生き物とちがって、人間、とりわけ女性には、長い繁殖年齢後の人生があります。それにどう向き合うのか? 坂口さんが示してくれた数々のデータから、日本の若者たちの性行動の実態が見えてきました。若くても、新婚でも、子どもが欲しくてもセックスしない20代、30代。2019年の出生数は90万人を大きく割り込み、予想を超えるスピードで少子化が進んでいることが明らかになりました。きれいごとでなく、その背景がわかる衝撃的な授業です。(講義日:2019年8月7日)

講義ノート

よろしくお願いします。「人生100年時代、ポスト繁殖年齢をどう生きるか」というタイトルにさせていただきました。大学の学部と修士、博士課程でやっていた研究をまとめたのが『ナンパを科学する』という本で、10年ぐらい前に出たものですけれども、何を書いたかというと、道を歩いていて、必ずしも見た目が魅力的かどうかだけじゃなくて、「声を掛けられやすい人っているよね、ナンパに遭いやすいとか、痴漢に遭いやすいっていう人いるよね、それは何で判断されるんでしょう」ということを調べてみたものです。私の師匠は長谷川寿一(としかず)先生で、第1回の講師、長谷川眞理子先生の旦那さんです。「ヒトの性行動を動物の研究をするような感じで調べましょう」ということです。そのつながりで、たとえば最近話題になってますけど、同性愛とか両性愛、あるいはトランスセクシャル、当時、性同一性障害と言ったり、いまはトランスジェンダーと言ってますけど、当事者からもデータを取ったりしていました。いまのメインの仕事は、大学で理系の学生を対象に、「研究ってどうやってやるの?」とか、「科学の研究を、どういうふうに解釈して、人に伝えたらいいの?」っていう、そういう教育をしたり、ワーク・ライフ・バランスとか、ダイバーシティ教育とか、教育の情報化など、「ブレイン・コンピューター・インターフェイス」って最近もニュースになってますけれども、頭に脳波計をつけてロボットカーを走らせたり、「頭をよくするにはどうしたらいいの?」とか、そういうことをやっています。

●ちょっと長い前置き。

今日のテーマは、ちょっと前置きが長いです。おそらく今までの先生方は、「進化の考え方を、人間の行動を理解するのにどういうふうに適用したらいいか」というお話をまだされていないんじゃないかと思います。それを不用意に使うと問題が起こりますので、まず前置きを長々とさせていただきたいと思います。個別には知ってる話も多いかと思いますが、ちょっといろんな分野からつなげてみる。こういう流れでお話しさせていただきたいと思います。

「進化の階層」とか「適応のレベル」ということを、まずこういった分野で最初にお話しします。モニターに出ているのはモデルさんなので整った形をしています。「左右対称の顔は魅力的ですよ」という研究があるんですけれども、そういった時に、いろんな説明のレベルがあるという話をまずします。

『生き物をめぐる4つの「なぜ」』という、長谷川眞理子先生の本があります。元々ニコ・ティンバーゲンっていう動物行動学者が言っていて、説明は4つだけではなくて、もっとたくさん考えることもできるんですけれども、進化生物学とか進化心理学とかで特徴的なのはこういった説明です。「進化的究極要因」と言うんですけど、資料には「究極要因」と書いてますね。たとえば、「左右対称の顔の人は、これまで大きい病気とかにかかっていない、大きい病気にかかりにくいグッド・ジーン(良い遺伝子)な男性だから魅力的なんだ」というような説明を「究極要因」と言います。そういう説明をすると、「いやいや、もうちょっとメカニズム的に説明しよう」という考え方があって、それを「至近要因」と言います。普通の心理学とか生物学の説明では、たとえば認知科学でどういうメカニズムかというと、「人の知覚は対称的な刺激に引きつけられやすいんだ」という説明があります。ただ、一方の説明をしたからといって、他方の説明がなくなるわけじゃないし、排反(一方が成立するともう一方は成立しない)ではないということをちょっと頭に留めてください。他にも説明のレベルっていろいろあるんです。たとえば、「発達要因」というのがあります。「対称な顔に対する選好は、いつ頃どのように発達するか?」ということ――たとえば、赤ちゃんはどうなんだろうとか。生後3カ月、9カ月、3歳、いつ頃、対称な顔を好きになるんでしょう、と。そういうふうに調べる方法もあります。これも進化の考え方なんですけど、「系統進化要因」という説明の仕方があって、たとえばニワトリのヒヨコちゃんに対称な図形とかを見せた時に好むのだろうか、みたいなこと。必ずしも、人間だけでやるんじゃないんですね。他の動物と比較するというのも、この分野でかなり特徴的な方法だったりします。言いたいのは、様々なレベルの説明は排反ではありませんということです。

遺伝子を、ヒトの心とか行動を説明するのに使おうとすると、拒否反応を示す方がいます。最近も女子大で講義をしていた時に、たとえば、「性格特性、個人の人格というか、性格とかに対して脳が関わっているとは考えづらい。だけど、臓器移植をすると、前に臓器を持っていた人の性格が移ってくるのは考えやすいんだけど、脳でそれが決まるっていうのは考えづらい」というふうに書いてきた学生が何人かいて、ちょっとびっくりしました。今のスタンダードな神経科学とか心理学とかの考え方で言うと、行動を生み出しているのは脳ですよね。脳というのは最初から全部、アプリオリに決まっているわけじゃないんですけど、元々のベースを作ってるのは物質。DNAですよね。それの発現とかを決めるのは細胞だったり、ホルモンだったり、酵素だったりして、これは種によって特徴があったり、個人差がすごいあるんですけど、こういったものが決まりますよね。それによって、いろんな性的な反応が起こったり、神経の配線がされたりして、そうすると行動が生じますよね、ということでいろんな階層性があります。

一般的な社会学とかだと、「どういう状況にあったか」とか、「どういう社会的な環境にあったか」とか、そういったことを考えると思うんです。それだけじゃなくて、文化もやっぱり関係あるんですけど、そのベースとなっている、「それに対してどう反応するか」という個人の心理、及びその「心的器官の進化的発達」と資料に書いてますけど、ある社会的な文脈、環境の文脈に対して、どういうふうに反応する傾向があるかということには、生物学的な背景があるんじゃないでしょうか。学習のしやすさというのがありますね。いろんな情報が来たときに、すべて同じように学習しやすいわけじゃないという証拠がたくさんあります。

あとは、「環境応答性」というのがあって、要は、社会学習をするというと何か遺伝と全然排反な、関係ないものだと思われることが多いかもしれませんが、学習するということは、遺伝子が発現して神経が配線されて行動が起こるわけなので、社会学習とかもやっぱり遺伝は遺伝なんです。あとは最近、エピジェネティックスっていう言葉をよく聞くかと思います。もうすでに持っている遺伝子のなかでも、その環境によっては、それを使うか使わないかというスイッチが入ったりするので、そういったことで、「遺伝か環境か」という非常にナイーブな、たぶん古代ギリシャ以来の問いというのは、もうちょっと精緻なことに具体的に落とせるように、今は、実はなっています。

●「そういうふうにできているから」は説明にならない

モニターに出ているのはリチャード・ドーキンスさんです。『利己的な遺伝子』っていう本。読んだことがあるんじゃないかなと思います。『利己的な遺伝子』って誤解されがちなんですけど、遺伝子はすべて利己的だとか、生き物は全部利己的じゃなきゃいけないという、そういう道徳的な主張ではなくて、アナロジーなわけです。「個体は遺伝子の乗り物に過ぎない」——すごいキャッチーですよね、「利己的な遺伝子」っていう言葉は。何でこういうことを再三言わなきゃいけなかったかというと、どうしても私たちって、人間の日常的な思考だと、「個体のため」とか、「種の保存のため」とか、「民族のため」とか、「国家のため」とか、そういうふうに考える傾向があります。なので、どうしても、「自然の摂理だから」とか、「生物はそういうふうになってるから」って説明しがちなんです。たとえば、女王アリのためにワーカーアリが働くのは当たり前だと。それを疑ってなかったんですね、当時の生物学者は。しかし、協力するのは当たり前じゃないんです。アリの巣を存続させるためだから当たり前なのかというと、全然当たり前じゃない。放っておくと裏切りをするようになります。個体同士だけじゃなくて、同じ個体のなかにいる遺伝子同士も争います。というか、効率のいいのが増えていく。そうした時に、アプリオリに協力するとは言えないですね。なので、遺伝子から見ないといけませんよ、ということを『利己的な遺伝子』という本では書いている。私たちはやはり社会的な動物なので、個体の行動があったり、社会システムのなかで生活してるんですけど、社会システムはいくらでも変わるわけじゃなくて、その社会システムもトップダウンに……文化人類学とかは社会システムのほうが上なんですよね、規定因としては。私たち(動物行動学者)の考えとしては、「じゃ、そもそもその社会システムは何でできたのか」。個体の行動とか、遺伝子の拡散に役立たないなら、その社会システムは元々のものではない、と考える。すべての社会システムが適応的だと言ってるわけではないんですけど、そもそも何でそういう文化を私たちは持っているのかということを、まず下から考える。文化を持っているのは人間だけじゃないですしね。

ただやっぱり文化とか社会集団のあり方が、個体の行動、意思決定に影響すること、それがさらに遺伝子の頻度に影響することもあります。これが遺伝子と文化の共進化というもので、よくある例として、最近おもしろいのは、稲作文化とアルコールに対する耐性の共進化っていうのがあって、アルコールの飲めない遺伝子って、昔、中国の奥地のほうで誰か1人の人から、突然変異して出て来たんです。その後、中国の南のほうで稲作文化が広まって、それが日本にやってきました。そうすると、稲作文化では、どうもアルコールを飲んでばかりで仕事しない人はあまり適応的じゃなかったらしくて、稲作文化とアルコールに弱い遺伝子って、一緒に来ているんです。

あと、よくあるのは、乳糖の耐性というものです。ある程度順応はしますが、ホモ・サピエンスや他の哺乳類もだいたいそうなんですけど、赤ちゃんの時を過ぎるとお乳を消化できなくて、お腹がゴロゴロするんですね。それはネアンデルタール人の時に、すでにその遺伝子はあるんですけど、その後で牧畜をすることになって、お乳を飲んで生活することになると、お乳を消化できる、乳糖を消化できるような遺伝子が広まるんです。他におもしろいのは、シラミの進化というのがあって、元々私たち全部毛が生えてたんですけれど、いつ頃、どのくらい前に体の毛を失って、いつ頃服を着るようになったかというのが、シラミの系統を見るとわかるんですよ。元々体全体が毛に覆われていたのが、毛が失われることで、頭のシラミと陰部のシラミに分かれます。その後で、衣のシラミが出てきます。そういうのを調べていくと、どうも昔、ヒトの先祖とゴリラの先祖が交尾していたらしいとか、その陰部のシラミがゴリラのほうから来てるとか、そういったことがわかったりします。それも遺伝子と文化の共進化です。

●心は「アーミーナイフ」であって「ジャックナイフ」ではない

「心の領域特異性」というのを、進化心理学みたいな分野ではよく言うんですけど、これは何かというと、従来の社会学とか文化人類学って、文化的なルールやまわりのいろんな社会学習がトップダウンにあって、「何か教えてあげれば、何でもわれわれ変わるよね」みたいなモデルを持っているんですね。いちばんひどい例は、赤ちゃんの時にたとえば女性として生まれた人が、ずっと「男、男、男」というふうに刷り込まれたら男になるかというと、ならないですね。また、男性として定型発達で生まれた人が、小さい時に去勢をして、「女、女、女」って刷り込んだら女になるかっていうと、ならない。それはやった実験があって、悲惨なことになりました。そういうふうに、刷り込んだら学習によって何とでも変わる、一人の人間が何にでもなるわけじゃなくて、われわれの頭のなかには、ある程度アプリケーションが決まっているということですよね。

たとえば言語を獲得するとか、さっき「学習のしやすさ」ということを言ったんですけど、みなさんが仮に、生まれてきて、カラスのお母さんに育てられたとしましょう。カラス語をしゃべれるようになりますか? 飛べるようになりますか? たとえばコウモリのお母さんに育てられたとしましょう。超音波でコミュニケーションできるようになりますか? ならないですね。それはやっぱり私たち宇宙人というか、地球人なので、地球人が学習するというか、地球人が得意なアプリケーションが頭のなかに配線されやすくなっているわけです。こういうのを、「心は(スイスの)アーミーナイフ」のようなものだというふうに、進化心理学者の有名な先生が言いまして、私たちよくアーミーナイフのモデルを使います。何でも使える汎用のジャックナイフじゃないよということです。

いまの神経科学の考え方で言うと、たとえば脳の領野の領域特異性というものがあって、だいたい脳の場所によって、言語野とか、人の顔を認識するところとか、社会的正義を判断するところって、だいたいわかっています。こういった考え方と対応するとは思うんですけど、これも突き詰めていくと、実は最初から全部きれいに分かれているとは言えないところもあります。人工知能の研究をしていくと、いろいろモジュールには分かれているんだけど、そのベースのアルゴリズムはみんな同じようなものですよとか、たまに、発達の初期に半分ないとか、どこか完全に削れている人がいますが、残ったところでそれなりに普通に生活できるようになったりします。今までずっと神経科学のほうで、脳の領域の固有性というか特有性ということを言われていたんですけど、最近はそれらがどういうふうに結合してネットワークとして働くかという研究がメインになってきています。

あとは、「この行動は適応的」、「この状況だとこうすべき」って、最初から全部決まっているわけじゃないという例です。写真は鳥で、同性間で配偶行動をしている例です。ちなみに、同性間の性行動と、同性への性的指向というのは、生物学では分けて考えます。なぜかというと、同性への性的指向というのは、「他に選択肢がある状態で、その個体が永続的にオスを選ぶか、メスを選ぶか」ということなんですけど、野生動物だとそれがなかなか観察しづらい。そうすると、実際にどういう行動を取ったかを調べるしかない。これはわりと有名な例で、ペンギンなどは同性間のカップルが生じて、一緒に卵を育てたり、オス同士だとよそから卵を盗んできたりということがあったりします。ペンギンはわりと一夫一妻の傾向が強いのですが、2羽じゃなくて3羽で家族を作るパターンもあります。ダチョウとかでもあるらしいです。アホウドリとかカモメが永続的な一夫一妻をすることは有名なんですけど、やっぱり異性が少ないと、メス同士のカップルができたりします。寿命が長いので、研究者も研究を続けるのが大変ですが、19年くらい同じメス同士のカップルが続いてるのが観察されたりするんですよ。彼女たちが意図的に、「私は女性がいいから」といって選んでいたかどうかわかりません。たまたま最初にペアになったのが女性だったからかもしれませんが、一夫一妻の結びつき、ペア・ボンドと言うんですけど、パートナーを作りたい、子育てしたい、それがこういうふうに出て来ることもあります。

私たちの分野で、以上のことがまず最初に叩き込まれるんです。なぜかというと、どうしても人間が、自分たちを知るために動物の行動を研究するのは、やっぱり魅力的だから。動物の行動と比較するとか、あるいは、昔のダーウィンの本の翻訳とかで「野蛮人」って書いてあるんです。今でいうと、狩猟採集民というか、伝統社会の人たちですけど、伝統社会の人たちを調べて、彼らの子どもを見たら、ルソーの教育論なんですけど、人間の本来の姿がわかるんじゃないかというふうに、どうしても思ってしまうんですよ。こういうのを私たち、よく「自然主義の誤謬」と言います。「自然であるから正しいはず」みたいな考え方はちょっとナイーブ過ぎる。たとえば狩猟採集の社会といっても、社会によって全然違うし、その社会それぞれのしがらみとか、社会的な因習とか歴史的な経緯によって縛られているんですね。だから、単純に私たちから見て、サベージ(粗野)な人たちは「ナチュラルだから真似しなきゃ」っていうのは、やっぱりおかしいですね。

●事実と意見を区別する

私たちよく「ナチュラリスティック・ファラシー(naturalistic fallacy)」=「自然主義の誤謬(ごびゅう)」は、よろしくないと言うんですけど、たぶん哲学の人から言うと「ヒュームの法則」というのがあって、こっちのほうが用語としては正しいと言われます。それは、どの学問分野でも、論理学的に「何々である」ということから「何々すべきである」ということは導き出せないということで、研究者はこれをまず最初に叩き込まれます。基礎科学の研究結果から社会的な価値判断は導き出せない。ヨーロッパとかの小中高の教育指針を見ると、事実と意見を区別するということはいちばん最初に出て来るんですけど、日本はあまり教えない。たとえば学生に、授業で進化の話の中で性差の話とかをすると、振り返りのリアクションペーパーで、「伝統的な性役割っていうのは自然の摂理なんじゃないですか」みたいに書いてくる人がいますが、「伝統的」って、いつの時代の、いつの国の、どこの社会階層の「伝統」なのかっていう問題がまずあります。加えて、進化生物学をやっている人たちからすると、「『自然の摂理』って存在しません」ということを言いたいんですね。抽象的なレベルではあるかもしれませんが。一般の人たちが「自然の摂理」って言うとき、自分の主張というか、自分の価値判断を補強するのに具合のいいところだけを持ってきて、「自然の摂理だから」って言うのが普通です。自分にとって都合のいいことは、自分にとっての正義だし、自分にとっての理なんです。

そう考えると、前の講義でお話がありましたけど、進化のプロセスは「ブラインド・ウォッチメーカー(盲目の時計職人=そこに精巧な時計があると腕利きの時計職人がいたに違いないと考えるけれど、そうではなくて、盲目の、目的を持たない職人でも試行錯誤を経ると、いつか時計はつくれる。それと同じように自然淘汰は意識をもたないプロセスである)」ということで、神様が「人間こうありなさい」とか、「ダーウィンフィンチはこうありなさい」って作ったわけじゃなくて、たまたま生きやすかったのが残ってくるだけというのが進化の考え方です。よく、カッコウが行動学や生態学で最初に教えられるんですけど、「カッコウに托卵されるのが自然の摂理なの?」とか、わけがわからなくなりますよね。何を言いたいかというと、「進化的軍拡競争」というのがあるということです。予定調和で、「これが正しいはず」っていうのがあるわけじゃなくて、常に競争というか、やり合った後でのバランスだということです。だから、カッコウのヒナを育てるのが自然の摂理だとは言えないですよね。

もうひとつ、やはり人間の行動を理解するのに問題となるのは、「進化的適応」っていうのは……これも言葉が普段使うのと似ているからわかりにくいんですね。アダプテーション(適応)というのは、「遺伝子のコピーは効率よく広がる」ということであって、私たちが普段「適応」って言うと、たとえば、「会社に適応してる」とか、「学校に適応してる」とか、そういうことになりますけど、全然違う意味です。まったく異なるんですけど、一致する場合もあるんで、なかなか難しいです。

進化的軍拡競争と適応が違うことの例として、アメンボとオランウータンが使われます。どっちもオスがメスに対して性的な強要をするので有名です。そうしたときに、「これは自然の摂理だから」とか、「適応だから」って言っていいのかというと、おかしな話になります。メスはというと、子どもを育てるのによい環境じゃなかったら子どもを殺すことがあります。「ヒトは虐待するけど、動物はそんなことをしない」とか、そんなことはないです。よく混乱する人がいるんですけど、人間って「子どもを残そう」とか、「健康な子どもを残そう」と意識して行動することはできるんですけど、アメンボやアメーバやゴキブリなどが、「子どもを残しましょう」とは考えてないですよね。人間も、たとえば、グラビアアイドルの写真とかを見て喜ぶときに、「こうすると健康な子どもが産めるから」などと考えてやっているわけではない。ただ人間の場合、一致することがあるので混乱するんです。

人文学とか社会学の人とかで、進化を使って行動を分析した結果を見て、「そういう解釈もある」というふうに言われることがあるんですけど、いわゆる文系の考え方の「解釈」とはちょっと違っているんです。こういった分野ではよく「なぜなぜ話」と言われるんですけど、何でそういう説明を加えるかというと、それを元に新しいことが発見できるような仮説を作るというか、仮説検証のための枠組みとして使うので、それは単なる「解釈」だけではなくて、それが正しいかどうかを実証データを使って確認できることを一応目指しているということです。

●なぜ繁殖年齢が終わった後も生きるのか?

だんだん本題に入って、「生活史理論」という話をします。私たちが生き物として何歳頃まで生きるか、何歳頃繁殖をし始めて、どのくらいの間隔で子どもを産むか、何歳頃寿命を終えるか、そういう話です。まず体を成長させたり、維持しないといけないです。これがないと繁殖どころじゃないですね。まず生きていかなきゃいけない。これができたら繁殖。要は、個体の持っている資源は有限だという考えに基づいてます。有限な資源、リソース。時間もあるし、エネルギーもある。そういったものをどう振り向けるか。まず身体の成長とか維持に使って、余裕ができたら繁殖でしょう、と。繁殖というのは何があるかというと、雌雄異体の動物の場合であれば、まず配偶努力があって、交尾をする相手を見つけないといけません。自分で分裂するのでなければ、配偶努力が必要ですよね。雌雄同体でも必要です。ただ、相手を見つければ終わりではない。終わりな動物もいますけど、育てないといけません。親としての努力がいります。さらに、人間とか寿命の長い動物だと、それで終わりじゃなくて、繁殖年齢が終わった後も生きるんですよね。とくに女性の場合ですね。

では、何で繁殖年齢が終わった後も生きるのか? たとえば文化の継承があるでしょうし、自分が子どもを産めなくても、孫の世話がある。あとは、食料獲得というのがあって、狩猟採集の社会とかで女性もかなり食べ物を持って来るんですけど、やっぱり子どもをおぶった状態だと男性と同じぐらいには稼いで来られない。それが、繁殖が終わった後だと、自分の消費する以上のものを持って来るという、そういったこともあるでしょうね。自分で産んだり育てたり直接しなくても、こういったことがあり得る。ではそもそも、こういう人間特有の生活史とか家族形態は何で出て来たかというと、やっぱり脳が非常に大きいのと、直立二足歩行をするようになったので、骨盤が小さくなって、基本的に難産になったわけです。そうすると、赤ちゃんは未熟な状態で産まないといけなくなりました。離乳する時期と最初の臼歯が出てくる時期を比べると、チンパンジーはどちらも4歳、アウストラロピテクスも同じく4歳、ホモエレクトスは離乳はわからないけれど最初の臼歯が4歳半、ホモ・サピエンスは2歳半で離乳して、最初の臼歯(永久歯)が生えて自分で普通のものが食べられるようになるのが6歳。タイムラグがある。つまり「幼児期」があります。幼児期ができたのは何でだと思いますか? お母さんが自分で全部お世話をしなくても、その幼児の世話を他のメンバーに託して、次の繁殖ができるということです。ずっとおっぱいをあげてなくてもいい。その代り、やっぱり脳が大きいので、それなりに成長にリソースはかかるんですけど、幼児期ができたというのが人間の特徴です。

「脳の巨大化とメスの生活史」というという資料を見てみましょう。グラフの左側はネズミキツネザル、次はフサオマキザルといって体はちっちゃいんですけど、南アメリカにいる頭のいいサルです。アメリカ合衆国では介護ザルとして使われたりもするぐらい、頭いいんですね。次はアカゲザル。ニホンザルみたいなやつです。次がチンパンジー。右端が人間ですね。わりと新しい論文なので、人間の期待寿命が120歳になっています。人間は脳が大きくなったけれど、骨盤は小さくなったのでどうするかというと、妊娠期間がすごく長くて(ネズミキツネザル10週、チンパンジー33週、ヒト40週)、しかも未熟な状態で生まれてきます。そして幼児期があるわけですけど、注目すべきは、寿命が長くなって、生まれるまでの時間も長くなったのに、繁殖可能な期間は30年くらいで、おサルさんたちと私たちはあんまり変わらないんです。全然延びていません。

離乳をさせた後で、子どもがある程度一人で生活できるようになるまでラグがあると言ったんですけど、それはなぜかと言うと、閉経した後のおばあさんたちが子育てを手伝ってくれるからで、それが非常に人間だと強い。チンパンジーとかゴリラとかオランウータンは、人間よりも出産の間隔が長いんです。人間の狩猟採集民もそうですし、とくに農耕をしてる人たちは2年間隔ぐらいで産むことができるんですけど、それはなぜかというと、自分だけで育てるのではないからです。そうすると、授乳を中断して次の繁殖にいくことができる。じゃ、親父さんは何をしてるのか? 男性は何のためにいるのっていう話で、これもいろんな議論があります。ライオンは一夫一妻じゃないんですけど、ライオンのオスって何もしない感じがするじゃないですか。エサは獲ってこないし。何の役に立つかというと、オスがいないと、他のオスがやって来て、子どもを殺しちゃうんですね。人間でも、他の男性がやって来て子どもを殺したり、セクハラとか暴力とか、いろんなものがあるので、そういうのから守ってくれる。食糧を家に持ってくるんじゃないのって思われるかもしれませんが、食糧生産者としての男性の役割というのは社会によって全然違うんですね。同じ狩猟採集といっても、たとえばわりと温暖な気候の中で生活している人たちと、イヌイットとか植物性のものは何もなくて狩りしかできない人たち、アマゾン流域の床がグチャグチャで赤ちゃんを下に置いとけないようなところの人で全然違います。狩猟採集の社会だと、お父さんがいい狩人だったからといって、獲ってきたものがそのまま家の収入になるとは限らない。コミュニティの収入になったりするので。そうすると、そこまで役に立つかどうかわからない。

あとは、一夫一妻と言ってますけど、人間が一夫一妻的になった理由はやっぱり男性同士が協力しなきゃいけないからです。ゴリラみたいに一夫多妻で1頭のオスがずっとたくさんのメスを確保していると、他のオスたちは絶対あぶれるので、大きい集団で協力をして狩りをするとか、集団を防衛することができなくなるんですね。なので、男性同士の協力の必要性といったことが言われています。

ちょっと前置きが長かったんですけど、本題に入っていきます。恋愛とか、一夫一妻とか、結婚とか。モニターには『源氏物語』や『曾根崎心中』といった日本の古典を出していますけれども、何で古典を出しているかというと、「恋愛って何で生じたのか」という問いに対して、進化の話が出て来る前のスタンダードな説は、歴史学者の説で「西洋文明が作った」という考え方がメインだったからです。元々ヒトの心理的な傾向であったという考え方じゃなかったんです。だけど、西洋文明が恋愛というのを「発明」してくれる前から、日本ってこういうのがあるよねっていうことで、古典を出しています。ただ恋愛と結婚は必ずしもパラレルではない。示している表は、日本の「見合い結婚」と「恋愛結婚」の数の推移です。恋愛結婚のほうが多くなってきたのは、だいたい1970年近くですね。それまではお見合いのほうが多かった。だいたい1960年代ぐらいに、世界的に性の革命っていうのがあって、それまではわりと封建的なところから、「自由に恋愛してもいいよね」とか、「相手が好きだったらセックスしてもいいよね」と、そういう話になってきました。欧米の社会でもそうです。恋愛結婚とか恋愛とか、おおっぴらに言われるようになったのは20世紀に入ってからです。それまではそうではないですね。

●恋愛と結婚

1970年ごろに何が起こったかというと、高度経済成長。何でそもそもお見合いしなきゃいけなかったかというと、生産手段が土地とか家業とかにつながっていたので、家のために結婚をしなきゃいけなかった。経済活動の一環ですね、結婚は。それがサラリーマンが生まれて、個人の裁量になってきた。ここで専業主婦が生じるわけです。あとは、1960年代の性の革命によって、必ずしも家同士の取り決めで結婚しなくても、その前に性行動をしてもいいというのが、その前はまたちょっと話が別なんですけど、ここらへんでまた普及してきた。多くの近代までの社会で、結婚は家とか親族とか地域社会のためでした。財産とか社会的地位とか、政治的な地位というか、利益のためですね。今でもこういう社会はありますけど、これに対して恋愛は社会の秩序を乱す禁止すべきものでした。やるんだったら、結婚の外でやって下さい、遊郭に行って下さいとか、そういうことですよね。そうだったわけですけど、スタンダードな今までの人文社会学の考え方、歴史学の考え方だと、恋愛というのは元々存在したものではなくて、ヨーロッパの人たちが「発明」してくれたものだったんですね。吟遊詩人がいて、騎士道というのがあって、貴族の奥さんに対して伝わらぬ恋を歌うみたいなものがあって、それが活版印刷とかで一般化して、大衆化して、その後で19世紀ロマン主義というのが普及したと言います。たしかに、普通の文書とかで残っている「オフィシャルな証拠」だとこうなってしまいます。恋愛が社会的に認められたのはその後っていうことになります。

しかし、どうも文書に出て来る以前から、歴史的な、オフィシャルな記録には残っていないけれど、人間って恋愛感情あったんじゃない? っていうのが、「書き記された人類初のlove poem(シュメール、紀元前2025年)」や、「ソロモン王の雅歌(がか)」といった証拠です。わりと最近まで、古代の人にも恋愛感情が存在したという証拠が、ソロモン王の雅歌でした。これは旧約聖書に出て来るんですけど、「あなたの歯は洗い場から上がってきた、毛を切られた雌羊の群れのようだ、みなふたごを生んで、一匹も子のないものはない」とか、「あなたの両乳房はカモシカのふたごである二匹の小鹿が百合の花のなかに草を食べているようだ」とか。これが最古の恋愛の歌と言われていたんですけど、実はシュメール文明で文字の書かれている最古の文明のなかで、やっぱり恋愛の歌みたいなのがあって、一応王様と女神との婚姻に偽装された、そういう神話のなかで偽装されてるんですけど、今の恋愛感情と同じようなものが書かれてるんです。普通の文書では、恋愛で結婚してるなんて、どこにも書いてないです。ただ神話のなかとかに、「これって恋愛じゃない?」というようなものが実は紛れていることがわかっています。

心理学であっても人文社会学的な考え方で言うと、「そういう感情にヒトとしての共通性はない」というふうにずっと言われていたんです。社会学者とか文化人類学者はそう言ってきました。「マスメディアとかによって作られるもので、ヒトのいろんな表情とか感情は文化によって全然違う」と。でも、そうではなくて、生物として共通する動機づけとか感情とかあるじゃない? っていうことで、臨床系の心理学者のドロシー・テノフという人は、「のぼせ上がり」という言葉を作って、いろんなケースを調べることによって、「熱烈な、欲求の相手を絶え間なく思うこと(強迫的な侵入思考)」と言われるんですけど、もちろん全員が経験するわけじゃないけれど、そういうのがあると指摘しました。よく、学生に言うんですけど、何かを熱烈に愛するっていうときに恋愛というかどうかの基準として、それが本であったり、車であったり、犬であったり、そういう場合は普通、恋愛とは言わないですね。性的なパートナーとなり得ることが重要で、かつ、一方的ではなくて、相手がそれに対して返報してくれることを求めるとか、それによって、たとえばジャニーズのコンサートとかに行く人が、「こっちを見てくれる」とか、「相手も反応してくれる」ことがすごく嬉しくて、それによって感情の大きな揺れが生じる。そういったことですね。あとは、拒絶されることへの恐怖とか、『ロミオとジュリエット』みたいに、まわりがダメって言うと燃え上がるとか、生理的な変化、胸の痛み、高揚感とか、相手の理想化、「あばたもえくぼ」っていうことですかね。これって共通するよね、と。どこかの文化、たとえばヨーロッパの誰かさんが考えて、みんなに広めてくれたから私たちはそういうのを感じるのではなくて、心理的な傾向としてあります。たとえば、オペラの『椿姫』。「ああ、そはかの人か」というアリアですけども、そういった相手のイメージが浮かぶとか、日本だと『古今和歌集』、905年~914年なんですけど、「恋ひ死ねとするわざならし むばたまの夜はすがらに夢に見えつつ」。こういうふうに「侵入思考」というか、相手のことをどうしても思ってしまうというのは、べつに詩人のトルバドールが教えてくれたからあるんじゃなくて、元々あるよね、という話です。

では生物学的に、何でそういう心持ちが生じたかというと、身も蓋もないんですけど、進化生物学者からすると、それは特定の異性との結びつきを作って、性行動をさせるためでしょう、となります。本人たちが、これは子どもを作るためのものですと考えている必要はないです。その「のぼせ上がり」というのは、程度の強い状態だと、1度の相手は1人である。なぜかというと、ヒトはかなり一夫一妻的な傾向が強いからでしょう、と。一夫一妻オンリーとは言ってないです。悲しいのは、「のぼせ上がり」は長続きはしないこと。

次もやはり心理学というか進化生物学的な観点に基づいたものです。ヘレン・フィッシャーは人類学者なんですけど、配偶行動とか、繁殖とか、子育てを支える感情、動機づけのシステムは3つあると考えた。①lust=性的な欲求、②のぼせ上がりに相当するのがアトラクション(attraction)ですね。激しい感情を伴うもの。あとは、③好意と類似した、もっと温かなもの=アタッチメント(attachment)、愛着、というのがあって、だいたい最初は熱愛の場合は性的な欲求があって、その後だんだん時期とともに薄れていって、愛着になる。進展して、上がるといいんですけど、下がる……下がりますよね。それぞれがどういう生理的な物質、ホルモンとかによって制御されているかもたくさん研究されています。性的な欲求は性ホルモンでしょうとか、愛着形成についてはオキシトシンとかヴァソプレッシンとか。相手に対して惚れてしまったという感情に関しては、ドーパミンとかセロトニンとかさまざまな神経伝達物質が出て、精神疾患で見られるような、いろんな激しい感情が生じます。強迫神経症とか薬物依存は、おそらく元々そういう、一夫一妻とか、特定の相手に対する愛着を形成するためにある脳のなかの「報酬系」を使っているといわれていて、特定の相手に対して、「その相手がいないとイヤだ」という脳の回路にくっつくのが、マリファナとかコカインとか、そういうものだという考え方もあります。

生物学的に見て、一夫一妻とは何でしょうか。一夫一妻は、人間だけが文化的に作ったものじゃないかと思っている人がいますけど、全然そんなことはなくて、鳥は一夫一妻が多いんですけど、遺伝的な一夫一妻というのは実はけっこう少ないんですね。たとえば鳴く鳥、ソングバード180種類のなかで本当に相手に対して誠実というか、他の相手と交尾をしてないのは、じつは10%しかいなかった。鳥もDNA鑑定ができますのでわかります。

テナガザルも、遺伝的にも一夫一妻といわれていたんですけど、実はけっこう浮気をしてることが最近わかってきたり、基本的に一夫一妻の動物は、哺乳類だと3%から5%の種。鳥の場合は9割ぐらいが一夫一妻(一夫一妻といっても社会的な一夫一妻で、浮気はするんですね)。そして、人間はこっちじゃないかとよく言われてるのは、「一夫一妻なんだけど、相手は変わっていくよね」という話で、これはクン族、昔はブッシュマンって言ってたんですけど、狩猟採集の社会として有名です。結婚はします。いろんな伝統社会を見ると、結婚は基本的にはほとんどの社会にあります。最初の結婚は、親族とかコミュニティが考えるんですけど、相手を変えたり、浮気をしているんですね。『NISA』っていう、クン族の人のライフヒストリーを書いた本があります。だいたい結婚はしてるけど、両手足を使っても足りないぐらい恋人が次々いたりします。伝統社会だからいいのかなと思うかもしれませんが、修羅場もあります。ちなみに、江戸時代までの日本も、離婚、再婚はわりと普通だったみたいです。

一夫一妻の配偶システムというか心理的なメカニズムを研究するうえですごく使われているのが、プレーリーハタネズミ。野原に住んでいるアメリカの代表的な害獣です。よく似た種のなかで、一夫一妻のものと、乱婚なものがいて、遺伝子とかホルモンを操作することで、どうやったら一夫一妻になるかを調べることができます。脳の報酬系というところで、オキシトシンとか、ヴァソプレッシンというホルモンが利いている。お母さんが子どもを産むと、お父さんが産婆としてそれを取り上げて、育てるんですね。最初にその絆を作るには、2日間熱烈に交尾をしないといけない。そういう時期があって、それをすると、だいたい妊娠もするんですけど、ここで絆を作って一緒に縄張りを守る。オスのほうの男性ホルモンは下がります。でも、相手の目を盗んで浮気をすることはあります。

人間が、完全な一夫多妻とか乱婚じゃないのは、身体的にも特徴としてわかります。他の霊長類との比較をすると、ゴリラの場合は体がすごく大きい(これは一夫多妻)とか、完全な乱婚の場合はチンパンジーですけど、精巣がすごく大きくて、精子で戦うんですね。1回のメスの性周期、お尻が赤くなった時に、群れのすべてのオスと交尾しますので、「自分だけのメス」って防衛することできない。つまり、精子同士で争う。そうすると、精巣がすごく大きいとか、精子の遊泳スピードがすごく速いとか、あとは、性病にもかかりやすいので、白血球が多い。そういう典型的な特徴が見えるんですけど、人間はやっぱり完全な乱婚ではないんですね。ベースは一夫一妻で、一夫多妻と乱婚が適宜混ざっている。

●恋愛状態は3年くらいしかつづかない?

では、その恋愛状態ってどうなのか? 特定の相手に対して性的に惹きつけられて、それが、それなりに長い間続くと定義されてるんですけど、「それなりに長い間」ってどのぐらいかというと、だいたい2年半から3年だそうです。そのぐらいして、「これちょっと違うな」と思うと離婚するということで、示しているのはちょっと古いですが、国連とかで持っているいろんな社会のそれぞれの年の最頻値、いちばん離婚したカップルが多かった年をグラフにしてみると、4年目が多い。「4年目の浮気」っていう言葉を言った人も、フィッシャーです。狩猟採集の社会の場合、だいたい子供が3歳か4歳ぐらいになるまでおっぱいをあげていて、その間は父親の庇護を受けられるようにしている。そういうことをフィッシャーは言ってます。

フィッシャーは『愛はなぜ終わるのか——結婚・不倫・離婚の自然史』という本を出しています。ネット婚活の時代になりました、ということで改訂版も出ました。アメリカの場合、2012年に結婚したカップルの35%はネットで知り合っているという研究論文があります。アシュレイ・マディソンというカナダの既婚者向け出会い系サイトとか、ネット全盛の時代になっても、あまり離婚の傾向は変わっていません。2003年から2012年の調査でも最頻値3年と、あまり変わっていません。ここまではちょっと理論的な話でした。後半もうちょっと生々しい、日本の話をします。

●日本の特殊性とは?

いくつかクイズを用意しました。ニュースや本を読んでいらっしゃるみなさんだとわかるような問題ですので、聞いていきたいと思います。

まず「日本の特殊性かな?」という話です。長谷川眞理子先生が最も得意とするところです。だいたい性差の話とかするんですけど、青年期とか成人前期の男性、10代後半から20代前半は、特徴としては高い攻撃性、オス間競争といいます。あとは、性行動への高い関心があることが一般的で、モニターに出しているのはジェームズ・ディーン。『理由なき反抗』ですね。女の子にモテるために、車とかで競争しなきゃいけない。もうひとつの写真は、『ロミオとジュリエット』を元にした『ウエスト・サイド・ストーリー』ですね。モンタギューとキャピュレットじゃなくて、ギャング団みたいになっていて、抗争している。そこで、女の子が出て来る。これは人間だけじゃなくて、一万年ちょっと前に農耕とか牧畜を発明した人たちがいまして、牧畜そのものは定住じゃないですけど、定住社会、文明社会の基礎ができたわけです。どうやって動物を捕まえて飼うことができたかというと、去勢をした。オスが複数のメスを確保しようとするハーレム制をとる動物たちなので、群れの中にオスがいっぱいいると、ケンカになっちゃうんです。なので、去勢をすることによって、オスをケンカさせないということを発明したんですね。ホルモンとかは知らないのに、経験的にそれを知っていて、家畜化することができたと言われています。

●殺人率と社会の活力

ここでちょっと聞こうと思ったんですけれども、「殺人をするのはどういう人でしょうか」。たとえば、「お金のない人」とか、「育ちが悪い人」とか、「親も犯罪者だった」とか、そういうふうにいろいろ言われることもあるんですけど、示しているグラフから見られることは何ですか。どういう人が人殺しをするということが見られますか? 人殺しをする人の特性。
受講生:若い男。
坂口:そうです。女性はあんまり人殺ししないです。ただ、日本はちょっと特殊で、女性の子殺しが多い。一般的には女性は全年齢を通して人を殺さない。男性であることと、若い年代であること。このグラフがおもしろいのが、全然スケールの違う、まったく違う社会の数字を重ねて書いていること。イングランドとウェールズは、殺人率が低い社会なんですけど、それとまったく違う社会であるシカゴのグラフを重ねてみます。シカゴって昔、禁酒法の時代とかがギャング映画によく出て来ますね。だから、殺人率が30倍違うんだけど、スケールを合わせて書くと、パターンが全く同じになる。基本的にほぼすべての社会で若い男性で殺人率が高い。社会の比較をすると、人殺しの多い社会は若い男性が多い、活気のある社会なんですね。あとは、経済格差が大きい。全体的な貧困率ではなくて格差が大きいと、殺人率が上がるんです。カナダとアメリカを見ると、カナダのほうが殺人率が低いんですけど、州ごとに区分けして一緒に示すと、きれいに関係性が出ます。アメリカのなかでも格差の大きい州は殺人率が高いです。だから、単純に全員が貧困かどうかではなくて、格差が問題です。

日本はどういうふうに特殊かというと、日本も1955年は他の国と一緒でした。殺人者は若い男性だった。それがだんだん、若い男性の活気が失われてきている。1994年のグラフを見ると、若者による殺人のピークは消失しています。ところがその当時、日本だけ25歳から45歳の殺人率はあまり減っていない。日本って、おじさんのほうが暴れてるよね、ということです。

そこで、これはほんとうに生物学で説明できるかどうかを調べたんです。グラフをみると、日本は他の国と全然違うようにしか見えません。だいたい昭和の末期から平成、若者の殺人率はぐっと下がります。では、これは進化の説明ができないのかというと、実はそうではなくて、各年代、19世紀末生まれの人とか、戦前派、戦中派、戦後派、昭和派……それぞれの年代に生まれた男性ごとに、コホート(同世代)の分析をしています。そうすると、あんまり古い人たちのデータはないんですけど、その年代のなかではやっぱり若い時のほうが殺人率が高い。だけど、何でグラフが他の国と違う形になったかというと、それぞれの年代のなかで若い人たちのピークが下がっていて、かつ、日本は超高齢化社会で若い人の比率が少ないので、あわせると別の形になっちゃったんです。だから、経時的変化、戦後の日本の社会変化、プラス、年齢構成の変化をあわせたら、見かけは人類普遍的なところから違ったように見えるけど、じつは他の国と一緒だということです。

もっとおもしろいネタがあります。カナダの研究者、マーティン・ディリーとマーゴ・ウィルソン先生が殺人の研究をしてまして、さっきの元の研究をしていた先生です。さっきのは日本の社会の世代の変化だったんですけど、同じ時期、シカゴの77の地域の研究があります。同じ時代なんですけど、地域によって、リッチな場所と、貧困で危ないところがあるんです。同じ時代の同じシカゴなのに、男性の期待余命をみると、「この地域に生まれたら俺の寿命は50歳」っていうところと、「俺の寿命は75歳」っていうところがあるんです。そうすると、将来50歳ぐらいで死ぬことがわかってる人たちはやっぱりリスクを取るんですよ。コンビニ強盗でもして、いい思いしたほうがいいと思うじゃないですか。大学に行ってどうすんだ、と。殺人で殺された分は統計的に除いてあるんですけど、そうすると、貧富の差よりも、地域できれいに相関が出て来たのは、男性の期待寿命が長いと殺さない。女性も、近くにいる男たちは50歳ぐらいで死んじゃうと思ったら、大学行きます? 行かないよね。もう10代ぐらいから子どもを産み始めます。30歳以降は出産の頻度とかタイミングは他の地域と一緒なんですけど、10代、20代、もう中学生とか高校の時から子どもを産んでいるかどうかによって、出産年齢の平均が違うんです。かつ、おもしろいのが、77の地域から「トップヤバい地域」と、「トップ豊かな地域」に分けます。そうすると、トップ豊かな地域は日本とあまり変わらない。貧しい地域はさっきの世界的なパターンと一緒なんだけど、豊かな方は日本パターンになってます。いい教育を受けて長生きしたら、いい生活ができると思う人は、若い時に強盗したり、車で走り回ってチキンレースをしたりといった馬鹿なことはしない。だけど、そうでない人たちは、その方がやっぱり繁殖成功度が上がる。そのほうがモテるんですよ、たとえ刑務所に何年か行こうが。同じ時代でも別の環境に対して適応するということです。

●突出して性行動が「ない」日本

セックスレスの話です、いきなり。2010年に出た『”子どもは欲しいのにセックスレス”なあなたへ…』っていう本があります。他に、『今日も拒まれてます』って漫画がありまして、ちょっとドロドロしています。ネタバレになるんでしゃべりません。最近すごく人気があるのが、『あなたがしてくれなくても』っていう本。主人公が30代前半なんですけど、結婚して5年、レス歴2年。そんな話です。最近、日本は少子化と言われてますね。それと、性行動はどう関わってるかという話をします。

「ハネムーン効果」という言葉は昔から言われていて、私も院生の時に、日本人男性でたとえば彼女がいたり結婚している人で、男性ホルモンが下がると言われるので、下がるかどうかデータを取りました。生活史理論で、たとえば男性が繁殖しようとした時に、「配偶(相手を獲得する)フェーズ」なのか、あるいは、「子育てのフェーズ」なのかによって、男性ホルモンの量が変わってくるんですね。示しているのはアメリカの学生のデータなんですけど、縦軸は男性ホルモンの濃度。横軸左端は今パートナーがいない人。その隣は、パートナーはいないけど、付き合ったことはある人。付き合ったことがない人は、ある人よりホルモン濃度が低い。そして、つきあって1ヶ月から6ヶ月、ホルモン濃度は最も高い。そのあと、7ヶ月から12ヶ月で下がって、一年以上経つと、付き合ったことがない人くらいの水準に戻る。つまり、付き合い始めて最初の時は性的なモチベーションも上がっているので、男性ホルモンは高いんですね。半年経つと下がることがよく見える。ハネムーン効果ってけっこう昔から言われていて、みなさん経験的にそうだろうなと思うんですけど、婚前交渉がなかったとすれば、最初の頻繁に性行動を行う状態から新婚後半年で性行動の頻度は半減する。子どもが生まれるとさらに減少して、だいたい元に戻らない。元のレベルに戻ることはほとんどない。男性ホルモンは競争心とか性的欲求に関係します。

最近話題になっている日本の少子化とセックスレスの話ですけど、1991年に、精神科医の阿部輝夫先生が日本性科学会で「セックスレス・カップル」という言葉を初めて発表して、すごい話題になりました。そのセックスレスの定義は、「1ヶ月以上、妊娠中とか、病気とか、そういう特段の理由なく、性的接触がない状態」。完全な性行動だけじゃなくて、性行動に導かれるような体の接触があるかどうかも含んでいます。ここでクイズですけど、いま現時点で結婚している16歳から49歳までのカップルで、セックスレスな状態にあるのは、日本人で何%ぐらいだと思いますか。今のデータです。もちろんデータの取り方によって変わるんですけど、10%だと思う人。20%、30%、50%だと思う人……みなさんよくニュースを読まれてますね。47.2%です。画面に出ているのは1999年のNHKのデータです。ほとんど1回の調査で1000人以上取っています。2001年は朝日新聞の調査です。それ以降はずっと、家族計画研究センターが経時的に取っています。データを取っている先生は、途中で頭打ちになるんじゃないかと思ったらしいんですけど、増える一方です。

実はこれ、日本だけの傾向ではなくて、世界的にセックスレスの傾向は進んでいると危機感を持って語られているんですけど、ちょっと日本の状態を見ると笑っちゃうぐらいなんですね。中国はけっこう追いついてきています。中国は2009年で28.7%。データの取り方はほとんど一緒です。性交渉の頻度と性生活の満足度の低さは、日本は断トツずーっといちばん低いんですけど、中国はその次を追っています。フランスはけっこう性生活の満足度は高くないんですよ。データの取り方が違うんですけど、アメリカで2014年、18歳から60歳の夫婦で12%が3ヶ月セックスレスだということで大問題になりました。イギリスでも、25歳以上の同居カップルの性交頻度が低下したと騒ぎになったんですけど、アメリカの場合、40年一緒に住んでると、3ヶ月間セックスレスなのは25%ぐらい。日本からすると少ないですけど、これでもわりと騒ぎになっている。

イギリスは、1991、2001、2012年と、これまで3回調査をしていて、結婚している16歳から44歳の男性で、1週間に1回か2回しかセックスしてない人が増えたと言ってますが、日本からすると、ずい分、性行動の頻度は多いです。ただ、性的な欲求自体がすごく下がったかというと、そうではないことがわかります。さっきのデータを取っているのが、北村邦夫先生という産婦人科の医師で、「なぜ日本はこんなに少子化が進んでいるんでしょう」ということをいろいろ分析しています。避妊するカップルが増えているんでしょうか。日本はかつて中絶がすごく多いと言われていたんです。でも、性教育がうまく働いて、避妊をするようになったから子どもが生まれないんでしょうか。実はそうじゃない。中絶の数も増えていない。後でデータを見せます。調べてみると、単純に性行動の頻度が減ってることがわかってきます。

『セックス嫌いな若者たち』という本があります。すごく有名なんですけど、デュレックスというコンドームのメーカーが世界的にデータを取っていて、これはわりと最初の頃のデータ、2006年のもので、26ヶ国取ってます。だいたい1つの国で1000人ぐらいずつ取っているんですけど、結婚しているカップルだけではないです。週1回以上性行動のある人が、日本だとだいたい3割ちょっと。ギリシャだと87%。両方それで合意してれば、何の問題もないんですよ。しかし、性生活の満足度を聞いてみると、日本はぶっちぎりで毎回最下位です。15%、満足度最下位。他にも香港とか低いところはあって、フランス、イタリアとかもわりと低いです。イタリアってけっこう少子化も進んでいて、日本からすると発展してるように見えるんですけど、実はそうでもないのかな。ちょっと古い2005年のデータが、たくさんの国でデータを取っていて有名なんですけど、地域的な違いがあって、アジアはだいたい軒並み低いです。2006年以降と聞き方が違っていて、1年間の性行動の回数、日本は45回で最下位なんですけど、こんなにないだろうって思うわけですよ。たぶん他の調査とかのデータから計算してみると、たぶんその半分ぐらいだろうと推測されます。性生活の満足度は、中国のほうがこの時低いですね。日本は勝ってます。だいたい東アジアは低いです。ギリシャはずっとトップでしたが、2011年に調査をしたら11位に下がっちゃって、すごいショックらしいです。トップの時から11位に落ちた時に何があったかというと、ギリシャが経済破綻して、若い人の65%が失業している。65%失業していても、37ヶ国中、11位なんで、うーん……(笑)。

日本人の話に戻します。避妊をしているわけじゃないということで、日本人って相変わらず避妊は男性任せというか、ピルはあんまり使わせないということなので男性に頼っていますが、コンドームの出荷件数は、どんどん下がっています(2008年は1980年の半分以下)。性感染症の数も実はどんどん下がっています(2008年は2002年の6割程度)。出生率と中絶数も同じように下がっています。これは国連のデータですけど、日本の避妊実施率は5割くらいで、避妊しないんですけど、子どもも生まれない。要は、妊娠できないんです。

では何でこうなるか、という話。示しているのは、2017年の国連の、女性が何歳ぐらいで子どもを産んでいるかという調査。参考までになんですけど、10年ぐらい前のデータだと、20代のところにピークがあったんですけど、今はほとんどの国で、いちばん子どもを産むのは30代前半です。人口1000人あたり、どのぐらい子どもを産んでいるかという話なんですけど、イスラエルはたくさん殺されちゃったので、たくさん子どもを産めよ、増えよ、地に満てよ、っていうことで、たくさん子どもを産ませるような政策を取っているので、高いです。グラフで20代が高くなっているのは、韓国です。韓国と日本、実はここがけっこう違いますね。ちょっとおもしろいのが、40代までけっこう子ども産んでいる国。サウジアラビアなんです。一夫多妻社会なわけですが、一夫多妻ができる人って限られているんです。お金のある人とか、甲斐性のある人。そして複数の妻がいる人は、みんな平等に扱わなきゃいけなくて、あまり性行動の頻度が下がっていないんですね。

次は、「『仕事と家族』に関する全国調査」(日本大学人口研究所とWHO = 世界保健機関の共同調査、2007年、n=2464)というもので、結婚しているカップルに、かなり詳しく性行動の頻度を聞いています。「答えたくない」という人もいます。20代で結婚しているカップルで、7.2%が「1年間まったく性行動はない」、6.6%が「半年に1、2回」、いわゆる「盆暮」っていうやつです。4.8%が「2カ月に1回ぐらい」だと答えています。20代ですよ。さっきの定義から言うと、2ヶ月に1回だと「セックスレス」に入るか入らないかギリギリなんですね。他のもうちょっと規模の小さいデータでも、たとえば一緒に住み始めてどのぐらいのタイミングで「セックスレス(=1ヶ月間しない)」になりましたか」と聞くと、今の人たちは、だいたい一緒に住み始める時から1年間の間に既にセックスレスになってる人が2割います。

同じ調査に、「同居年数と年齢別性交渉の頻度」というのがあって、同居5年以下、10年以下で、20代、30代、いちばん子どもを産んでいるはず、産めるはずの、結婚しているカップルなんですけど、20代でまだ5年しか一緒に住んでいないのに、10%以上の人が半年に1、2回以下か、全然ない。1、2カ月に1回というのが15.6%。30代は1、2ヶ月に1回未満をあわせて43.8%、同居5年以下です。さらに深刻なのが、子どもが欲しい人たちのなかで、20代、30代、40代、セックスが1年間ない人は13%。半年に1、2回の人が13.5%。1、2ヶ月に1回の人が19.1%。子どもが欲しい人です。若くても、新婚でも、子どもが欲しくても、セックスレスはあるということです。

産婦人科とかの生殖医療のガイドラインで想定しているのは、健康な夫婦というのは、1週間に2、3回程度は性行動をすることを基準として、妊娠確率とか、どのくらいで不妊治療をするかを決めているんですけど、子どもが欲しいのに、産婦人科医が想定しているほど性行動のある人が2割くらいしかいないんです。しかも、これは10年ちょっと前のデータなんで、今はたぶんもっとセックスレスが増えてるということですね。なので、さっきの漫画みたいなのがウケる状況が生まれているわけです。

また、生涯未婚率というのがあって、現時点で日本は、50歳の時点で1度も結婚したことのない人の割合を生涯未婚率として計算していて、男性は2割を超えています。今の若い人たちが50歳になる頃は、おそらく3割ぐらいは一生結婚しない男性がいることになるでしょう。女性の場合は2割ぐらいになると予想されています。男性の場合、モテる人は何度も結婚します。離婚すると、次にもっと若い人と結婚する傾向がありますので、男女差はどんどん開いていきます。

若い人たちは何を考えているんでしょう。何でセックスもしないし、結婚もしないのかな? 若い人たち(18歳から34歳)は何のために結婚しようと思うと思いますか(2つまで選択)という国立社会保障・人口問題研究所の2011年の調査があります。これを見たら何がわかりますかね。「性的な充足が得られる」というのがすごく少ないです(男性1.6%、女性0.3%)。逆に「親や周囲の期待に応えられる」(男14.6%、女19.1%)(「社会的信用や対等な関係性が得られる」(男11.8%、女6.1%)――世間体ですよね――これがけっこう多い。あとは実利的な理由ですね。「経済的余裕がもてる」「生活上便利になる」っていうのがあります。たぶん日本の社会政策を作っていたり、産婦人科のガイドラインを作ってる人たちの年代だと、「何としても特定の相手と性行動がしたいから」とか、そういうのがあって結婚したと言うことが多いと思うんですけど、若い人にはそういう理由を挙げる人は少ないですね。そういう理由では結婚しない。他に「愛情を感じる相手と暮らせる」「子どもや家族をもてる」というのがあるんですけど、この「子どもが欲しい」というのも、ちょっと古いデータとかを見ると、たとえば日本女性が何で子どもが欲しいかって言うと、子どもを産む経験がしたいとかではなくて、「親のため」とか、そうなっちゃうので、こっちも世間体じゃない? という感じになってきます。

次は別のデータで、さっきの北村先生たちのグループなんですけど、デュレックスがいろいろデータを取っているけど、最近取ってないよねっていうことで、2013年にネットを使って調査しています。だから、回答率は若い人がわりと高いので、これまたすごいです。データの取り方が違うんですけど、女性を見ると、20代、30代、40代、50代、60代で、セックスレスの比率がほとんど変わらない。20代(35.8%)の方が50代(35.4%)より多いんじゃない? ぐらいな感じです。男性はちょっと違って、20代(19.5%)から60代(36.6%)までほぼ段階的に増えていきます。

結局どうなるかというと……またここで社会問題のクイズです。ちなみに、今日のニュースにも出ていました。『クローズアップ現代』とかでも「産みたいのに産めない、卵子老化の衝撃」っていうのがありました。日本人の平均初婚年齢って、今30歳過ぎてます(女性は2017年で29.4歳)。35歳過ぎると、妊娠しやすさは落ちます。日本では、6カップルに1カップルぐらいは不妊じゃないかと悩んだことがあると言われていて、そうした時に、まずタイミング法ということで、排卵している時に性行動取って下さいねと言われます。その後で、方法としては、精子を自分でシリンジとかに入れてやる人もいるんですけど、あと、カテーテルとかで調整して、膣に直接入れてあげる、子宮に入れてあげるという方法があります。ただそれは人工授精で、体外受精ではないです。体外受精は、昔は「試験管ベビー」と言われて、すごく議論になったんですけど、体外受精もいろいろあります。標準体外受精はシャーレのなかに卵子を入れて、精子をかけるという、シャケの受精みたいな感じ。それが標準体外受精です。顕微授精(ICSI:イクシー)は、そのままだと精子に元気がないといったときに、お医者さんが精子を選んでブスッと卵子に刺してやるのがイクシーです。30万円ぐらいかかります。30万かけて生まれてる子どもが、今、どのぐらいの割合いると思いますか。
受講生:クラスに1人か2人?
坂口:小学校のクラスって、今33人ぐらいですね。体外受精も毎年毎年増えています。そのなかでも凍らされている人、今生まれてくる人たちのなかで、窒素タンクで冷凍保存されていた人が、今、日本の新生児の32分の1です。新鮮胚と凍結胚っていうのがあって、人工授精する時、実は凍結胚のほうが成功率が高かったりします。お母さんの体の調子に合わせて戻すことができるので、凍結のほうが効率よかったりします。新鮮胚と凍結胚を全部合わせて、今、18分の1が体外受精で生まれている。30歳過ぎて結婚して、あるいは、その前から結婚してるんだけれども、それまで定職に就けてなかったから、そろそろ子どもを作ろうかな。でも、なかなかできないな。それで1年、2年……日本のガイドラインは今1年です。1年頑張って自然妊娠しなかったら、不妊治療しましょうね、ということになっています。前は2年でしたが、何しろセックスをしないので、1年になりました。

あとは、さっきも言いましたように、パートナーはいます、仲は悪くないんですけど、旦那さんがセックスをしてくれません。で、しょうがないから、旦那さんの精子をもらって人工授精しようかなって考えてる人は今けっこういます。

何でそこまでパートナーと性行動したくないのでしょうか? 2014年の日本家族計画協会による調査を見ると、女性のほうは圧倒的に、「面倒くさい(23.8%)」。面倒くさいっていうことは、裏には何かいろいろあるかもしれません。「その他(13.0%)」とか「無回答(4.3%)」っていうのは、もしかすると他にもう好きな人がいたりするのかもしれないし、「旦那さんとだけはイヤだ」とかね。女性が拒否するのは、昔からあるわけです。女性が拒否するとか、男性が、妻を女性として見ていないから、性行動は愛人とするとか、そういうのは昔からあるんですけど、最近増えているのは、男性のほうの性嫌悪とか、「妻とはできない」、「子づくりに協力する気もない」みたいな人がすごく増えていて、あとは、「仕事で疲れている(21.3%)」っていうのがあります。

●元々淡泊だったわけではない

さっきの地域差のグラフとかを見ると、日本人とかアジア人って生物学的に元々そうなのかなって思っちゃいますよね。でも、ちょっと衝撃だったんですけど、手元にあった2000年代前半に出た本(『セックスのすべてがわかる本』2003年、矢沢サイエンスオフィス編、学研)で、産婦人科の女医の石濱淳美さんがしていた記述なんですけど、この先生は、1970年頃に老人クラブで400組の夫婦のセックスについて調査しました。60%が75歳まで月1、2回の割合で性行動を取っていた。この頃は平均寿命がだいたい74歳ぐらい。その同じ章に引用されていた1984年のデータというのがあって、どういうふうに調査したかわからないんですけど、管理職の男性の平均性交回数、月ですよ、40代前半6回、40代後半4.5回、50代前半3.4回、50代後半3回、60歳以上2.1回。私は団塊ジュニアの世代なんですが、私の世代から見ると、これ「年」じゃないかと思うんですね。それでもわりと多いかなと思うんですけど。この先生の出した結論は、「人間は死ぬまでセックスできる」。今の私たちは、だいたい子どもを産み終わったり、閉経の時でもう終わりになっちゃうことが多いので、かなりの衝撃ですね。

何でこうなったかについて、だいたいみんな言ってることはあまり変わりなくて、世界的にもそうなんですけど、インターネットとかSNSに依存し過ぎでコミュニケーションが取れないんじゃないかとか、戦後すぐみたいなガツガツした時と比べると、何もしなくても豊かな状態にあるとか、生物学的に、精子濃度が半減してるみたいな話でいろいろ言われてますよね。それがどのくらい本当かどうかよくわからないんですけど、実際にたとえば生殖器の発達障害を持っている人とか、精巣がんとかが増えているということは、もしかしたら、環境ホルモンとか、気候変動とか、睡眠時間――日本は世界でいちばんというくらい極端に少ないです――もあるかもしれない。

ただ日本は、他の国と比べてもやっぱりかなり極端なので、言われているのは、たとえば、明治維新後、当時のビクトリア朝、ヨーロッパの考え方を入れて、一夫一妻の民法にしました。その後、一夫一妻が規範として、とくに戦後、浸透してきたわけですけど、日本は元々セックスもしくは恋愛と結婚は別という考えがわりとあったり、あるいは、永続的一夫一妻という建前がもう成り立たないんじゃないかとか、あとは、他の国の人たちはセックスがなくなると離婚するんですけど、日本はセックスがなくなったからとか、もう相手を人として見ていないからといって、離婚しないんですよ。リストラされたからとか、年金貰えたからといって離婚するんです。要は、経済のためなんですね。あとは世間体ですね。いかに一緒にいることが苦痛であっても、お金が保証されてるうちは、なかなか日本人の女性は離婚しない。

これもよく言われていることですけど、女性に母性が過剰に期待される。母は女であったらいけない。女であっていけなかったら、子どもは産まないですよね。だいたい今の20代の人で、女性の性嫌悪症が3割以上。男性は2割くらいです。戦後の高度経済成長期、「専業主婦」というのを作って、男性は「24時間働けますか」で、息抜きに夫婦旅行に行ったりとかして、うまくいってたように見えるんですけど、お母さんたちは寂しいので、母子密着をしたんです。マザコンがたくさん出て来て、この子たち、いい子なんだけどセックスができないんですね。

あとは、性教育とかトレーニングの問題。昔は若衆宿とか、性的なことを学ぶところがあったんですけど、ここでちょっと言っておきたい知識としては、大型類人猿でも、学習しないとセックスはできません。人間はましてやです。日本のたとえばチンパンジーとか、動物園で飼われてるのの半分くらいの個体は交尾できないんです。そういう社会的な状況で育って社会的に学習しないと。メスと一緒にいたいとかっていうのはあるかもしれないですが、教えてあげなきゃセックスしないです。日本の性教育は、「危ないよ。避妊しなさい」という純潔教育をずってしてきましたよね。今でもそうですけど。じゃ、いつセックスを学べばいいのっていうと、「そのうち大人になったら学ぶでしょう」と、小泉純一郎さんも、昔、性教育の議論の時に言ってましたが、学ぶ場がないんですよ、今。ネットを見ると、生の画像がいっぱい見られるんだけど、実際の人と、友だちと話すとか、人と交流する機会がほぼないんですね。学習しなかったら、しないんですよ。

先ほども言いましたけど、欧米社会の場合は、ヘレン・フィッシャーも言ってるように、相手への情熱が落ちてきたら、次を見つける。なので、ブレンデッド・ファミリー、複合家族が多いですね。わりと普通に、父親、母親の違う家族がいたり、ちょっと昔のリバイバルみたいな感じですけど、ポリアモリー(複数の相手を愛する)っていうのが最近流行っています。昔もオープン・マリッジっていうのが性の革命の時にあって、お互い、複数の相手と付き合っていいことにしようという取り決めをするんですね。ただ、これをする時には、やっぱり人間元々一夫一妻の傾向があるので、嫉妬をしないというルールをいかに徹底させるかが成功の秘訣なんですけど、日本から比べるとそうでもないですけど、なにしろアメリカとかでも性行動の頻度が下がってきているので、アメリカの有料テレビのリアリティー・ショーでポリアモリーの番組が出て来て、すごく共感を呼んでいます。単なる乱婚パーティーみたいなものは関心が減っていて、こういう「ちょっと知ってる間で共有する」みたいなのが最近流行っています。日本は『黄昏流星群』っていう漫画が、もう20年ぐらい前からあるような気がするんですけど、ちょっとここで言いたいのは、この漫画で初老として扱われている人たちって、51歳とかなんですよ。男の人は結婚して子どももいて51歳、女の人43歳、結婚していないとかね。じゃ、私たち何歳まで生きればいいのって、これを今から考えてみましょう。

進化の話をすると、「男性は浮気をしていいっていう議論だよね」って言われることがあるんですけど、調べてもまあそうなので大しておもしろくないので、あんまり研究されてないです。社会的地位が高かったり、魅力的な男性は、機会があったらたくさんの女性と配偶するよねっていうのは、まあそうなんですけど、それを追求してもべつにおもしろくないです。私たちの分野でたくさん研究されてきたのは、「女性の二重配偶戦略」で、いろんな画像に対する好みの研究とかでいろいろやられてるんですけど、普段は、おとなしい育メン(育児をする男)をキープしておいて、妊娠できそうな時とか、浮気の時はイケメンを求めるっていう研究が山ほどされていて、まあそうなのかなっていう感じですね。

●性交渉のない相手と70年いっしょに暮らしていけるか?

では、51歳で『黄昏流星群』の年になったとして、今の若い子は51歳で人生の転機を迎えて、もしかしたら、ほとんどの人は転機を迎えないかもしれないですけど、いつまで生きるのかという話ですね。示しているのは、日本の推計ですけど、2014年に生まれた子どもの半数は、何歳以上まで生きると思いますか。何歳だと思いますか、中央値。
受講生:100歳以上。
坂口:今、推計されている中央値が109歳です。だから社会規範論で、一夫一妻でずっと同じ人と一緒にいることをそのままやったとして、30歳とか40歳でセックスレスになったとしたら、あと、69年ぐらい一緒にいて、その人の介護ができますか? これ、けっこう悲惨な話ですよね。もう何十年もセックスレスのカップルとかだと、「介護できない」って言う人もいます。

時々ニュースとかで、旦那さんが30年前の不倫を、もう時効だと思って言ったら、奥さんが殺しちゃったとか、そういうこともあるわけですね。だいたい人間の期待寿命はどんどん上がっていて、少なくとも120歳ぐらいまで行くだろうと言われています。今だって、唾液や血液で癌とかわかったりする時代なので、遺伝子の変化とかも血液ちょっとでわかっちゃうんですね。アルツハイマーも血液でわかるようになりますね。どんどん実証化されてます。そうした時に、高齢者の性はどうなっているのかということです。さっきは、「妊娠したいけどセックスがない」っていう話でしたが、このセックスがない状態で、あと何十年生きるのっていう話です。示しているのは関東の人だけを対象とした「日本老年行動科学会セクシュアリティ研究会」のデータですけど、データが取られたのは2000年と2012年です。十数年のうちにどれだけ社会が変わったかということなんですけど、男性、女性それぞれ、40代、50代、60代、70代で、2000年と比べると、2012年、セックスレスでパートナーと「年数回か、まったくない」と言ってる人が、50代の時点でもう8割です(男性86%、女性75%)。ただ、性的な欲求自体はあんまり減少していません。マスターベーションの頻度とかも聞いてます。多くの場合は、それでもそんなに夫婦関係悪くはないんですけど。ただ、日本はやっぱり頻度が低いだけじゃなくて、円満な結婚生活に性生活は重要であると考える人の割合も減ってます。

問題なのが、介護施設とかに行くと、70代の男性とか8割ぐらいの人はまだ性的な関心があるんですよ。女性の場合は3割ぐらいなんですけど。そうすると、介護職に就いている人の4割とか5割はセクハラに遭ってます。押し倒されたとか、触られたとか、一緒に布団に入れって言われたとか。男性だけじゃなくて、女性の患者さんが男性の介護士に対してやる場合もあるんですけど、まあそういうことが起こっています。

ちなみに、この12年で何が変わったかと言うと、『黄昏流星群』をしている人がどれだけいるかってことなんですけど、3倍ぐらいに増えました。女性も増えた。ちなみに、これは夫婦間の話を聞いてるんですけど、この時に、中高年で独身の人で恋人のいる人はどうかっていうことも聞いてるんですけど、独身の人はあんまり変わってないんですよ。だから、夫婦間の性生活が破綻してきているということですね。ちなみに、セックスレスの中高年夫婦は、その性行動について、もうパートナーと議論することすらできなくなってきていたり、そもそもボディタッチもしなかったりするんですけど、独身の人たちはするんですね。だから、ただ単に年齢の話じゃないということです。高齢者向けのデリヘルというのが、実はあるんです。「60歳未満お断り」っていうのがあって、ずい分人気があるらしいです。奥さんは更年期以降、ずっと触らせてくれないとか。そうすると、そういう他のところで癒しを求める。

●新しい家族のありかたを考える

最後の章ですね、「新しい配偶者選択/家族」っていうことで、昔のような、「結婚したら子どもができるよね」「いつ生まれるの」っていうのは、もうほとんど成り立たなくなってきています。左の写真はさっきお話しした凍結している精子とか卵子です。ガラス化法といって、ちょっと水分を抜いて凍らせておくと、親の死後でも子どもを作れる。この前、中国で話題になってましたね。夫婦で交通事故で死んじゃって、受精卵は残ってた。法律ではダメなんですけど、親は孫が欲しいので何とかしてっていうことで、国では認められてないんだけど、子どもを作ったとか、数万年後でも、その時にそもそも人間の文明があるかどうかわからないですけど、数万年後でも作れます、ということです。

あとは、二母性マウス。iPS細胞の話を前にやりましたけど、たとえば哺乳類って、ゲノム・インプリンティングっていう仕組みがあって、メス同士、オス同士って、普通はなかなか、他の種と違って、処女懐胎はできないんですけど、遺伝子をいじることによって、これ日本の東京農業大の先生がやったんですけど、卵子2つからでも子どもができた。日本だとガイドラインがあって大っぴらにやられていないですけど、よその国だと以前から精子ってオーダーして買えるんですよ。デンマークでは、国とか、目の色、学歴、スポーツができるかどうかなどを調べて、国際便で精子オーダーできます。日本からでも、バレなきゃ買えます。

欧米では元々、「シングルマザーズ・バイ・チョイス(選択によって一人親)」というのがあって、フェミニズムが復興した時とかに、「やっぱり子どもだけは欲しい。旦那はいらん」、ということで精子を買ったりして、子どもを持っている人たちはいます。日本人も昔からけっこういますよね、結婚しなくていいけど、子どもだけは欲しいっていう人が。最近、若い既婚男性に「もう妻に子作り強要されるの耐えられない」っていう人は多いので、そうすると、結婚していて体も問題ないんだけど、妻とはセックスをしたくないから、「どこかで買ってくれば?」ということが、男性でも増える可能性はあります。

モニターに示しているのは「エッグ・シェアリング」。これは卵子を売るというか、シェアリングなので、めでたく子どもができたあと、余った凍結卵を殺すのは忍びないから、どうしても卵を作れない人にあげましょうという仕組みです。次はテレビのドキュメンタリーの一コマで、レズビアンのカップル。フランスでは法律婚してます。今、両親のゲノムを組み合わせると、子どもがどういう特徴を持って、どういう顔になるか、どういう体型になるかわかりますので、じゃ、この2人で子どもを作ったら、どういう感じになるかな? というのをアートとして見せたものがあって、森美術館で《(不)可能な子供》という展示をしていました。

次の写真は、私、知り合いなんですけど、杉山文野さんといって女子フェンシングの日本代表だった方で、トランスジェンダーで男性ホルモンを打っているのでヒゲが生えてます。奥さんがいるんですけど、子どもを作れないので、社会活動をずっと一緒にやってる仲のいいゲイの友人に精子を提供してもらって、自分の奥さんとの間に子どもができました。となりの写真は、日本人とスウェーデン人のゲイカップルで子育てしています。レズビアンのカップルで子どもを持ってる人ってけっこう多いですね。異性愛で結婚した時の子どもとか、養子を取ったり、精子を貰ってきて作ったり。カリフォルニアで結婚しているレズビアンのカップルの4割ぐらいは子どもを持つと、今言われています。ゲイの場合はけっこう難しいです。自分で産めないですから。写真のゲイカップルはどうやって子どもを作ったかというと、旦那のおばさんが、卵子とお腹を提供してくれたんです。なので遺伝的にも近いですし、この人の精子なので、よく似てますね。ということで子どもを育てています。FUTARIPAPAというブログがあります。

「マンモス展 その『生命』は蘇るのか」(日本科学未来館などで開催)でもやってるんですけど、人工子宮の研究が進められていますし、子宮の移植ができるようになっています。子宮の移植は、性分化疾患で子宮がない女性がいるんです。その人たちが、自分のお母さんとかから子宮を摘出してもらって自分のお腹に移植して何人もの子どもが実は生まれています。また、完全な人工子宮を使わなくても、人工のバッグのなかである程度子どもを育てられます。写真は羊ですが、ある程度成長しているので、ほんとうにちっちゃい時から育つかは、ちょっと微妙です。残っている遺伝情報からマンモスを復活させるという話のときに、何がネックになるかというと、アジアゾウのお腹を代理母にするっていう話だったんですけど、アジアゾウも絶滅危惧種だからちょっと難しいということで、人工子宮の研究も一緒にしようということになっています。

そんな感じで、これからの家族のあり方というのは、「あんまり古い考え方で考えてると、ほんとうに若い人は苦しむよね」っていうことで、話を終わりたいと思います。質問コーナーにしたいと思います。さっきいくつか、すでに質問をsli.doに書き込んでくれている人がいました。

●質疑応答

「性欲の減退、セックスレス化が進んで、滅亡した種というのはあるんでしょうか」という質問です。わからないですからね、滅亡しちゃったら。たまたま生き残ってるのしか見られないですからね。

「アセクシュアルはどうして生じるのでしょうか」。なかなか難しいですね。時々マスコミとかから、質問はあるんですけど。さっきお話した日本人の傾向というのは、ある程度後天的にというか、文化的に作られてきたものがあると思うんですけど、元々全然性欲を感じないという人がいまして、あまりちゃんとした学問的な定義はされていないですね。

「今の日本の10代、20代が恋愛に消極的になっている社会的な要因、生物学的な要因や変化があるでしょうか」。それはなかなかわからないんですよね。内分泌に対して環境ホルモンが、どういう影響を与えるかっていうのも、昔、研究費がついてやっていましたけど、あんまりはっきりした結果はわからない。同じ物質、たとえばダイオキシンとかでも、ウマとサルとヒトで影響が全然違うんですよね。内分泌への影響が最初に出て来るはずなのは、魚とかワニとか。ホルモンの受容体が外に出ているので影響を受けやすいと思うんですけど、どうなんですかね。

「日本で女性の子殺しが多い。セックスレスや少子化は人類の進化に必要な過程なのでしょうか」。わかりません。でも、これだけみんな長生きする状態で、私たちの祖父、祖母の時代は今から考えたらすごいですけど、農村だと女の人は10人とか12人とか子どもを産んでいて、かつ、フルタイムで農作業をして、家事もしていたわけなんですけど、私たちから見ると、10人、12人も産むまで性行動がパートナーとあったっていうことのほうがちょっと驚きですね。

「学習のしやすさ、努力家とか、お金への執着、後天的要因というより、遺伝子レベルの要因があるのでしょうか」。両方だと思います。いろんな行動に対してけっこう細かく遺伝子の話とかありますが、だいたい両方なので、かなり細かく具体的に問題を絞らないと一般論として言えないですね。

「人間の三大欲求のなかで、性欲はなぜこれほどまでにタブー視されているのでしょうか」。日本ではタブー視されてるんですけど、たぶん他の国ではそうでもない。性行動のリサーチで、「人間の幸福とか健康のためにセックスは大事だと思いますか」って聞くと、8割とか9割が大事だ、非常に重要だと考えている国がけっこうあります。日本とタイは非常に低くて、大事だと考えている人は3割ぐらいなんですよ。だから、どこか教育とか社会制度の作り方がちょっと違ったんでしょうね。たぶん戦後すぐでも、農村のほうとか、明治時代、大正時代はたぶんそうじゃなかった。江戸時代は当然たぶん違ってるので、かなり人工的に作ってきたものが残ってしまっているというのがあると思いますね。

「のぼせ上がらずに、友愛だけの関係だと長続きするのでしょうか」。お互いがそれで納得してればいいんですよね。ただ往々にして、どっちかがすごく我慢してるとか、最近よくあるのが、何度言っても夫が応じてくれないので、「もう諦めました」とか。そうなると、もしかすると『黄昏流星群』になるかもしれないですよね。

恋愛という動機付け、感情のシステムがあるっていうこと。厄介なのが、繁殖年齢だけにあればいいんですけど、年齢、性別、性的指向、民族にかかわらず、けっこう出るので、必ずしも「今、子どもを作らなきゃいけない」っていう時に都合よく出るわけじゃないというのが、非常に厄介なところですよね。

「動物によって、1人のメスが産むべき子の数がだいたい決まっていて、それをクリアするために相手を替えるっていう視点はありますか」。一般的に相手を替えても、数は増えないんですけど、遺伝的な多様性は増えるので、オスもメスも複数の相手と配偶をする時は乱婚と言うんですけど、乱婚の利点というのはそうだろうとも言われています。父親の役割が、「他の男からの子殺しや嫌がらせから母子を守る」ことならば、先進国の母子を守るシステムが確立している社会では、父親の役割はほぼないように思います。そんなことはないと思うんですけどね。実際問題、カップルが変わっていくというのは、情熱的でよさそうに見えるんですけど、当然リスクもあって、子どもが小さい時には殺される確率が上がります。とくに、子どもがちっちゃい時とか、女性が若い時とかもあります。ある程度大きくなってくると、ウッディ・アレンの家みたいに、お父さんが養女に手を出すというのがあって、やっぱり一長一短ではあるんですよね。だから日本みたいに、相手のことをとっても嫌いなんだけれど、とりあえず何十年も我慢してるっていうのと、どっちもどっちなので、これが正しいというのはなかなか言えないですよね。

「男性では繁殖可能期間は種別の違いはありますか。高齢男性の役割は何ですか」。何なんでしょうね。けっこう、いろんな狩猟採集の社会とかで、「おばあさん仮説」というのは基本的に検証されています。おばあさんがいると、孫の生存率が上がることがいろんなことで言われていて、父親よりもおばあさんのほうが生存率が上がると言われています。社会によって、父方のおばあさんのほうがいいとか、母方のおばあさんのほうがいいとかありますが、狩猟採集の社会でも、おばあさんがいると子どもと資源を取り合って、逆に生存率が下がるところもあるので、もう単純に伝統社会というか、いわゆるサベージの社会はこれって言えないですね。全部多様なので、クン族の真似をすればいいよとか、アチェの真似すればいいよというわけにいかないんですね。

「日本の少子化対策としてすべきなのは、セックスの社会的な重要性を上げる活動なのではと思いました」。まさにそう思いますね。「セックスは危ないものだ」というふうな教育しかしないんですよ。いつか、ちょうどいいタイミングでそれを好ましく思うようになるんじゃないかと期待していたんですけど、そんなことはないです。オランダとかだと、5歳ぐらいから性教育をしてると話題になっています。あと、親とかまわりの大人が、生活にとって重要なものであるというモデルを見せるというのもあります。そうしないと、学校によっては高校を卒業した時に何割かの女の子は妊娠してるっていうこともあれば、みんなが大学に進学するようなところだと、大学の時にほとんど恋愛をしない。その後、就職すると、同じ職場の人しか相手がいないし、男も女も過労死するかどうかくらい働いてる状態で、恋愛なんかしてるヒマはないんです。たまたま若いカップルがいたとして、就職して20代で子ども産もうとしたら、だいたいマタハラされて、職がなくなります。そうすると、やっぱり合理的な判断なんですね、今の若い人たちが子どもを産めないっていうのは。でも、若い時に子どもを産んで、生涯賃金2億とか失うのと、30過ぎまで待って不妊治療に1千万かけるのどっちがいいかって言ったら、2億のほうがやっぱり惜しいですよね。しかも、この後100年以上も、年金が貰えなくて、2000万じゃ足りないですよね、120歳まで生きるとしたら。

「人間の子育ては複数が協力して行うようにできているようですが、母親が孤立しがちな日本の子育てはリスクが高いんでしょうか」。高いでしょうね。実はうち、小学校1年生の子どもがいるんですけど、やっぱり保育園とか学童とかに行ってないと、子どもたち同士で集まって遊ぶ機会は、たぶんほとんど作れないと思うんです。外に置いといたら、小学校1年生の女の子にでも声掛けてくる人とかいます。私は北海道出身ですけど、小学校上がる前でも1人で人の家に遊びに行ったりしてましたけど、もう無理ですからね。家のなかに囲い込まない限り非常に危なくて、ずっと置いておくことはできないとなると、子どもたちの居る場所を作ってあげないと、勝手に遊ばせていられないわけですよね。

「のぼせ上がりはなぜ長続きしないのでしょうか、続けば楽しいと思うのに」。続いてる人もいるみたいですけどね、なかにはね。やっぱりすごい工夫をしてるとか、一緒に住んでないとか。うちはそうじゃないですけど、研究者は一緒に住まない人とかけっこういます。自然消滅する人もいるかもしれないですけど、続く人は続くんじゃないでしょうかね。こんな感じでよろしいでしょうか。どうもありがとうございました。

河野:このトレンドがどこかで変わっていく気配はなさそうですね。つまり、性教育をやろうって言っても、教える先生がまさにセックスレスのど真ん中にいる人たちだから、どうやって教えるかも見えてこないですしね。
坂口:一部に布教者みたいな人がいるんですけど、一般の人たちはけっこう難しいと思いますね。おっしゃる通りで、教える側が知らないというか、やってないことは知らないですね。全部、知識だけの話になっちゃうと思うんです。
河野:結論はないんですが、なんか胎児の世界を見たり、アカテガニを見に行ったり、いろいろしてますけど、今日うかがった話をそれとどうつなげていくかは、まったくわからなくなりました(笑)。次回は植物の話になるんですけれども、おしべとめしべの戦略生態が人間と比べ物にならないぐらいたくましくて、植物は元気なんですよね。そういう話が次回は聞けるかなと思います。ほんとうにいったいどこへ行くんでしょうね。坂口さんありがとうございました。

おわり

受講生の感想

  • 異性や性行為に自分事としての実感が持てない、むしろ忌避感を覚える、しかしながら性への関心や欲求はある……まさに私だと納得しました。 日本全体でその傾向があるというデータに 自分がおかしいわけではないと分かって 十数年来の不安が解消されましたが、 そこで安心していると日本の少子化がますます進んでしまうのが辛いところです。

  • 日本の「異質さ」に衝撃を受けた。なかなか一度に消化しきれない。じっくり考えていきたい。

  • 人間の性行動について考えることをついつい避けてしまいますが、目をそらしてはいけない問題なのだということを痛感しました。それにしても、日本の未来っていったいどうなってしまうのでしょうか。

  • 「のぼせ上がり」を長続きさせるためには工夫が必要、というのは、本当にそのとおりかもしれないと思いました。配偶者との関係維持には「お手入れ」が必要、ということですね。