ダーウィンの贈りもの I 
第4回  増﨑英明さん最相葉月さん

胎児の世界、生命進化の記憶

増﨑英明さんの

プロフィール

最相葉月さんの

プロフィール

この講座について

「ダーウィンが胎児を見ることができたら、夢中になって研究したでしょうね」。産婦人科医となって42年。超音波を使った胎児の画像診断の専門家・増﨑英明さんが、敬愛するダーウィンに思いを馳せながら、知られざる「胎児さん」の世界について語ってくださいました。ノンフィクション作家の最相葉月さんをガイド役に驚くべき話が次々と明かされます。子どものいる人もいない人も、男も女も聞いてほしい胎児の話です。(講義日:2019年7月3日)

講義ノート

最相:こんばんは。第4回ということで、みなさん、かなりもう進化の世界に慣れてこられたと思うんですけど、今日はいよいよ、私たち自身の話になります。ダーウィンは『種の起源』で、注意深く人間の話を避けています。それは「すべての生物が同じところから進化してきた」という、非常にセンセーショナルな自分の理論を発表するにあたって、人間を語ることが、その時代にいかに恐ろしいことであったかを示しています。最初は家畜とかハトとか、動物の話をメインにしました。その十数年後に第1回の先生・長谷川眞理子さんが翻訳なさった『人間の由来』という本で、ついにダーウィンは人間について語っています。それは、私たちも下等生物も、みんな同じところから進化してきたんだという話ですね。今日は、ダーウィン以前の話から始めてみたいと思います。今日のメニューは、こんな形で進行していきたいと思います。

(本日のメニュー)
1.前菜:校長先生のお話
2.スープ:みんな胎児が見たかった
3.魚料理:胎児の表情七変化
4.グラニテ:ある産婦人科医の生活
5.肉料理:出生前診断と胎児治療
6.デザート:増﨑先生の性教育
7.珈琲:質問コーナー

前菜、河野先生のお話はさきほどいただいたので、スープに入りたいと思います。「みんな胎児が見たかった」。さて、私たちはいつごろから胎児を見ようとしていたのか、そういう話から始めてみたいと思います。増﨑先生、お願いします。

増﨑:長崎から来ました増﨑です。本日のメニューを出していますけど、私、こんなふうな表現の仕方をするんです。まず前菜はもういただかれたので、スープに行きたいと思います。示している絵は、ダ・ヴィンチが描いたんです。ご存知のように、天才的な絵描きさんですから、胎児もめちゃくちゃ上手に描いているわけですね。誰もこんな絵、描けていないです、この時代に。なぜか? 見ていないからですね。では、ダ・ヴィンチは、どうして描けたのか? 見たんですね。死んだ妊婦さんのおなかを自分で解剖したといわれています。そうじゃなきゃこの絵が描けるわけがないですね。その絵の隣は超音波の胎児像です。ビビッドに映っていますね。大きさは、頭からお尻まで20cmぐらいだと思ってください。動画を動かします。実時間で動いています。ゆっくり動かしているわけではないんですね。こういう足の動かし方、みなさん、もうできませんね。ゆっくりゆっくり足を上げて、ゆっくりゆっくり足を下ろしてきます。こういう絵を昔見たような気がしますね。月の上、無重力に近いようなところだと、こういう動きがきっとできるんです。つまり、子宮の中というのはそういう場所なんです。私たちがいるような重力のあるところじゃないんですね。

次のスライドは、中国4000年前を思ってください。象形文字ですね。文字というのは、中国の人が形を見て作ったわけですけど、「包」という字はこうやってできたんです。子宮の中に入っている胎児なんです。それが崩れていって、包むという字になった。つまり包の外側はお母さんの子宮で、中の己という字に近いような、その部分が胎児なんですね。考えてみると、この胎児は逆子ちゃんです。もし頭が下にあるということを知っていたら、包という字はこんな字になっていないですよ。おもしろいですね。次のスライドもダ・ヴィンチの絵です。さっきとはまた別の胎児を描いたんですね。これも子宮を開いて、中にいる赤ちゃんを実際に見て描いたんでしょう。

最相:かなり大きく見えるんですけど、何カ月ぐらいでしょう。
増﨑:これはおそらく生まれる間近の子だと思っていいです。よく見ると、臍帯が足に巻いていることまで描いてあります。ただ、子宮の中に胎盤はないんですよ。彼は、胎盤に非常に興味を持った。実は絵の外にあるんです。右下にあるのが胎盤の絵なんですけど、子宮から取り出して見ていたということなんでしょうね。しかしさっきご覧になったように、この胎児はとても上手に描けていますけども、亡くなっている胎児です。生きている胎児はこんなふうにはしていないですね。もっと緊張感があります。これが16世紀です。

左側にある絵は、17世紀の医学の解剖学の本です。よく見てくださいね。お母さんが自分でおなかを開いている。「はい、見てください」といってますね、それでそのおなかの中が右下のところに置いてあるんですね。わかりますか。その中の真ん中下のところに、切り開いて胎児が中にいるんです。中にいる胎児はやっぱり逆子ちゃんで、頰杖をついています。これ、医学書ですよ。頰杖ついているんです、胎児が。おもしろいですね。そういうふうに想像していたんですね。見えないから想像するしかないですね。それが17世紀。次は日本の浮世絵です。想像するだけだから、洋の東西を問わず、ですね。お母さん方のおなかが透けて見えている。日本はちょっとやっぱり変わっている。逆子もいれば、頭が下もいる。いろんな形をしているんですね。

さて、左にある絵は、ホムンクルスといって、人間になっていく「もと」ですね。もともと人間がどうやってできているかというのはいろんな説があったんですけど、大きくは前成説と後成説というのがあった。前成説は、もともと人間の形をしている小さいもの、たとえばアリみたいな大きさの「ヒト」がいて、それがお母さんの体の中で大きくなっていく、そういう考え方を前成説といいました。一方、もともとは「材料」だけがあって、それが上手に組み合わさって人になっていくというのを後成説といった。これふたつとも16世紀ぐらいからあったんですけど、どちらかというと、もともと人の形をしているものがあるという考えの方が強かったんですね。それも、お母さん側からだけできるというのと、お父さん側からだけできるというふたつの説があります。よく、梅の木なんかをよく見ると、新芽が出たころに、小さい虫がついていますね。アリマキというんですけど、あれはメスだけで発生するんです。オスはいなくてもちゃんと子供ができる。それを見た人たちは、人もお母さんだけで子供ができていくと考えたんですよ。変ですよね。だって、お父さんに似ていた子はどう説明するんですかね。

最相:ちなみに、受精という概念がまだなかったということですよね。
増﨑:そうです。そういうのが、わからなかったんですね。顕微鏡がなかったから、小さいものは見えなかったんですけど、そのうち顕微鏡ができました。その最初の人が、このレーウェンフックというオランダの服屋さんで、その人が、ビー玉みたいなののうんと小さいの、それを針の先みたいなのに貼り付けて、こうやって目に近づけて物を見た。そこらへんの水たまりを見ると、なんか虫がいたんですね。あるとき、誰の精子かわからないですけども、精液を見てみたんですよ。そうしたら精子がいたんですね。ぐにゅぐにゅ動いているわけですよ。「ああ、そうか。この頭の中に人が入っているんだ」と。その絵なんですね、左は。そう考えると、なんか説明できるじゃないですか。男の人の精子の中に小さい子供がいて、お母さんの子宮の中で大きくなっていく。そして人になって生まれてくるといえば、「なるほど」って思いますよね。みんなそう思ったんだと思います。まあ、しかし間違いだったわけですね。そういう論争をこの時代、100年間ぐらいやっていたんですけど、最終的には発生学というのが出てきて、精子と卵子が一緒になって、もともと材料だけあったものが、だんだん人に変わっていくことがわかっていくわけです。真ん中にある絵は、分割という絵です。右の方も超音波の絵です。この赤ちゃんは3cmほどです。ぜひみなさん、これを人ごとだと思わないで、自分がお母さんのおなかの中にいたときだと思ってください。3cmの自分です。みんなこの時代、あったんですよ。

最相:3cmというのは、だいたい……。
増﨑:妊娠10週ですね。10週のときは、100人いたら100人、みんな3cmなんです。黒人も白人も黄色人種もみな同じ色をしています。だから個体差はないんですよ、この時代。とっても平等なんですね。左の絵、とても上手ですね。ヘッケルという人が描いた絵なんですが、半分絵描きみたいな人なので、非常に絵が上手なんですけど、解剖学とか発生学とか、そういうのをやった人で、ダーウィンにもすごく影響を与えた人です。あとで出てきますけど、「個体発生は系統発生を繰り返す」ということを言った人です。右は超音波をまたお見せします。これもおもしろい絵です。みなさん、これも自分だと思って見てください。なんか紐がついていますね。壁から紐が出て、自分のおなかについています。これが臍帯です。この胎児は、今静かになりましたけど、また動き出します。このおへそで生きているんですね。胎児は自分で生きているわけじゃなくて、生かされている。このおへそがなかったら生きていないんですよ。

最相:すごく動いていますね。
増﨑:うん。私たちが肺で呼吸をするように、胎児はおへそで呼吸をして、胎盤で呼吸をしている。だからよく考えてください。胎児を育てているのは胎盤です。胎盤を育てているのはお母さんです。だから妊娠しているお母さんは、胎盤を育てているんです。これ、ちょっと覚えておいてほしい。胎盤が胎児を育てている。お母さんが直接胎児を育てているわけではないということですね。おじいちゃんの写真がいっぱいモニターに出ていますけど。この時代、けっこうおもしろい方々がいっぱい出ています。左の下はダーウィン。今回の主人公です。上の写真がメンデルです。名前聞いたことあると思いますね。あとの方は、あまり名前知らないと思いますけど、下の左から2番目はゴールトンという人で、ダーウィンのいとこです。この人が優生学協会というのを作った。今、悪い意味に使われますけど、優生学を始めた人ですね。その横にいるのが、さっきの上手な絵を描いていたヘッケルさん。ドイツの人です。一番右にいるのはヴァイスマンという人で、この人のことを夏目漱石も書いていますけど、非常にユニークな人です。なぜ人は死なないといけないか、みたいなことを一生懸命研究した人です。

●同時代を生きたダーウィン、メンデル、ヘッケル

ダーウィンは進化学、メンデルは遺伝学、ゴールトンは優生学、ヘッケルは発生学、ヴァイスマンは生殖ということをやりました。この人たちが、みんな同じ時代に生きていたんですよ。お互いに非常に影響を与え合っています。ヘッケルという人は一番若いですが、この人もダーウィンのことをすごい尊敬していました。ダーウィンは、ヘッケルの説を聞いて非常に喜んでいます。非常にわかりやすく説明をする人だったんですね。ところが一人だけ忘れられていた人がいて、それがメンデル。ちょっとかわいそうです。この方は、修道院の院長さんにまでなりましたけど、科学者としてはほとんど忘れられていました。渡辺政隆さんや長谷川眞理子さんの話にもありましたけど、ダーウィンは進化論を思いついてから20年間、表に出さなかった。おそらく出すと宗教界から叩かれるというのがわかっていたので出さなかったんですけど、メンデルは自分が気がついた遺伝の法則というのを発表したのに、35年間、誰も気づいてくれなかったんです。発表したのは1865年。1900年になって突然3人、気づいた人が出てくるんですね。これも奇跡みたいなもので。ワッと3人、違う国の人が、メンデルの法則に気がついた。昔、こういうことを言った人がいないか調べてみると、メンデルという名前が出てきた。「メンデルの再発見」といって有名な話です。

実はメンデルが見つけた遺伝というのは、ダーウィンがまったくわかっていなかったことです。ダーウィンは自分なりの遺伝の説を作っていましたが、それは間違いでした。ダーウィンが考えていたのは、だいたい当時の人が考えていたのと一緒で、たとえば血液が混じると、それが半々になるみたいに、遺伝も、たとえば身長が高い人と中くらいの人が混じると、その真ん中ぐらいになると。融合説といっていますけど、そういうのだと思っていたんですね。でもそうではない。メンデルは、背の高い人は高い人の遺伝子として残っている。中くらいの人は中くらいの人として残っていくと言ったんです。そのどこかで突然変異が起こると、クリッと変わっちゃう。それはダーウィンが言ったこととは合わなかったんです。あとでまた、お話しします。

ヘッケルはおもしろい方なので、ちょっと話をしたいと思います。写真では昆虫採集の道具を持っていますね。当時の人はまだ「科学者」と呼んでいない。博物学者といっています。何にでも興味を持つ。今の科学者より、うんとおもしろい職業だったと思いますね。右にあるクラゲの絵、すごいでしょ。これもヘッケルが描いた絵です。日本語で本が出ています。こういうクラゲに自分の奥さんの名前とかつけていますね。奥さんにささげたクラゲという(笑)。

最相:前回、三中信宏先生の系統樹の講義の中で、ヘッケルの絵が出てきたのを覚えていらっしゃいますか。部屋の入り口にものすごくきれいな原典が紹介されていました。
増﨑:そうですね。たいした絵描きなんです。これが有名な絵です。上はみんな同じような小さい絵で、胎児の早い時期。下に行くとだんだん形が決まってくる。魚は魚の形、カメはカメ、ブタはブタ、ヒトはヒトみたいになるという絵を描いた。つまり、彼はなにを言いたかったかというと、みんなおなかの中で進化をもう一回やっている。子宮の中で、魚→爬虫類→哺乳類みたいに進化をしている。その痕跡がこういうふうに並べてみるとわかる。確かに、ヒトの胎児もかなり早い時期、エラがあるんですよ。ある程度の時期までは、しっぽがあるんですよ。みなさんもしっぽ、あったんですよ。足よりも長いようなしっぽが。そういう絵が描いてあるんですね。

最相:そのしっぽがだんだん短くなっていくわけですか。
増﨑:そうです。まれに残っている人もいます。痕跡として。胎児期の痕跡はいくつかあって、そういうのを一生懸命探した人でもあるんですね。右の絵もヘッケルが描いたんですけど、これも系統発生。魚からだんだんヒトになっていくのを、大人で並べてみても、同じような臓器をちゃんと持っているという絵なんですね。

最相:エラとかしっぽ、歯もそうですけど、ダーウィンも『人間の由来』の中で、痕跡器官という言葉で、生物の中で「使わないのにまだ持っているもの」について書いていますね。その中で、5カ月ぐらいの胎児の毳毛、産毛について書いています。みなさん、未熟児で小さい赤ちゃんが生まれると、毛がけっこう生えているなと思いませんか。生まれたての赤ちゃんって、すごく毛深い赤ちゃんがいて、心配されるお母さんがいらっしゃるんですけど、だんだん消えるんですよね。
増﨑:そうです。
最相:あの毛についてダーウィンは、私たち人間が、全身が毛に覆われた動物だったころの名残ではないかと書いていますね。
増﨑:そうです。背中なんかによく生えています。胎児期に抜けていくんですね。それで、自分で飲んじゃうんです。それを自分のおなかの中にためておくんですよ。あとで言うかもしれないけど、胎児っておしっこしていますけど、うんちしないんですね。考えられないでしょ。9カ月間便秘ですよ。だから絶対僕らと同じ生き物じゃないんですよ。僕はずっとそう思っていますね。いや、おもしろい方々ですよ、胎児さんは。

●曲解された優生学

増﨑:これもヘッケルの系統樹という有名な絵です。右の絵は渡辺政隆さんも言っていましたけど、『種の起源』の中にただ一つ出てくる、絵といえば絵ですね。へたくそな絵なんです。やっぱりヘッケルみたいに絵がうまいと、そのこと自体が説得力なんですね。ダーウィンの系統樹と比べると、よくわかりますよね。上にあるのは、先ほど最相さんが言われた『人間の由来』に出てくる絵ですけど、ダーウィンは自分で描かないんです。
最相:上が人で、下がイヌで、両方ともスケッチは別の研究者から借りてきたもの。何を示しているかというと、ちょうどエラの部分とか尾の部分が痕跡器官で共通するよということを示している図なんですね。ダーウィン自身が見て描いたわけではないんです。
増﨑:ただ、この絵を見てダーウィンはすごく感動したんですよ。「俺が言わんとしていることを、こいつはちゃんと言っている」みたいな。それで自分の本に取り入れたんですね。こちらもヘッケルの絵で。ここらへんからちょっと悪く言われる原因になっていくんです。左側は、オランウータンからゴリラになってヒトになっていく。だんだん背中が上がっていって、立っているわけですね。こんなふうに進化していくとヘッケルは思った。それを、わかりやすく絵にするわけです。同じ木の中にチンパンジーとかゴリラとかいて、ヒトがいるんです。黒人なんですよ。そこがのちに問題にされるんです。このときは誰も問題だと思わなかったと思うんだけど。要するに優生思想の芽生えだというふうに言う人がいるわけです。ドイツ人だけど、当時、世界中にものすごい影響力を持ったんです。影響を受けた中の一人に、ダーウィンのいとこのフランシス・ゴールトンがいます。知能指数160ぐらいの天才と言われました。その人が天才の家系みたいなのを調べるんです。天才の家系は、天才を生んでいく、と。

一方、ダーウィンが最初のころにやったのは、たとえばハトの形をいろいろ変えるとか、あるいはイヌをダックスフントみたいに足を短くしてウサギ狩りをするのに使いやすいようにするとか、人為的に動物の形を変えることができるということをしきりにやったんですね。それなら人も変えられるんじゃないか。ゴールトンが言ったことは、今ではすごい悪いことみたいにいわれていますけど、本人はまったくその気ないんですよ。いいものといいものを合わせれば、よりいいものにできる。人も、よりいい人になる。悪いものを摘めばよくなるとはいっていないんですね。でものちにそう曲解する人たちが出てくる。だから優生学というのは評判が悪いんですね。

この考え方に世界中みんな飛びついたわけです。具体的にいうと、アメリカが一番早かったんじゃないかと思います。断種法だったかな。1907年ぐらいに。それから一番責められるのはナチスによるジェノサイドですね。悪い種を摘めばいいものが残るというのを、実際にやってしまったわけですよね。もちろん日本にも入ってきました。国民優生法。断種法ですね。今、かなり問題になっているものですね。名前が優生保護法と変わって、ずっとあったんですよ。私が産婦人科になったころは、優生保護法といっていた。センス悪いですね。優生という名前を残していること自体、非常にまずかったと思いますけども、かなり長く残した。それで、言葉だけは変えたんですね、母体保護法に。中味も多少は変わりましたけど、根幹になる部分はあまり変わっていない。今も残っています。こういう影響は世界中に広がっていく。ある意味怖いことだと思います。

日本に入ってきて、日本の人で、ものすごく影響力を持つ人、この人です。まだ一万円札、この方ですよね、確か。よく知っている言葉です。「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと云へり」。『学問のすゝめ』の巻頭にありますね。この同じ方が1889年、言うことが全然違っているんですよ。「人の能力の発育に天然の極度あり」(『文明教育論』)。前に言ってたことと違うじゃないのということなんですよね。これはゴールトンの本を読んで影響された、と言っている方もいます。そうじゃないかなという気はします。ちょうどそういう時代なんですよね。僕、基本的に福沢諭吉さん大好きで、いいこといっぱい言っていらっしゃるので尊敬していますが、こういうことも言ってらっしゃるということです。

もう一人の方、ヴァイスマンという方もすごい人だと思います。渡辺さんが確かおっしゃっていた、ダーウィンの50年前にラマルクという人が出てきて、「獲得形質の遺伝」、つまり、体が覚えたこと、たとえばお父さんが一生懸命頑張って筋肉をつけたら、それは子供に遺伝するという説を言っていたんですね。ダーウィンは、最初はそれを否定していたんです。「そうじゃない。淘汰で進化は進む」と言ったんですけど、まわりからいろいろ言われるうちに、「獲得形質の遺伝」を受け入れるんですね。ダーウィンは6版まで『種の起源』を書いていますけど、最後のあたりはその話が入ってきています。

でもヴァイスマンは、「そうじゃない。ダーウィンがあとで受け入れたものは間違いだ」と。獲得形質の遺伝はあり得ないと言ったんです。なぜか? この人、それを証明したんですね。右に書いてあるのは、私がヴァイスマンの考えているのは、こんなことかなと思って絵にしたんですけど。要するにこの人は、ヒトの細胞には体細胞と生殖細胞があると考えた。これはたしか、ウニの研究から見つけたんです。要するに生殖をする、つまり後の時代につないでいく細胞と、自分一代で終わる細胞がある、ということを見つけたんです。この話はあとでまた少し深くお話ししたいと思います。これは本当なんです。体細胞と生殖細胞というものがある。ヒトでいえば、女の人は卵巣の中に持っているし、男の人は精巣の中に持っている、それが生殖細胞。それは体細胞とは別個の場所に置かれている。それを見つけた人です。

だからヒトの個体発生、つまりヒトが生まれて死んでいく、その流れをヴァイスマンという人は非常に詳しく考えた。研究するのは難しいですけど。なぜ死というものがあるんだろうということを、すごく考えていますね。すごく大事なことだと思います。みんな、生まれるところはよく考えるけど、死ぬところはあんまり考えたくない。宗教の話かなと思うけど、そうじゃなくて、科学として考えていますね。

●遺伝子を見つけたメンデル。生殖細胞を見つけたヴァイスマン

それから遺伝を一番考えたのは、もちろんメンデルです。先祖から子孫になにか伝えられるものがある。それが何なのかということを、エンドウマメを使って、10年以上研究したわけです。そしてダーウィンがやったこと、あるいはヘッケルがやったことは、系統発生ということで、進化ということです。魚が哺乳類にまで変わっていった、そういう進化をやったということです。この三つがこの時代に、同じ時代に、いろんな人たちが関わって、少しずつ明らかにしていったということになります。その中で、メンデルは遺伝子を見つけた。これが一番大きかったですね。そしてヴァイスマンは生殖細胞を見つけたわけです。こういうことで、だんだん個体発生、それから遺伝、そして進化ということが、科学として考えられるようになってきたということだと思います。

最相:ヘッケルの「個体発生は系統発生を繰り返す」のところで、一人、紹介しなければいけない日本人がいます。最初のところで校長先生が紹介された三木成夫の『胎児の世界』。1983年に出ている中公新書です。三木先生はもともとは解剖学者なんですね。個体の発生が生命進化を取り込んで発生していくことを、実際にニワトリとか、最終的には人間の胎児に迫るわけですけれども、それを用いて証明していこうとなさった。その研究が書かれているのが、この本です。増﨑先生と『胎児のはなし』という本を作るにあたって、三木先生の時代、胎児がどういうふうに見えていたか、見ようとしていたかという探究心と欲望とがないまぜになった「真実に迫り、真理を究めたい」という思いに非常に感銘を受けまして、私たちの本を作ることになったわけです。この本に出てくるのが、ちょうどヘッケルが描いた絵と重なり合うんですね。だから三木先生は当然ヘッケルを意識されていたと思いますし、その延長線上で現代の進化について考えることができるようになった、非常に貴重な本ですので、こちら、ぜひみなさん、お読みになってください。それでは、ここからは実際にどういうふうに私たちが胎児を見られるようになったかというところに進んでいきたいと思います。増﨑先生は超音波がご専門なんですけれども、そもそも超音波がどういうところから開発されて今に至ったかを、ぜひ教えていただきたいと思います。これは非常におもしろい起源があるんですよね。

●超音波のはじまり

増﨑:はい、おもしろいですよ。期待してください(笑)。はじまりはあのタイタニックなんですね。映画見られたと思います。タイタニック号は、1912年に氷山にぶつかって沈むんですね。出航して5日目に、氷山にぶつかる。映画を見られたら、あのとおりですよ。要するに氷山なんか見つける方法がなかったので、高いところに上って、夜通し観測している人が映画でも出ます。あんなことで見つかるわけないんですよ。だって氷山というのはほとんど海の下にあるわけで、海の上に出ているのはほんの一部なんですね。だから「あ、あった」なんて思ったときはもう、ゴーンとぶつかっていて、船の底とか横に穴が開いて水がワッと入ってくるんですね。すごかったですね、映画。実際、ああやって沈んだんですね。でもイギリスは、あれを不沈船といっていたんですよ。絶対沈まない船だという自信があったんですね。ところが1500人以上が海に沈んだ。威信を傷つけられたから、なんとか氷山を見つける方法を開発してくれと。偉い科学者たちがそれに飛びついてくるんですね。たとえばマリー・キュリーのご主人、ピエールとかね。それからその弟子のランジュバンとか。ランジュバンのことを話すとまた長くなるので(笑)、あれですが……。そういう人たちが、結局水晶を使って成功した。水晶に電気を流すと圧ができるんですよ。非常に速い振動というのがなかなかできなかったんだけど、それを使って振動を作る。ものすごく高周波数にしないと、超音波は水の中をまっすぐ進まないんですね。それがなんとかできたといってセーヌ川で実験したといわれています。1914年ごろです。

1914年というと、第一次世界大戦なんですよ。ドイツ軍のUボートが出てくるわけですね。水の中にいて見つからないから、知らないうちに魚雷を撃つ。それも戦闘をやっている船じゃなくてね、人を運んでいるとか物資を運んでいるような船を次々と沈めるわけですよ。これ、たまんないわけですよ。超音波は今度はそれに使われるわけです。潜水艦探知機として。まあ、完全にできていなかったから、どれくらい見つかったかわかりません。第二次世界大戦のときには、もうほぼ潜水艦探知機としては完成していたんですね。だから水の中にいる潜水艦は超音波(ソナー)で見つかってしまうし、上に浮かぶと、今度は電波(レーダー)で見つけるみたいなことで、潜水艦はあまり役に立たなくなっていったらしいんですよ。

戦争が終わると日本が出てくるんですね。日本は何に使ったか。魚群探知機に使うんです。ちょっとおもしろい話を読んだことがあって。潜水艦探知機を駆逐艦に載せていたんですよ。「お、潜水艦いたぞ~」って追っかけていくと、途中でスッと消えることがあるっていうんです、潜水艦が。どうしてかというと、それ魚の群れだったんです。魚の群れを追っかけていたら、魚がぱっと散ると消えたように見える。その話を聞いたのは日本人で、これは魚群探知機に使えると思って、潜水艦探知機の原理を魚群探知機に使ったという話を読んだことがあります。その会社の社長さんか誰かが書いていた。そういうのを思いつくところがすごいじゃないですか。日本人、捨てたものじゃないですよ。戦争が終わってから、日本人は栄養を鯨で取ったんですよ。僕の小さいころ、鯨をいっぱい食べていました。お正月は必ず鯨を食べていました。南氷洋の鯨もそれで見つけられるわけですよ、鯨探機。鯨を探す機械。そうやって日本が超音波の平和利用をしたわけです。

そうするとそれをまた、ヨーロッパかアメリカ人か忘れたけれども、医者が日本に来たときに、すごいいい機械だなと。その魚群探知機を持って帰って、人の頭に使ったんです。人の頭。一方から超音波を流すでしょ。で、反対から超音波が出てくるわけですよ。頭の真ん中に大脳鎌というのがあるんですけど、そこで一つ波形が出るんですね。頭の左右から大脳鎌までは同じ距離のはずですよ。ところが途中に脳腫瘍があったら、一方が長くかかるわけです、超音波の到達する時間が。それで、ここに何かがある。脳腫瘍とか、出血とかね。それがわかる。人については、だから最初は頭に使ったんですよ。

最相:超音波を人体に使っても大丈夫だというのは、それまでに証明されていたんですか。それともいきなり人体実験ですか。
増﨑:昔はみんな人体実験ですよ。そんなもの、わかるわけない。使ってみて大丈夫だったから、大丈夫ということ。今だったら動物実験とか、順番があるんだけど、たいがい昔はすぐ人でやりましたね。実際、超音波って、ほとんど人体に影響ないです。損傷を起こさないですね。だから胎児にあんなに使っているんですよ。心配しないでいい。

最相:胎児に最初に使われたのはいつごろ、誰がやったんですか。
増﨑:イアン・ドナルドって、みなさん知らない人がやったんです。ほんとは頭を見るよりも潜水艦とか鯨を捕まえるのが得意なんだから、水の中のものが一番得意なんですよ、超音波って。だから胎児が一番得意分野のはずだったのに、胎児は一番最後のあたりなんですね。1960年代ぐらいから胎児に使っています。
最相:最近の感じがしますね。
増﨑:グッと最近です。で、見てみたら、よう見えたと。時々九州弁が出ます。「よう見えたね~」って。その最初に見た人が描いた1960年代の論文を読むと、その胎児を「月面の宇宙飛行士(Astronauts on the moon)のようだ」って書いてあるんですよ。時々詩人がいるんですね。さっきの三木成夫先生も詩人ですけどね。

最相:増﨑先生は1977年に、産婦人科医になられたわけですね。
増﨑:ええ。
最相:そのときの超音波写真がこれですね。
増﨑:何のことかわからんでしょ。これは、上がお母さんのおなかです。中にまあるいラグビーボールみたいなのがある。胎児の頭なんですよ。これは私が初めて見た胎児。研修医の1年生でした。長崎大学の病院に機械1台しかなかったです。それも外科にしかなかった。私、妊婦さんにお願いして、「本になんか見えるって書いてあるから、お手伝いしてください」って言って、上の先生の許可もなんもなしにつれていって、見た。そうしたらこれが見えたんです。このとき、はまったんです。一発ではまりましたね。だって誰も見たことないんですよ。私の先生も、教授も、誰も見たことがない。一発ではまりましたね。それが1977年。だから私の「胎児元年」と、こういうことなんです。

●胎児の表情七変化

最相:おなかの下のまあるいのが胎児の頭ですかね。
増﨑:そうです。でも頭の中なんか、なんにも見えないでしょ。こんなものだった。白と黒しかなかったんですよ、この時代。それも、今お見せしている画像は固定していますけど、どうしてこんなに暗くしているかっていうと、暗い部屋じゃないと見えなかったんです。ブラウン管の時代ですから、ボーっと映ってパッと消えるんですよ。
最相:昔の潜水艦のレーダーみたいですね。
増﨑:そうそう。ピイヤ、ピイヤ、ピイヤ、ピイヤ。そういう感じだったんですよ。でも、これから10年ぐらいの間に画像の集積装置ができて、消えなくなったんですね。もうひとつは、白黒じゃなくて、灰色を使えるようになったんです。つまり、今の白黒写真みたいになった。そうすると、グッと実物に近くなったんですね。この左側みたいな感じですよ。グレースケールというんですね。わかりますか、これ、横顔ですよ。
最相:笑っているように見えるんですけどね(笑)。
増﨑:最相さんはやっぱりちょっと普通じゃない、感覚が。これが笑っていると見えるのはすごいですよ。僕はあくびだと思う。これが立体的に見えるようになると、あくびだってわかるんですよ。
最相:うん、そうですね。

増﨑:でもみなさん、なんであくびするんですか、水の中で。ちょっと考えとってくださいね。あり得ないですよ。で、これを見てほしいわけです。動いていますか? 動いていますね。いいですか、どんな顔するか見ていてくださいよ。ほらほら。左の写真(泣いてる子供)のような顔したでしょ。左側はダーウィンが使っていた写真。自分の子供じゃないかなと思うんだけど、要するに表情のことをすごい気にしていて。自分の子供生まれるとね、毎日、毎日見ていたらしいです。
最相:この本ですね。今も岩波文庫で出ています。『人及び動物の表情について』。
増﨑:なかなか読みにくい本です。
最相:たくさん写真が載っているんですが、旧字体なので非常に読みにくいです。そろそろ新訳を出してほしいです。ほんと、いろいろな表情を集めて、自分の子供をものすごく綿密に観察しているんですね。それで第1回の長谷川先生もおっしゃっていましたけれども、世界中にネットワークがあるので、「あなたの土地の人はどんな顔をしているか」って情報収集した。日本人の表情は、アイヌのことが書いてあったりします。「自分の推論としては、人間の表情というのは、すべて同じ起源に基づくものではないか。文化とか慣習とかではない」ということを言っているんですね。非常におもしろいですね。

増﨑:動物とも比較していて、たとえばイヌが怒ったときに「フー」って牙をむきだすような表情も、ヒトもそういうふうにするっていうんですね。だからそういう表情も進化をしたんだと言いたかったんです。彼は相当の数の本を書いていますけど、すべて進化論につながる本なんですよね。しぶといというか、しつこいというかね。やっぱり相当な人だったんだと思いますよね。しかし残念ながら、ダーウィンには胎児の表情は見えなかった。見ていたら狂喜していますよね。めちゃくちゃ喜んでいると思いますね。残念だったね、ダーウィンさん。

見てくださいよ、これ。胎児の表情です。左上が「笑う」、どうですか。私が笑い顔だと思っただけなんですけど。次が黙っているときで、次がなんとなく不機嫌で、次はなんか悲しい。下はさっきの泣いているような顔。その横は怒っている。しかめる、微笑む。同じ胎児で5分間ですよ。5分間で、これだけの表情の変化をするっていうのは、感情のわけないじゃないですか。いくらみなさんが感情表現豊かだとしても、5分間でこんなにいろいろ変わらないでしょ。だから胎児の表情というのは、感情と関係ないんじゃないかなって、なんとなく思っています。じゃあなんだっていわれたら答えようがないんですよね、残念ながら。まあ、想像するところはあります。これもちょっとおもしろいので、みなさんいかがですか。何をしているかわかりますか。これ、あくびです、どう見たってね。このあと、今、何したかわかりました? わかった人、うれしいな。これはあくびじゃないという人はまずいないです。間違いなくあくび。この次です。くしゃみしています。くしゃみでしょ。こっちはあくびですよね。あくびは、みんなするんですよ。しょっちゅうしていますね。これもなぜだろうと思うんだけど、私、飛行機に乗って、飛行機が飛び立つというくらいになると、あくびが出るんです。みなさん、そういうことないです? あれって何なのかな。緊張しているんでしょうね、やっぱり。気づかないうちに。

最相:眠いから出るわけじゃないですよね。
増﨑:じゃないですもんね。なんとなく炭酸ガスがたまって、脳を刺激しているのかなとか思うと、胎児の血中の炭酸ガス濃度って高い。酸素濃度は非常に低いんですよ、私たちより。だからあくびしているのかなと思うんですけど、どうだかよくわからない。しかしね、これ見てくださいよ。くしゃみですよ。私ね、正直40年やっていて、くしゃみしている子はこの子だけです。極めて貴重な写真です。個体差があるんでしょうね、やっぱり。次は、何なんだとまた思われると思いますが、モニターの左は金魚を茶碗の中に入れています。非常にきれいですよね。右側は胎児です。12週ぐらい、本当の胎児です。これは子宮がんの方で、仕方なしに取らなくてはいけなかった。

最相:がんの手術のときに。
増﨑:そうです。水晶みたいなのが中に入っていますよ。羊膜という膜です。その中に入っている。これから、5日たったと思ってください。右の水はまったく濁りません。胎児がいる水は濁らないんです。金魚の方は濁りますよ。なぜです、うんちするからです。胎児はうんちしないんです。厠(かわや)ってわかりますよね。昔のトイレ。川が流れている上に小屋を建てて、そこにポテーンとやっていたから厠っていうんです。あれをみなさん、家の中に持ち込んだわけですよ。水洗便所にしたわけですね。だからきれいにしているわけでしょ。それを流さないと、お茶碗の中の金魚みたいに水は汚れるんですけど、右は水洗便所じゃないですよ。水はどこにも流れないのに、濁らないんですよ。これ、けっこう不思議だなと思ったんですね。どうしてだと思います? あとで質問しようと思っている方、私が答を言っちゃいます。おしっこする。それを自分で飲む。もちろん皮膚から細胞が落ちたり、毛が落ちたり、赤ちゃんってけっこうラードみたいな脂をつけるんですけど、そういうのもボロボロ外れる。それをどんどん飲んじゃうんですよ。そして、きれいなおしっこを出すわけです。申し訳ないけど、あなた方のおしっこよりきれいです。だから常に清明なんです。まったく濁らない。それが仕事なのかなと思いますね。環境整備をしているんですね、自分で。だから胎児は、ただゴロゴロ寝ているだけじゃないんです。ちゃんと自分が生活しやすいようなことだけをしているんですね。それでうんちはしない。ためているんです。もし見る機会があったら見て下さい。生まれてきた子供のうんちは、きれいな緑色をしています。メコニウムと呼んでいます。胎便とか、いいますけど。

最相:10カ月弱、ずっとためてきたうんちが、生まれたときにポロッと出るわけですね。
増﨑:そう。生まれてね、1日出ない、2日出ない。江戸時代までは海藻かなんか飲ませていたんです。早く出した方がいいといって。別に悪いものではないですよね。まあ、そういううんちの話でした。
最相:はい。

増﨑:次のは、ちょっと、これはみなさん大変ですよ。画像が今消えたけどね、もうすぐ出てきます。これ、おしっこの瞬間ですからね、見逃さないでください。ちなみに女の子です。これ撮るの大変だったんですよ。出しますよ。ほら、ほら、ほら。
最相:あ、本当だ。
受講生:ああ~
増﨑:ね。ピッピッピって出したでしょ。もう1回行きますよ。ほら、出ていますよ。わかります? こんなふうにおしっこするんです。どんなふうにおしっこしているかを見るには、今みたいに出しているところを見てもわからないんですよ。膀胱を見るんですね。膀胱を見ていると、たまって出す、たまって出すということをしているんです。私が医者になって5、6年目のころかな。八幡に1年間いたときに、またこれも妊婦さんに頼んで、赤ちゃんはおしっこをどんなふうにしているか見たいので、手伝ってくださいって頼んだ。14時から24時まで。10時間、見させてもらったんです。24時って夜中の12時ですよ。よくやったもんだなと思いますよね。もっと見るつもりだったけど、お母さんが「すいません、ちょっと先生、ごめんなさい。トイレに」って言われたので、「あ、すいませ~ん」と言って。
最相:すごいですよね。10時間我慢されていたんですからね。
増﨑:いやもう、私もずっと見ていたんですよね。そうしたらこんなだったんです。あとで計算したら、1時間に1回、30ccずつおしっこしています。1時間に30ccですよ。計算すると、1日だいたい七百何十ccぐらいになるんです。2日たつと一升瓶1本ですよ。「ほお~」と言われましたね。自分のおなかに一升瓶1本水をためてみてくださいよ。それがどんどんたまっていくわけですよ。そうしたらあっという間におなか破裂するじゃないですか。どうしてしないんですか。自分で飲んでいるからですよね。自分で出したおしっこ、出した分だけ飲んでいるからですよ。大変な仕事ですよ、これは。胎児はずーっと自分のおしっこを飲んでいるわけです。これがわかっただけでも、胎児のことがだいぶわかったような気がしたんです。

お見せしているのは、「ゴジラ」とよんでいる現象です。カラードップラーといって、血液が流れるのに色をつけるんです。超音波がある方に流れる血液は赤、反対側に流れるのは青になるように作っているんです。それを胎児に使った。これ胎児の横顔ですよ。鼻から水が出てくるのを見ているんです。いいですか。ほら。ちょっとびっくりします。青は吸っているんです。
最相:口じゃなくて、鼻なんですね。
増﨑:鼻しかしないんです。
最相:それがすごく大事なことにつながっているわけですよね。
増﨑:これを私が「すごいな~」と思って黙って見ていると、後ろに立っていた研修医が、「先生、ゴジラですね」って言ったんです。
会場:(笑)
増﨑:「鼻から火、吹いていますよ」って。「お前、センスがいいねえ~」と言ったんです。今見たように、これは呼吸の練習をしているんです。肺の筋肉とか横隔膜を動かしておかないと、筋肉って動かなくなる。みなさんと一緒です。いつも訓練しないといけないんです。トレーニングってすごく大事。胎児もトレーニングしている。誰かに教えられたわけじゃない。鼻で呼吸をする。そうすると横隔膜が動いて、横隔膜の筋肉がつく。肺の胸筋もつく。ということでやっているんだと思います。

なぜ鼻でしか呼吸していないんでしょうね。これが僕はわからなかったんです、長く。だって僕らは、鼻をつまんで、ある程度時間がたったら、口で呼吸するでしょ。鼻ではしない。あるとき、東北に行ったときに、新生児を診ている先生と2人で講演したんですね。私の前に話をした、その新生児の先生が言うには「新生児は鼻でしか呼吸できませんから、鼻のお掃除はよくしてください。こよりを作って掃除してあげてください。鼻がつまると、みなさんは口で呼吸できるけど、新生児はできないから、生まれたばっかりの子はよく鼻の掃除をしてください」って言ったんですよ。そのあと、「なぜそうなっているかっていうと、おっぱい吸いながら呼吸をしないといけないからです」って。ストンって来ましたね。「あ、そうだったの? 君、なるほど、生まれたらおっぱい吸いながら呼吸しないといけないから、口で呼吸しないんだ」。そういう瞬間って、すごいうれしいんですよ、僕ら。だって教科書、どこにも書いていないもん、そんなこと。では、ここで休憩にします。

●産婦人科医になった経緯

最相:再開します。ここでちょっと増﨑先生の個人的なお話を伺いたいと思うんです。というのは、前半お聞きになってお気づきになったように、産婦人科医の先生で、進化のことにここまで関心を持って研究されているお医者さんってなかなかいないんですよね。で、そういう先生がどういうふうに生まれたのか……
増﨑:生まれたところからですか。
最相:生まれたところまでさかのぼると終わっちゃうので、そこは短く、ご経歴を伺えればと思います。お生まれは伊万里で、学校は高校までは鹿児島のラサールにいらっしゃって。そこからお医者さんになられて、長崎大学病院に入られたんですけれども、長崎大学病院で、なぜ産婦人科を選ばれたんでしょう。
増﨑:……
会場:(笑)
増﨑:難しいですね。ええと、まあ、どこでもよかったんです。ほんと言うと。産婦人科は、おいしいご飯を食べさせてくれるという噂があって。友達が「飯食いに行こうや」っていうから、一緒に行ったわけですよ。そうしたら一緒に行ったやつは小児科に行って、私はなんとなくそこに残させられて……産婦人科ってなり手が少ないってご存知でしょ。なり手少ないから、すごい大事にされるという噂があって、そんなら行くかと思って行ったんだけど、実は私が行ったとき同級生が12人もいて全然大事にされなかった。本当に。でもさっき言ったように、すぐはまっちゃったんですね。やっぱり自分が楽しいと思うものを見つけるか、見つけないかというのは、人生大事だなと思います。これってある意味、チャンスですよね。出会わなかったかもしれないわけだし。だからまあ、私は幸せに生まれついているんでしょうね、はい。

最相:増﨑先生も時々おっしゃるんですけど、私たちは、生きている胎児を、動いているまま見た初めての世代なんですね。過去の高名な学者たちの名前がこれまで出てきましたけれど、誰一人として生きたまま見られなかったわけです。それを今、私たちは、こういうふうに見られているということは、ものすごく大きな生命観の変化の時代にあると思っていただければと思います。それで先生は、そこから途中、イギリスに留学をされました。今、写真が映っていますけど、このダウンハウスはダーウィンのおうちですね。
増﨑:まずなぜ留学するのにイギリスを選んだかって、けっこう大きいですね。私は胎児の研究をしたいと思って、実をいうと3通、手紙を出したんです。ひとつはカナダで、ひとつはイギリスで、ひとつはオランダでした。最初に返事が来たところに行こうって決めていたんです。というのは半分本当で半分ウソ。ダーウィンのことが大好きだったので、ダーウィンの住んだところに住んでみたいというのはすごくあったんですね。だからイギリスで一番最初に行ったのはダウンハウスです。すごい寒かったですけど、なんかすごい感動しましたね。ロンドンから汽車に乗って、けっこう遠い。田舎に住んでいたんだなというのがわかりますよね。けっこう立派なおうちでした。

でね、イギリス行って、実はほかのものにはまっちゃったんですよ。はまったのは、これ。化石屋少女みたいなのがいてね。メアリー・アニング。三つ説があるんですけど、そのころに、魚竜っていう化石を見つけたんです。首長竜も見つけて、すごい有名なんです。ライムリージスという田舎に生まれて、なにもバックグラウンドがなかったので、自分は見つけるだけ。みんな当時の有名な人たちが名前をつけて、買っていくわけですね。でもおかげで、裕福というほどでもないけど、それなりの暮らしはできたんですよ、お母さんと2人でね。

最相:これは自然史博物館の写真ですか。
増﨑:うん。メアリー・アニングが最初に見つけた魚竜が、私が指さしているこれなんです。この写真のおもしろいところは、左上2000年。下2008年。右2013年。化石はなんにも変わらないのに、私だけ変わっていくわけですよ。これは退化ですよね、うん(笑)。というようなことを、この写真を見て思ったんですね。右下は、メアリー・アニングが描いたもの。化石を売るときに、商売上手だったんですね。魚竜の絵を描いて、説明を書いて、手紙を出して売っていたんですね。この子にはまったんですよ。この子のことを探して回って、お墓も行ったりしました。勉強はあまりしなかったね。私が行ったのはロンドン大学。ロンドン大学って、六つかな、大学病院を持っているんですけど、その中のひとつ、セントジョージズ・ホスピタルというところにいました。右側が当時の写真で、左は本当に古い病院で、昔からあったんです。そこを卒業した人に、ジョン・ハンター、エドワード・ジェンナー。ジェンナーは種痘をつくった人。
最相:ジョン・ハンターは外科医ですね。
増﨑:ジョン・ハンターってものすごい変な人。言い出すと1時間かかるのでやめますけど、どこかで覚えておいてください。
最相:それぞれ伝記が出ていますので、関心のある方は検索してみてください。
増﨑:そうそう。もう一人、他って書いてあるのが、さっき出てきたゴールトン。ダーウィンのいとこ。彼もここなんですよ。これは、渡辺政隆さんも出していらっしゃった写真だけど、右側にダーウィンの像があるんですね。彼が話していたように、この像はあちこちに移動させられているんですよ。リチャード・オーウェンという、仇みたいなやつがいてね。この人が自然博物館を作ったんだけど、実は。その人が真ん中に置いてあったのをどけられて、ダーウィンに替わった。これも大変ですね。

●ダーウィンとメンデル

ダーウィンのことをやっていると、やっぱりメンデルのことを勉強しなきゃいけないんですよ。それで、メンデルのところも行きました。修道院までね。チェコ共和国のメンデル記念館。これも、言うと長くなるけど、この像は1910年ぐらいに作られているんですけど、鼻の先が折れているんですよ。これがいつ折れたんだろうというのがすごく気になっていて……これを話すと、また長くなる。

でね、「あ、」と思ったのが、ダーウィンの本って、100冊読んでもまだ足りないですよ。でもメンデルの本はものすごく少ない。メンデルの本って、10冊ぐらい読んだら、読むものなくなっちゃうんですよ。ほとんど日本語に訳されていないですね。で、そのうちの大事なのを3冊、手に持って、この記念館に行ったんですね。そうしたら、中のお姉さんが出てきて、「あなた、この本どうしたの?」「メンデルの本だ」って。「あなたすごいね、日本からこれ持ってきたの? そんならあなたにだけ見せてあげよう」っていって、わざわざカギを開けて、庭の裏に連れていってくれたんですよ。それが右の上の写真。ミツバチの実験をやっていたんですね。ミツバチで遺伝がどうなるかっていう実験をやっていて、このことは調べるとちゃんと本に書いてあるんです。

左の上が有名な、メンデルがエンドウマメを植えていた庭で、下が、私が行ったときのもの。ほんの狭いところですよ。ここに1万本ぐらい植えたといわれています。「ここで何をやっていたの? いったい」って。「なぜやっていたの?」ってまあ、ほんと不思議ですね。メンデルは、こういうものを見つけたわけです。エンドウの豆がしわしわしているとか、パンパンしているとか、豆の鞘の色がどうだとか、豆の色が黄色とか緑とか、七つぐらいその形態の違いを分けて、ずーっと継代しながら、どうなるか。そうすると、たとえば、黄色の豆のものと緑の豆のものをかけると、次の世代は全部緑の豆になる。それは緑の豆の方が優性といって、先に表に出てくる遺伝子だから。それをまた、それ同士かけると、今度3対1になる、ということを見つけただけなんです。つまり何が言いたかったかというと、遺伝していくものは、それまで水状のものだと思われていた。水と水、血液と血液を合わせると半分になるみたいに。赤と白と混ぜると、ピンクになるみたいな。そう思われていたんだけど、そうじゃない。赤は赤しかならない。白は白しかならないということを見つけた。こういったほうが一番わかりやすいと思います。

でも、あとで統計的に調べた人がいて、とてもこんなきっちりなるわけはない、と。だからメンデルは、実はもとになる理論みたいなものに気がついて、3対1になることを証明するためにやったというんですね。そう考えるのが正しいのかもしれないですね。じゃあダーウィンの進化論というのは、メンデルの遺伝の法則がわかってどうなったかというと、まったく対立するわけです。私、渡辺さんと長谷川さんの授業しか聞いていないですけど、「ダーウィンの自然選択説は実をいうとこうだ」というのを言われなかったように思うので、ここに出すと、次の四つなんです。

ダーウィンの自然選択説は、生物は必要以上に子孫を生む。これがひとつ。膨大な数の子孫がいるけど、それぞれ少しずつ違っている。これでふたつ。みっつめは、環境に合ったものは生き残る確率が高い。環境に合わなかったものは消えていく。そして最後は十分長い時間があれば、生物は新しい種になっていくと言ったんですね。つまり彼の説では、十分長い時間がないと変わらないんです、形態は。ところがメンデルの遺伝の法則でいくと、コロっと変わるんですね。突然変異説というのが、このあとワーっと出てくる。突然変異が起こると、次の代にはもう変わってしまっているわけなので、そこが合わないんです。だからまったく対立したんです。困った、ということですね。

ところが、実はあとになって考えてみると、ダーウィンは遺伝の法則がわかっていなかったけど、その遺伝の法則を見つけてくれたのはメンデルだったわけで、メンデルが言っている「遺伝子は変化する」ということが、結局はそれが進化を起こしているということが、1940年代ぐらいになって、やっとここに落ち着くんですね。実は遺伝子の変異が、進化の原因であると。そこで、これで手打ちになるわけです。

考えてみると、ダーウィンは宗教界からボロクソに叩かれたわけですよ。本人は出ていかなかったから、代わりの人たちが叩かれたんでしょうけど。メンデルはその叩いている側の人間だったわけですよ。なんか皮肉だなと思うんだけど。まあ、こうやってメンデルとダーウィン、それぞれの考えは手打ちをしたということです。

これ、最相さんが話した方がいいかもしれないけど、江戸時代の園芸ってものすごく発達していたってご存知ですかね。たとえば朝顔なんて、ものすごいお金で取引されていたんです。右の絵は朝顔なんですよ。わけのわからない花みたいでしょ。これを作ることができたんですよ、江戸時代の人。これはメンデルの法則を知らないとできない。だから江戸時代の人は経験的にメンデルの法則を知っていた。もちろん、メンデルの法則があるなんて知っていないですよ。でも経験的に、こういうのを仕事にしていた人たちは知っていた。朝顔って、もともとは青い色で、葉っぱが三角形をしているんですけど、時々コロっと違うのが出てくるんですね。たとえば赤い色の朝顔ありますよね。葉っぱの中に斑(ふ)がある。斑というのは白い色が入っているということ。そういうのを使って、それ同士をかけあわせると、やっぱり3対1で出てくるんですよ。本当に変わったもの、たとえば右側の朝顔、この朝顔は、種ができないんですよ。だからこれより先はないんですね。だからこの朝顔を作ろうと思ったら、この一歩手前、変わる前のやつ、種ができる朝顔を保存しておくんですね。そしてそれ同士をかけあわせることで、いろんな朝顔を作っていけたんですよ。つまり江戸時代には、日本に名もなきメンデルがいたんですね。

最相:この時代は園芸文化が花開いた時代で、東京でも駒込あたりに、植木の店がたくさんあったとか。当時、万年青(おもと)とか、松葉蘭とか、いろいろな伝統園芸植物が作られて、高値で取引されて、それを大好きなお殿様たちが高値で買ったりした。そういう文化がずっと続いているんですね。ナチュラリストの荻巣樹徳(おぎすみきのり)さんという方がいらっしゃるんですけど、今、そういう種というか、生体のまま保存しなければ子供は作りませんので、生体を保存するお仕事をされている方がいらっしゃいます。荻巣さんは、こういう朝顔を見て、嫋々(じょうじょう)たる美という表現をされていました。嫋々、女偏に弱いと書いて、「たおやか」という字ですね。その美しさを日本人は愛でていたんだとおっしゃる。つまり園芸植物には私たちの志向、好き嫌いが投影されているということなんですね。非常におもしろかったです。そのとおり、江戸の人たちはメンデルは知らなかったかもしれないけれども、なんらかの方法で植物が世代ごとに変化して、いろいろな色や形を表現してくれることは十分わかっていたと思いますね。
増﨑:ですね。

●出生前診断

最相:ちょっとメンデルの話にいっちゃいましたが、結局先生は、イギリスで何をなさっていたんですか。寄り道ばっかりされていたので(笑)。
増﨑:う~ん、そんな感じでしたね。まあ、でもイギリスの医療は、日本とだいぶ違う。みんな無料ですよ。びっくらぽん。相当きついところまでは来ていましたけど、やっぱり相変わらずただでやっているんですよね。それってすごいことだなと。どうしてそんなことができるんだろう、みたいなことを勉強しました。それでいいでしょうか。
最相:いや、まだですね。
会場:(笑)
増﨑:あ、そうだ。一応胎児のことをやりに行ったので、Fetal Medicine Unitっていう、胎児診断ばっかりやっているところに行ったんです。そこでいろいろ見せてもらってきました。
最相:今日はいろんな意味で動画をお見せできないのが残念なんですけれども、私たちの本(『胎児のはなし』)の中にちょっと図面が出てきますけれども、おなかの中に胎児がいる状態で手術するというようなことも、イギリスではすでに行われています。いろいろご覧になっていった中で、次のお話にもつながるんですけれど、やはり、目下、今日も新聞に出ていましたし、先月NHKでも特集がありましたけれど、胎児を見られるようになったということは、見たくないものも見えてしまうようになったということなんですね。そのことが私たちの日常を非常に大きく揺さぶっています。今日は、楽しい話ばかりできればと思ったんですけど、やっぱりここからの話を避けるわけにはいかないだろうということで、先生にも覚悟していただいて、今、話題の出生前診断のことについて、お話を進めていきたいと思っています。

増﨑:はい。あまりしゃべりたくない話ですが、そうはいっても胎児のことをやっているということは、出生前診断とつながらざるを得ないんですよね。もちろん医者は病気を見つけるのが仕事ですから、診断をするんですね。で、診断をして見つかると、必ず治療をしようとするんですよ。もうこれ、医者の性(さが)なんですね。だから、見つけたけどそのままほっとくというのはあり得ないんです。必ず治療をしようとする。そこに、やっぱりちょっと無理が生じたりするという話かもしれません。

●見えるようになってきたDNA

今まで形態的な話をしましたよね。超音波は形を見るものだから。でも見えなかった胎児を目に見えるようにしたのは、大きい進歩だったと思っています。一方でDNAという、今まで目に見えなかった遺伝を司っている物質が、目に見えるようになってきた、という話をします。これはPCRという増幅法、DNAをワーッと増やす方法をキャリー・マリスという人が見つけたんです。それから何年かたったころに、自分でやってみたんですね。これがDNAを増やしたもの。薄くしか出ていないから、見えているかどうかわからないですけれども、左の方に白い横棒が入っている。それは、SRY遺伝子というものがあるかどうかを見たんです。SRY遺伝子はY染色体の中にしか乗ってないので、これが出ているということは、Y染色体を持っているということなんです。Y染色体を持っているということは男だということ。つまり私は、これ、私のをやったんだけど、私は男だと。「ああ~、そう? 男だというのがこんなに目に見えるようになったんだ。裸にしなくても」みたいに思ったわけです。これはおそらく、胎児にも使えるなと、このときは思いました。

すぐ使えるようになりました。これが今(グラフ)。こっちの方がはっきり出ていますけど、左側に261、198ってありますね。上のほうのはX染色体と思ってください。X染色体があるかないか。X染色体のないヒトっていないので、当然全部出るわけですけど、下の198というところはY染色体があれば、白い線が出る。なければ出ないんです。それから左から三つ出ていますね。これは男なんですよ。その次、二つ、ないですね。女です。ところがこれ、材料にしたものはお母さんの血液なんです。お母さんはYは持っていないでしょ、当然。どうしてYが出るのか。はい、考えてください。子供が男の子だからです。だから、これで胎児の性別がわかるんです。妊娠6週になったらわかるんです。

これを見たときに、かなり危ういなと思いました。みなさんご存知かどうかわかりませんが、ここらへんからちょっと厳しい話になったりするかもしれないけど、どうしても男の子が欲しいとか、どうしても女の子じゃなきゃ嫌とかいうことは現実にあり得るんですね。そういう方は、反対側の性別だったときは、中絶をされたりするわけです。しばらくはタイで、性別がわかっている受精卵だけを子宮に戻すということがされていて、日本の方がけっこう行っていたんですよ。この方法で男の子だけを産むとか、女の子だけを産むとか、そういうことをされていた。今、法律で、タイでもだめになった。ちょっとおもしろいのが、タイの人もそうやって産み分けをしていたんですけど、タイの人は女の子を産むためにそれをやるんですよ。日本人は向こうに行った人は、ほとんど男がほしいといって行っているんですね。やっぱりそういうのって民族によって違うのかなって、ちらっと思いました。

さて、これは悪名高いNIPT(新型出生前診断)というやつです。青い棒と赤い棒がぽつぽつ生えていますね。青い棒はお母さんのDNAと思ってください。赤い棒は胎児からのDNAと思ってください。こんなふうにお母さんの血液の中には、妊娠した赤ちゃんのDNAがポチポチ混じっているんです。だいたい10%ぐらい。えらい多いですよね。10%もあるんですよ。ヒトって22番までの染色体と、性染色体がXXかXY、つまり46本の染色体を持っているんですけど、それの何番目の染色体からこの赤いDNAが来ているかがわかれば、赤ちゃんの染色体異常がわかるんです。でもそんなことができるわけがない。それがわかるためには、この断片の塩基配列といって、AGCTっていう塩基配列がわからないと、何番染色体由来かわからない。それを全部読めないといけないんですよ。そんなことがヒトにできるわけがないと思っていたら、できるようになっちゃったんですね。そうすると、さっきの赤と青は、第何番の染色体に由来するかがわかる。1番から22番、ここまでが常染色体。右のX、Yと書いてあるのが性染色体。セックスは右の二つで決まるんです。これがXXだったら女、XYだったら男です。

常染色体の方は体の設計図なんですね。その一本一本を、その上にあるAGCTを機械が全部一瞬で読んでいくんですよ。そうすると、これが何番の染色体に由来するかがわかるので、順番に並べていくんですね。1番が一番大きい。2番、3番、4番、ずっと並べていって、みなさんがご存知のダウン症でいうと、ダウン症は21番目の染色体が、ほかは2本なのに3本あるんです。それだけの違いなんですよ。それがこれでわかるんですね。どうしてわかるかというと、この胎児側から来ている赤い部分が、普通の子よりもちょっと多いわけです。こんなふうに21番が1.5倍。というのをもとに、診断をしている。危ういでしょ。聞いただけでも危ういですよね。本当にこれでわかるの? と、私も思います。だから確実ではないんです。このことが一番大事なんです。だから「診断」じゃないんです。「推測」なんです。診断と言っちゃうからおかしくなっちゃう。だから、この検査で1.5倍あると思われた人は、必ず羊水検査をそのあと受けて、羊水検査を受ければ、染色体そのものを見るので、間違いなくわかるんですね。そこまで行って診断がつくんですけども、説明のよくわかっていない場合もあったりして、羊水検査まで行かないままに、もう診断と思ってしまう人もけっこういるんですね。そこが一番大きい問題になっていると思います。
最相:そうですね。羊水検査に行ったところで、ダウン症じゃなかったっていう場合も?
増﨑:けっこうあるんです。
最相:その比率は出ていますか。
増﨑:偽陽性率(診断を間違う可能性)は年齢が若いほど高いと予測されています。年齢が引っ張るんですね。
最相:今、新聞などで報道されているのは、この検査が安易な形で、遺伝カウンセリングのフォローのない状態で単に検査して、陽性、陰性を出して終わりというようなテストの仕方がどんどん増えてきているということで、それをどういうふうに制限していくかということですよね。それはどうなんでしょう。今のところ、日本産科婦人科学会は現在進行形でそういう状況を鑑みて、今以上に施設を増やそうとしていたけれども、そこに厚生労働省がストップをかけて、委員会を新たに設置すると。新しい報道では、2019年の秋からスタートするということになっておりました。非常に難しい問題だと思うんですけど、いったん私たちが手にした技術を使わないでいるということが、果たしてできるんでしょうか。

増﨑:無理ですね。こういう技術は必ず広まります。国が強制的に抑えることでもないし。だから結局個人個人の責任の下にやっていくしかないんですよね。そんな、個人個人の責任ってと言うかもしれないけど、まあ、ある意味勉強してもらわないといけない。自分の子供のことですから。それを聞きにいく相手は誰かということが問題だと思いますね。私が思うのは、少なくとも、こういうことをちゃんと説明できる人のところで検査をしないといけない、ということ。この検査の一番怖いところは、採血すればできるということなんですよ。以前は、たとえば羊水検査は、お母さんのおなかに針を刺して水を採らないといけない。これ、相当専門家じゃないとできないんだけど、血液を採ればいいといったら、別に医者じゃなくたっていいわけですよ。普通の人でもいいわけですよ。それが怖いんですね。たぶん、なんの説明もなしに検査をすることができる、誰もそのことを止めることができない、という状況になっています。外国のことを言っても仕方ないけど、国によっていろいろですよ。でもこういう検査が出てきた以上は、これを完全に止めることはまず無理ですね。

最相:ここまで胎児のことがわかるようになってきたということを先生と一緒に本にしたのは、こういう背景がやっぱりあるわけですね。私たちがそこでもし切り捨てるとしたら、その切り捨てるものって何なのかということを、実際に今、生きている胎児のことを知ることによって、もっと深く考えることになるんではないかなという希望があります。
増﨑:そうですね。みなさん、どう思われるかわからないけど、私は、これは優生学をやっているんだと思いますね。だからその部分を外さない、優生学をやっていると思ってやってほしい、少なくとも。と、思います。次、行っていいですか。
最相:はい。

増﨑:ダウン症って今のところ、治療できないんですね。でも、ダウン症の方は割に合併症があって、たとえば食道がふさがっている、十二指腸がふさがっている、心臓に穴が開いている、そういうことがあるんですね。でもそれは治療できるんです。つまり形の異常と機能的な異常っていうのは分けて考えないといけない。次は、その形の異常の話をちょっとします。たとえばさっき、胎児は鼻でしか呼吸しない、新生児もしないと言いました。(モニターに映った)この子を見てください。どう見たって口から呼吸していないですか? この子は病気なんですよ。食道がふさがっているんです。だから水を飲み込むことができない。おしっこはするわけです、どんどん。それで飲み込むことができなかったら、羊水が減らないから、お母さん、おなかがどんどん大きくなるんです。それが赤ちゃんの食道閉鎖です。昔からそういわれていたけど、なぜかがわかってきました。これは、赤ちゃんが吐いているんです。食道閉鎖の子は、昔から、噴出状嘔吐が特徴です。ブワーと吐くんですよ。それを胎児期から実はやっていたということなんですね。こういう子は生まれてから助けることができるんですよ。食道をつないであげればいい。ふさがっていれば、つなげばいい。穴が開いていればふさげばいいんですよ。そういう治療はできます。ほとんどの形の異常は治療できるようになった。

たとえば、先ほどちょっと最相さんが話したんだけど、本に、ある治療の絵を出しました。写真とかビデオもあるんだけど、強烈なので絵にしてもらいました。胎児ってお母さんとつながっているから、肺呼吸していないんですよ。さっきの子は食道だけど、この手術をした子は気管が詰まっているんです。気管が詰まっていると、生まれたらそのまま死にます。肺で呼吸できないんだから。でも、おなかの中にいる間は、なにも困らないんですよ。肺呼吸しなくても、胎盤があるから。普通の胎児と一緒みたいな生活。でも、いろんな検査から、気管がふさがっていることはわかるんですよ。そうしたら、なにをするか。昔はお手上げだったんだけど、今はお母さんにつながったままで、頭から首まで産ませるんです。そして気管切開を加えて、そこに挿管をするんです。ふさがったところよりも奥に。そして産ませるんです。そうしたら普通に呼吸できるわけですよ。生まれてきて、肺呼吸ができていれば、あとはもうゆっくり気管の形成術をすればいいわけです。超音波がなくてわからない時代は100%死んでいた子でも、助けられる子が出てきたということですね。

だから胎児診断は悪いことばっかりじゃない。これもみなさん、わかってほしい。それによって助けられる子、あるいはうんといい状況で、わからない時代よりもうんといい状況で助けられるようになる。たとえば、さっき言ったように、腸のふさがった子は、お母さんのおなかがどんどん大きくなって早産しちゃうんですよ。たとえば30週で生まれちゃった、1500gで生まれちゃった子は、生まれてからの手術が非常に難しいんです。だからそういうのがわかっていれば、水を人工的に抜いて、できるだけ予定日までもたせて、できるだけ3000gにして産ませると、助かる率がうんと高くなるんです。だから生まれる前に胎児が住んでいる環境、あるいは胎児そのものの状態がわかるようになったことは、そういう子にとっての福音でもあるんですよね。そんなふうに思っていただければいいんじゃないかなと思います。使い道。なんでも道具は使い道ですよね。
最相:いまご説明いただいた術式のことは、EXITっていうんですね。
増﨑:ええ、これ、EXIT(出口)という名前なんです。すごい名前つけますね。

●大人の性教育

増﨑:次、性教育だって。
最相:増﨑先生は現役時代から、時々学校を回って性教育をなさっているんですね。普通、性教育っていうと、セックスの話を子供たちに易しく教えるようなイメージがありますけど、増﨑先生の話はずいぶん変わっているんです。今日は、ぜひ最後に、ここで性教育の授業をしていただこうかなと思っています。

増﨑:ええとね、みなさん、大人のための性教育と思って聞いてください。「もういいよ、私は。小学校、中学生じゃないから」と思わないで。(モニターは)有名なクリムトの絵ですね。お母さんが子供を抱きしめている。右側の絵を見てください。これ、見つけたとき、びっくりしたんだよね。これ、浮世絵ですよ。ほとんど同じ絵ですね。これは父親ではあり得ない絵なんですよ。父親だとこういう絵にならないですね。父親はせいぜい手をつないで歩いている絵ですよね。母親だから絵になる。つまり母親は、この子が自分の中にいたことを知っている、もちろん。子供も知っているんですね。自分はこの人の中にいたんだって。だから父親は子供を自分の中で育てられないということは、すごい悲しいことだし、寂しいことなんですよ。女性にはぜひまずそのことをわかってほしいなと思います。父親は寂しい存在ですよ。
受講生:(笑)
増﨑:「ほんとだも~ん」ってね。
受講生:(笑)

増﨑:私、産婦人科を40年やって、いろいろ疑問が出たんですよ。これをひとつひとつ解決していこうと思いました。

1.ヒトはどこから来たのか?
2.夫婦はつながっているか?
3.なぜ男(と女)が必要なのか?
4.なぜ0歳で生まれるのか?
5.なぜひとりずつ生まれるのか?
6.ヒトはどこへ行くのか?

ヒトはどこから来て、どこへ行くか、これは大きい問題ですよね。どこから来たのか。う~ん、これはなんとなく産婦人科でやれるんじゃないかなと思ったけども、どこへ行くのか、これはもう宗教の話じゃないの? と思うしね。次は、夫婦はつながっているか。夫婦は他人ですよ。でしょ? なんのつながりもない。遺伝的なつながりがあったら、それは近親相姦で困るんです。近親相姦がなぜ悪いかというのは、メンデルの法則を考えるとすぐわかるんだけども、まあいいとして。それからなぜ、男と女が必要なのか。実をいうと、女だけでいいんじゃないかって私は思うわけですよ。(男性に向かって)ごめんね。
受講生:(笑)
増﨑:はい、あとで言います。
最相:先生、その「疑問2 夫婦はつながっているか」のところで、胎児を通じてつながっているという話は。
増﨑:ええ、そこに行きますよ。
最相:あ、そうですか。じゃあお願いします。
増﨑:答、言ったらだめじゃない(笑)。いやいや、答はわかっていてもおもしろいから大丈夫。なぜ0歳で生まれるか。なぜ一人ずつ生まれるか。これ、誰も思わないでしょ。双子はいるけど、普通は一人しか生まれないわけですよ。二人がかりで一人しか生まれない。人口増えるわけないじゃないですか。最初から二人ずつ生まれるようにしておきゃよかった。いや、動物によってはね、たとえばアルマジロなんていう動物は、受精卵が四つに分割したときに、みんな子供になるんですよ。だから必ず四匹ずつ子供を生むんです。人間もそうしておけば減らなくて済むと思うんだけどね。0歳でなぜ生まれるかというのは、当たり前じゃんと思っている方、多いと思うけど、たとえば、お父さんが30歳でお母さんが25歳だとしたら、それぞれの細胞は30年と25年たっているわけですよ。それだけ年取っているわけです、細胞が。それなのに、生まれてくる子供はなぜ25歳とか30歳じゃないのかという意味です。

ヒトがどこから来たかっていうと、まず桃太郎の絵を出す。これで小学生のウケを取るわけです。こういう話は昔話とかにはいっぱいある。親が片親だと。たいていお母さんはいるんだけど、お父さんはいないっていう話が多いんですが、この場合はお父さんもお母さんもいないわけですね。桃から生まれた桃太郎なんていってね。もうひとつ覚えておいてほしいのは、『桃太郎』の話の中で、おじいさんは必ず山へ行くんですね。芝刈りに。おばあさんは必ず川へ洗濯に行くんです。桃太郎の話って日本全国にあるんですよ。柳田國男が調べて回ったんです。でも、このパターンは変わらない。男は山へ、女は川へ行くんです。で、おばあさんがこのどんぶらこ、どんぶらこを拾ってくるんですね。ちょっと覚えておいてくださいね。

さっきよりも楽しい話があります。さっき、胎児のDNAがお母さんに入ってきているって話しましたね。10%も入ってきている。でも、血中の細胞としてはほとんど入っていない。これ、すごく大事なことなんです。わかりますよね。お母さんと胎児の血液型が違って、血球が入ったら血液が壊れちゃうので、絶対に入ってきちゃだめなんです。でもゼロじゃないんですよ。それは本を読んでください。Rh−とRh+のことを考えればすぐわかります(Rh−のお母さんがRh+の赤ちゃんを妊娠して適切な処置をしないとお腹の中で貧血を起こしたり、生まれて黄疸を起こす可能性がある)。でも、DNAは入っても困らないので、いっぱい入ってきている。この話を聞いたとき、さっき言ったように、胎児診断に使われる、性別診断に使われると思ったのと同時に、逆はどうかなと思ったんですね。つまり胎児のDNAがお母さんに入ってきているんなら、お母さんのDNAは胎児に入っていっていないのかなと思ったんですよ。これ、誰も調べていなかった。調べてみたら、入っていたんですよ。つまり、母親と胎児はDNAのやり取りをしている。ある意味コミュニケーションを取っているんですよ。なんか通信をしているんじゃないかと思ったんですね。5年ぐらい、そのあとのことに気づかなくて、「なんてことだ!」と思うんだけど、胎児のDNAって半分父親じゃん。ということは、実はお父さんのDNAは、胎児を通じてお母さんに入っているんですよ。そうでしょ? 全然これ、間違っていないです。でもね、逆はない。
会場:(笑)
増﨑:ここがね、またお父さん寂しいわけですけど。
会場:(笑)

増﨑:だからつながっているんです。次、男と女ね。これはね、ちょっと難しくなるかもしれませんが、よう聞いとってください。実は、胞状奇胎という病気があります。想像してもらいたいのは、寿司のイクラみたいなのが子宮の中にいっぱい詰まっているんです。胞状奇胎という病気で、そのイクラみたいなのは実は絨毛といって胎盤なんです。それを調べると、そこには男の遺伝子、男の染色体しかなかった。つまり、男と男で子供をつくると胎盤しかできないことがわかったんです、1960年代に。日本人が見つけたんです。男には胎盤を作る能力はあっても、胎児を作る能力はなかったんですよ。じゃあ、胎児は誰がつくるんですか。当然、反対側ですよね。つまり、女性側は胎児を作っているんじゃないかって、このときにすでにみんな想像はしたけど、そういう研究はできなかったんです。方法論的に制限があって。卵子と卵子からは子供ができるんじゃないかなと思っていたけど、研究ができなかった。でもね、みなさんご存知ないと思うけど、若い女性の卵巣にこぶができる。奇形腫というのができるんだけど、その奇形腫の中には、髪の毛とか、歯とか、骨とか、神経とか、脂肪、脂肪というのは皮膚ですよ、そういうのがいっぱい詰まっているのができるんですね。これけっこう、しょっちゅうできる。女性の卵巣腫瘍では一番多いんです。これはもしかすると、ヒトになりかけじゃないかなと思って、私のところの助教授にその研究をさせたんです。そうしたら、本当の卵子からできているものはなかった。卵子になる途中から分かれて腫瘍になっていたんです。だからヒトに処女生殖はない。と、そのときはいったん結論づけたんです。精子と精子でつくれば胎盤になる。卵子と卵子からはなんだかわからないと答えたんです、このときはね。

それからずいぶんたって、新潟のある先生が、卵巣腫瘍の特殊なやつを送ってきたんですよ。びっくりしますよ、みなさん。これ、ほとんどヒトになっているんですよ。怖くないですか? 私、これ見たときに、ゾクっとしたんですよね。これを調べたら、実は卵子と卵子からできている腫瘍だったんですよ。だからこれ、処女生殖なんです。世界中の文献を調べたけど、三つぐらいしかないですよ。奇形腫は卵巣腫瘍の中で一番多いから、今まで何百万個以上出てきてもこういうのはなかったけど、極めてまれだけど、ヒトになってくるものがあるんですね。
最相:これはセックスは関係ないわけですよね。
増﨑:関係ないです、全然。
最相:病院に行って、開けてみたら出てきたというものですね、それぞれ。
増﨑:そう。三つとか四つのお子さんにもできる卵巣腫瘍なので、セックスは全然関係ないんです。だから本当に女性だけからこんなふうにヒトができている。男からこういうものは一切ないということです。また寂しくなりますね。
会場:(笑)

増﨑:これがもう決定的だったわけですよ。(クローン羊の)ドリーちゃん。1996年。ここらへんは最相さんが調べていて、ドリーをつくったウィルムット博士にもお会いになっていますね。ドリーは本当にメスでしかできていないんですね。それも体の細胞、おっぱいの細胞からつくった羊なんです。前に言ったヴァイスマンという人が、「体細胞と生殖細胞がある」と言った。次の世代をつくるのは生殖細胞と決まっているのに、そうじゃなくて、もうできあがってしまった体細胞から採ってきた細胞が、また胎児に戻ったということなんですね。つまり、ここに父親は全く関与していない。父親のいない羊なんです。つまり、女性は自分だけで、自分の子孫を作り続けることができる。ますます男はいらないということになります。

体細胞ってヒトの身体ですよ、みなさん。どう考えても120年以上は生きられないです。必ず死ぬんです。でもね、(図)この体のところから線が出て、丸いわっぱが出て、紐でつながっているでしょ。これ、バトンタッチしていくという意味です。生殖細胞で。そのバトンタッチする二人の間が寿命ですよ。長かったり、短かったりするけど、ずーっと同じものを受け継いでいくわけです。そのときにもし、0歳に戻っていなかったら、受け渡したものが、さっき言ったように、「20年たった細胞」だったら、次の世代は20から始めるしかない。そうしたら世代が進むにしたがって寿命が短くなるじゃないですか。だから必ずどこかで0歳にしているはずなんですよ。0歳にしなかったら、こうならないんですね。ここ、よろしいでしょうか。クローンを考えてみてください。まさにそうなんですよ。体細胞から作っているから、0に戻っていないです。

増﨑:ウィルムット博士は、最初からどうもそういうことを気にしていたんだなと思う論文を見つけたんですよね。赤い点々、赤い点々は、普通の羊さん、普通にオスとメスで生まれた羊。だいたい寿命12年といわれています。下の黒い三角と四角みたいなのが、クローンで生まれた羊さん。6年で死ぬんですよ、見てください。半分で死んでいるんですよ。テロメアといって染色体の端についている塩基のつながりがあって、寿命とともに短くなるんですけど、クローンはこれが最初から半分しかなかったと書いてある。だから、ここでやっぱり男の力が出てくるわけです。このリセットということをするのに、おそらく女性だけではできないんですよ。ヒトの受精卵を見ると、二つ丸いのがあります。雄性前核、雌性前核といって、女性の卵から来たのと、精子から来たのが二つあるわけですね。こんな時期があるんですよ、1回。このあと、二つが合体するんですよ。ピュッと。つまり一つになるんですね。そしてパッと二つに分かれるんですよ。なにが起こったか、誰も証明できていないですよ。誰も証明できていないから、私が言うこともウソかもしれない。でもどこかでなっているとしたら、そのときにリセットされているんじゃないかなと。どこかで0歳にしないと、0歳から始まらないんだから……どうかな。
会場:(笑)
増﨑:そうであってほしいというのもあるんですけど。だから「なぜ0歳で生まれるか」というのと、「なぜ男と女が必要か」っていうのは、二つで一つの質問ではないかなと思います。思いたい、みたいなことですかね。

さて、1+1=1。男と女の二人がかりで子供1人というのは、数が合わないじゃないかと、なんとなく思っていたんですね。でもね、なんとなく自分なりに答が出たんです。その答はこれですよ。ひとつの受精卵が分割する過程で、胎盤になる細胞と、胎児になる細胞に分かれるんですね。それで、僕ら、僕らはというか、みなさんは胎児が大事で、胎盤のことなんか屁とも思っていないでしょ?
最相:(笑)
増﨑:私、胎盤がかわいくてしょうがないんですよ。
会場:(笑)
増﨑:こういう犠牲のもとに胎児は生まれてくるわけです。だから途中で言ったように、お母さんが育てているのは胎盤です。胎児を育てているわけじゃない。胎盤が胎児を育てているんですよ。だから胎児のお母さんは胎盤。胎盤のお母さんは母親なんです。そう考えると、なんとなく、「ああ、そうか。水の中にいたときの主人公は胎盤だ。胎児は付属物だった」と。そしてそこから空中生物に生まれ変わるときに、胎盤から胎児が離れて、空中に生まれ出るんじゃないかなと。それを絵にしたものが、あとで出てきます。(モニターに出ているのは)私の子供だったと思いますけども、胎児期と新生児期は非常によく似ていますね。これが生まれたら、連続しているように思うじゃないですか。私ね、この頃もう、連続していると思わないですね。胎児は水の中の生活をしていた生き物。そして新生児は、本当に自分の人生をもって、今から一人の人間として空気を吸う生き物として生まれてきたんじゃないかな。そう考えると、なんかすっきりするんですよ。こんな感じ。二段ロケット。どうかなあ。
会場:(笑)
増﨑:みなさん、水中生物だったんですよ。だからちょっと、言っていいかどうかわからないけど、生まれたあとにもう1回水の中に戻すみたいな、あるいは水の中で産むとか、あれが私にはわからんね。なんであんなことすっとか。お母さんが水につかるのはいいんですよ、おなか大きいから楽だもん。だから妊娠中にプールに入るとか、水泳するとか、すごくわかるんだけど、子供を水の中に放り込むのはね、空中生物になったものをもう1回水中生物に戻すようなもので。それは無理じゃないの? と思います。まあ、水中出産って形いろいろありますからね、お母さんが水の中にいて、産むときは外で産むとかね、いろいろあるので、あまりひとつに決めたくないけども、水の中に産むことはやめたほうがいいと思いますね。

●「生まれるまで」

あともうちょっとで終わります。ヒトってやっぱり、理系と文系の部分を、それぞれいくらかずつ持っていると思うんですよ。ヒトの理系の部分っていうのは命にかかわることで、文系の部分って文化の継承でしょ。普通生き物ってみんな理系の情報(生命の継承、DNA、生殖細胞、45億年、段階的、医療)を持っているんですよ。ところが進化のあるところから文系の情報(文化の継承、言語・芸術、図書館、5000年、飛躍的、教育)が出てきた。それってヒトしかないんですね。生命の継承、文化の継承。DNAでしょ、生命の継承をしている。文化でいえば、やっぱり言葉。DNAは生殖細胞に保存している。言葉は本の中に保存している。図書館に保存している。生命はもう45億年続いているけれど、文化の継承ってたかだか5000年ぐらいなわけです。で、文化はくるくる変わるんですね。生命は変わらない。変わらない方がいいんです。進化もゆっくり、ゆっくりいくから、まだいいんです。でも文化はコロコロ変わるでしょ。みなさんが生まれてから今までの間に、どんなに変わりました? レコードが何になりました? CDになりました。今、歩きながらなんかこうやって(イヤフォンで)聞きよるでしょ。私、ついていけないので、持っていないんですけどね。どんどん変わるんですよ、飛躍的に。ということで、最後にお見せするのはこれです。私の趣味でございます。生き物と作り物、陶器と植物。この組み合わせです。それを私の手がまた持っている。生き物と無機物と生き物の混交。みなさんもぜひ、盆栽を。
最相:ありがとうございました。そろそろ、時間が迫ってきたんですけど、実はみなさんにお配りしている、ちょっと変わった詩のような紙を出していただけますか。これを最後に、ご自身が胎児になった気持ちで、みんなで朗読したいなと思っています。
増﨑:このぬいぐるみはね、プーさんです。なぜここにもってきたか。みなさん、知っていますかね。これを聞かせると、生まれた子供がおとなしくなるんです。お母さんの心臓の音なんですね。子宮の中で胎児が聞いている音はこれです。圧倒的にこの音です。他はほとんど聞こえてないと思います。母親の心臓の音は、すぐそこから聞こえているから。この音を聞きながら、みなさんで朗読しましょう。

 

「生まれるまで」

薄明かり
目がさめる
呼吸をしていない
部屋は水でいっぱい
そこは完全な密室だった
一度も空気に触れたことがない
食べものはないから水ばかり飲んでいる
どうやらわたしは水中生活者のようである
ドッコンドッコンと太鼓のような大きな音が鳴っていた
ときどき目を開くと自分以外に人は見えなかった
おへそから長いひものようなものが出ている
頭の中も胸も腹も身体はすべて水びたし
一時間に一度はおしっこをしていた
おしっこはしてもうんちはしない
身長は5センチしかなかった
耳は聞こえるが声は出ない
泣き顔や笑い顔ができる
父と母をつないでいた
肺はしぼんでいる
眠りにつく

 

最相:ありがとうございました。
増﨑:ありがとうございます。
最相:少しご質問をお受けしたいと思います。

●質疑応答

受講生:お母さんと赤ちゃん、胎児の間で、DNAを交換するという話がありました。私も出産はしたことがあるんですが、子供からDNAをもらったあとで、母親の方でなにか起こるんでしょうか。
増﨑:難しい質問ですけど、答えます。私が思っている答ですけど、妊娠中毒症っていう病気があります。今は妊娠高血圧症候群と呼んでいますが、お母さんの血圧が上がったり、足がむくんだりするのね。それで昔はお母さんがけっこう死んでいたんですけど、あれは一人目の子供のときに起こるんです。二人目のとき、三人目のとき、軽くなったり、まったく起こらないんです。ところが、お父さん変わるとまた起こるんです。
受講生:へえ~
受講生:免疫みたいですね。
増﨑:そう。というふうに考えると、いいことをしてくれているって思えていいんじゃないかな。
受講生:ありがとうございます。
増﨑:証明されていません(笑)。

受講生:性格とか、心とか、そういう部分も胎児のときに遺伝したりするんですか。
増﨑:するでしょうね。いいお母さんの子供はいい子(笑)。
増﨑:あの、あんまり研究にならないので、研究している人はいないですけど、お子さんはやっぱり親に似ていますよね。性格も、顔も。だからきっと、遺伝しているんでしょうね。
受講生:証明とかはできないけど、きっと。赤ちゃんのときに、受け継ぐ何かがある。
増﨑:うん。でも、これは言っておかないといけないけど、もっと大きい影響は、環境とか教育なんですよ。これを忘れちゃうと全然違う話になっちゃうので。生まれてから人は変わる。それも間違いないことだと思うんですね。上手に育ててください。

受講生:お聞きしたいのは、出生前診断とかDNAに関するところなんですけども、先生たしか、生まれるときは、白人であるとか、黒人であるとか、黄色人種であるとか、そこは関係ないとおっしゃられていたんですけれど、そう考えると、胎児のときに何らかの操作をすると、白人だったり、黒人だったりが生まれてくるんでしょうか。
増﨑:あのですね、ちょっと理解が違うと思うのは、たとえば金魚を卵からかえしたことがあります?
受講生:卵からはないです。
増﨑:私、けっこう子供のころからそういうのが好きで、自分でしていたんですけど、小さいころはみんな黒い色をしているんですよ。で、途中から色がついてくるんですね。おそらく胎児もそうなんですよ。だから、もともと黒い色になるとか、黄色い色になるとか、白い色になるっていうのは遺伝的に入っているんです。それが途中から発現してきて、黒人になったり白人になったりする。黒い色のを白いのにするというのはまた別問題だと思いますね。答になっていますでしょうか。
受講生:わかりました。ありがとうございました。

受講生:体細胞でできた生物としてドリーの話が出てきていたんですけれども、体細胞からできているから、細胞自体が年取っている。ただ、生まれたときサイズ的には小さいというか、形状的には胎児の状態で出てくる。だけれども細胞は古いという状態は、どういう状態だと理解したらいいんでしょうか。
増﨑:いい質問ですね。確かにそう言われりゃそうだ。ドリーはね、生まれてすぐに、もう関節炎になったんですよ。
受講生:ええ〜?
増﨑:関節炎という、お年寄りがかかる病気になったんです。そして次に肺疾患になったり、いろんな病気を起こしたんですって。だからおっしゃるとおり、生まれたときは新生児として生まれるんだけども、やっぱり中に持っているものは普通の子とは違っていた。普通の羊の子とは違っていたということなんでしょうね。答になっていますか。
受講生:ただ、理解が……
増﨑:ヒトで考えると怖いですから、考えない方がいいと思います。ヒトはやっちゃいけないことになっていますからね。
受講生:見た目がサイズ的に大人に近づいていくということが起きると思うんですけど、なんだろう、新生児というか、最初に生まれたときも、中身の機能としては古いけれども、見た目が子供から大人になっていくという見た目の状態が変わってくる時間というのが、なんかちょっと不思議です。急激に見た目も年を取ってくるというイメージなのでしょうか。
増﨑:そうなんですよ。本当にもう、やせ細って死んじゃった。6年で。というか、安楽死させられたんですよ、あんまりかわいそうで。
受講生:ありがとうございました。

受講生:胎児の映像を見せていただいて、あくびをして、くしゃみをするっていうのが、私、ちょっとくしゃみにどうしても見えなくて。何していると思いますかって聞かれて思ったのが、「あ~ん」して、「ゴックン」ってしていると思ったんです。で、そのあとに鼻呼吸の理由が、おっぱいを飲みながら呼吸をすると聞いて、じゃあおっぱいの練習をしているんじゃないかなとちょっと思いました。先生、どう思われますか?
増﨑:いや、あれは見え方だからわかんないけど。でも、途中で言ったけど、水はずーっと飲んでいるんですよ。それは、超音波で見ていると水が入ってくるのが見えるんですね。コックン、コックンって入っていくんです。
受講生:それとはまた違う動きだということですね。
増﨑:あれはなにか、水の中に浮いているのが鼻に入ったかなんかで、くしゃみしたんじゃないかと。私、勝手にそう思っていた。ありがとうございます。もう一回考え直してみます。違うかもしれない、本当に。

受講生:胎児と関係ないかもしれないんですけど、性同一性障害の方っていらっしゃいますよね。さっき、胎児のDNAを見たら、もう男の子か女の子か、DNAでわかるとおっしゃったんですが、性同一性障害の方は、どこでそういうふうになるのでしょうか。心の問題なのか、手術とかでなにか変わるのかよくわからなくて、教えていただきたいなと思いました。
増﨑:いい質問ですね、本当に。でもそれはほぼ答は出ているんですよ。セックスとジェンダーっていいますよね。セックスもジェンダーも、もともと形は女性型なんです。たとえばね、妊娠の6週とか7週の胎児の股のところを見ると、みんな女の形しているんですよ。それがY染色体を持っていると、男性ホルモンが出て、それで変わってくるんですね。脳もそうなんですよ。脳も、もともと全員女性型なんです。と、いわれています。そこにY染色体によって、アンドロジェンというのがかかってくると、男性型の脳みそに変わってくる。そこがうまくいかなかったときに、ジェンダーの異常が起こるというのが、今の説ですね。そういわれると、なんとなくそうかなという気もしないでもない。だから、本人の責任でもなんでもないということなんですよね。そこのところを、間違わないで理解しておけばいいんじゃないかなと思います。だから起こりうるということなんです、実際にですね。

受講生:私自身は出産経験がないんですけども、美容師をしているので、いろんな人の話を聞くんですが、双子を産んだ人は、双子がその家系にすごく多いっていう話をよく聞きます。個人的に小学校のときの同級生で三つ子ちゃんがいて、一卵性の双子ちゃんと二卵性の双子ちゃんで三人。それ以降は聞いたことがないんですけれども、そういうパターンはどれくらいあるんでしょうか。
増﨑:双子ちゃんの話って、すごいいろいろおもしろい話があるんですけど、今おっしゃったこともその一つです。遺伝的に起こっていることの、ある意味証明かもしれないけど、人種によって、一卵性、二卵性の偏りってあるんですよ。日本は異様に一卵性が多いんですね。日本人だけですよ。あとは、ほとんど二卵性が多いんですよ。どうしてか、それは証明されていないんですけど。人種が違うとそれが違うということは、おそらく遺伝的なものがかかわっているということですよね、それがひとつ。ところが日本人は、三分の二は一卵性だったんですけど、今ね、半々になったんですよ。どうしてか。不妊治療です。不妊治療は多発排卵をするので、多卵性の多胎が増えたんです。不妊治療はどんどん増えていますね。だから今、多くは二卵性、三胎だったら三卵性、そういうふうに変わっていっています。だから遺伝だけではない。人工的にもそうなっているということがいえると思います。
受講生:胎児の年齢のことで気になったんですけど、よくわかっていないんですけど、iPS細胞ってたぶん体細胞じゃないですか。
増﨑:そう。
受講生:あれは何歳なんですか。
増﨑:iPSで作ったらということですか。
受講生:そうです。
増﨑:作っちゃいけないからわかんないですね。そういうとあれだけど……、実をいうと、iPS細胞で精子を作ったり、卵子を作ったりできるんですよ。ところが、胎盤はできないんです。
受講生:へえ~!
増﨑:だからiPS細胞だけで子供を作ろうと思うと、今の時点では倫理的にも相当ハードルが高いです。胎盤ってそれぐらい不思議なものなんですよね。研究してください。
受講生:ありがとうございました。

(おわり)

受講生の感想

  • 増﨑先生のダーウィン愛もさることながら、胎児愛にあふれたお話にちょっとウルウルしながらも、心躍りました。

  • 大変に興味深い神秘の世界、「胎児」のお話に引き込まれました。私も2人の子の母ですので、リアルなお話に、様々なことが走馬灯のように蘇ってしまい、いろいろなことを考えさせられる講義でした。尊い命について考えはじめると、胸がいっぱいになってしまいました。

  • 増崎先生の具体的な話と背景・意義を組み合わせた絶妙な話の進め方(最相さんの合いの手も、とても良かったです)にすっかり引き込まれ、核心の「6つの疑問」で完全にノックアウトされました。 すばらしかったです。

  • 増﨑先生の「胎児さん」という表現が頭に残りました。胎児さんは「赤ちゃん」ではなく、まったく別の法則で動く生き物。それなら人間はどの段階から人間になるのだろうかと考えて、不思議な気分になりました。

  • 「胎児さん」の話を聞いて、「そうだったんだ!」と初めて知ることがたくさんある一方、別方向から「じゃあどういうことなんだろう?」って考えたり、あたまがぐるぐるです。 でも、参加するたびに知識のパーツが集まっているので、きっといつか紐解けて繋がっていくものなのかなと思っています。